第二章 7
あの二か月半の船旅と違って短い、平凡に終わったそれは、安直なものであった。
しかしそれは同時に、帝国が世界に対して喧嘩を吹っ掛けた戦いの日々への第一歩への入り口でもあったのだ。これが世に言う魔導師戦争、別名白娘戦争とも呼ばれる大戦争の始まりである。
それは、いつも通り帝の魔導師狩りの日常から始まったと言われている。
「陛下、ご領内のめぼしい魔導師はだいたい捕まりましてございます」
「しかし奴らの真の名前は未だ半分も集まっていないというではないか。一体なにをしているというのだ」
「は……夜を徹しての拷問もなかなか効かず……強情な連中でございまして」
帝はいらいらとして玉座の縁を叩いた。
「こうしてはおられぬ。領内などとは言わぬ、世界中の魔導師の真の名を集めるのだ」
「は……」
「へ、陛下」
「そ、それは」
「なんと……?」
「なにを仰います」
「命令だ。世界中の魔導師を集めて参れ」
「陛下、それは……!」
「いくらなんでも……」
「お気を確かに……」
「気など違っておらぬ。我が国には古来よりの技術がある。それがあれば、魔道の力などなにするものぞ。急ぎ魔導師どもを集めるのだ。奴らの真の名前を集めよ」
「陛下……!」
「解散」
一方的に戦の準備を言い渡した帝は、足早に玉座の間を去って行ってしまったという。 臣下たちはぽかんと口を開けてそれを見送り、次いで互いの顔を見合い、そして命令を果たすべく慌ただしく動き始めた。
レイナンテ帝国は世界最古の国である。
その歴史は何千年にも及び、古代科学技術を有するほどまでに古い。滅びて久しいかの時代のものすら所有する、恐ろしい国と畏怖される異形の存在なのである。
ルウェインとヴラリアは戦争勃発をラウリア大陸着岸の三日ののちに知った。
「世界を相手に戦争だと?」
傭兵でもあるルウェインはその知らせを敏感に聞き取った。
「どうするの」
「どうするって……」
彼は顎に手をやった。
「帝国は目的地だ。だがこのままじゃ帝国には行けねえな。なんてったって帝国に着くには半年はかかるし、それまでには戦地を抜けなくちゃならねえ。百合の池の場所はまだわかってねえし、それに、いまいち魔導師狩りをするってのが気に入らねえな」
「そうね」
「俺は魔導師側につく」
「私も一緒に行くわ」
「なんだと?」
「あなたが行くなら、私も一緒に行く。もう一人は嫌。一緒に行って、一緒に戦う」
「だめだ。危険だ」
「針がある。私も戦える。危なくなんかない」
ルウェインは唸った。
「守ってやれねえぞ」
「自分の命は自分で守る。ううん、針が守る。私はあなたといる。ずっといる」
ルウェインは唸った。唸って唸って、唸り尽くして、とうとう唸るのをやめず、そのまま背を向けて、そのまま彼はがくっとうなだれてしまった。ヴラリアはそれに黙ってついていって、なにも言わずに歩いて行っただけだった。
夕闇がせまってきて、間もなく夜がやってこようとしている。
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