第三章 3

 魔導師狩りは粛々と進められた。魔導師の魔導師たる、本当の名前を言わないのならそれでもよい。それならば反逆とみて死するがよい。

 どのみち、魔導師は憎い存在だ。生きていていいことなどなにもない。帝はそうお触れを出した。

 そうして殺戮が始まった。

 人々の生活は一気に乱れ、荒れ、潰滅していった。水道一つとっても魔導師の力は必然だったから、暮らしは見る見るうちに不便になっていき、乱雑になり、次第に秩序を失っていった。苦情は殺到し、帝の統率力を疑う声は後を絶たなかった。

 しかし、彼は毅然としてこう言い放った。

「そもそも魔道の力を以てして生活を便利にしようという魂胆があさましいのだ。古来より培った知恵と努力で暮らしてきた矜持をなんと心得る。我々には代々受け継いできたこの肉体がある。そのからだで積み上げていく暮らしというものが本来の姿というものだ」

 よって、宮殿の宮廷魔術師も廃された。帝妃が入浴するのに必要な膨大な量の湯は何時間も前に何十人もの下男が水を汲んで火を焚かなくてはならず、出費がかさんだ。また、医療面でも医薬の力だけを頼りにするしかなくなったので、戦に出かけて行った兵士たちは苦痛の夜を多く過ごすことを余儀なくされた。

 生活が大きく変わっていくなかで、またラーズバルズも変わっていった。かつてはよく笑う、家族を想うよき父親よき夫であったのに、魔導師狩りを始めてからはまるで人が違ってしまったかのように部屋に引きこもり、羊皮紙に書き連ねた名前のようなものをぶつぶつと読み上げ、そうして夜中に一人で地下室へ赴き、夜明けになるとふらふらとした足取りで帰ってくるのだ。

 帝妃カリドウェンはしきりに彼を心配したが、夫はそれを打ち消すように手を払うだけだった。

 また、息子も父を心配した。来年成人するこの青年は、すっかり人が変わってしまった父親を毎晩食卓で見るたびに重いため息をつき、なにも言えずになにもできないでいる自分にやきもきしながら寝室に戻っていくのだ。

 その晩も、帝は地下室へ陰鬱な面持ちで地下室へ出かけていき夜明けまで帰って来なかった。叫び声が何度も何度もこだましては響き、皇太子は恐怖で青ざめながら何度も引き返そうかと迷い、行こうかと惑い、とうとう行くことがかなわず廊下の柱の物陰で父を見守るに徹するしかなかった。

 しかし彼は決心していた、明日こそ、明日こそ父が連日連夜地下でなにをしているかをこの目で見定めてくれようと。そして次の晩とうとうそれを果たしたのである。

 青年は見た。

 父帝が膨大な量の名前という名前、魔導師の魔導師たる真の名前を書き連ねた目録のその果てに、血文字で甦れアールヴヒルドと書かれているのを。

 アールヴヒルドというひとの名前は、青年も知っていた。

 それは、彼にとっては祖母にあたる女性の名ではなかったか。父の母の名。幸うすい、美しいひとだったと聞いている。青年の顔からサッと血の気が引いた。そして彼は、恐ろしさのあまり、一歩後退った。

 ジリ、という音が、冷たい石の床に響いた。

「誰だ」

 帝が鋭く誰何した。しまった、驚きのあまり気配を隠すのを忘れた。息子は逃げようとした。しかし一歩遅かった。武芸に秀でた父の方が早かった。

「お前か。見たのか」

「父上」

 青年は明るいところへ出て、父の方へ進み出た。

「なにを考えておいでなのです。恐ろしいことはおやめください」

「止めるな。母上をこの世にお呼びするのだ。不幸な方だった。なんの為に生まれて来たのか、わからない人生だった。もう一度この世にお呼びして、幸せになって頂くのだ」

「おやめください。この世での役目を終えた方なのです。そのような方をもう一度呼び直しても、良いことなど起こりません。考え直してください」

「憎い魔導師たちの真の名前を贄にして母上を呼び戻してなんの矛盾があるというのだ。 帝は俺だ。出て行け」

「あっ……」

 父と彼では、武芸では父の方が勝っている。力も、父の方に軍配が上がる。青年は地下室から追い出されてしまった。

 彼は恐怖と絶望のあまり放心して、廊下をふらふらと歩いているところを母に発見された。どうしました? とやさしく話しかけられても、青ざめたまま口をぱくぱくとさせるだけでうまく話すことができない。

 説明することなど、とてもできなかった。青年は夜明けまでの時間を一人で過ごした。

 そして、結局誰にもこのことを打ち明けることはなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る