第二章 3
一人取り残されたレヴィルはといえば、どうしようどうしようとそればかりを考えていた。自分は無職だし、第一無力だ。金もなければ、力もない。おまけに知恵もないときた。 ないない尽くしで、出るのは笑いくらいだ。宿に戻って荷物をまとめ、そこで考えに考えた。
待てよ。あいつら、役人だった。ということは、城から来たんだ。城から来たということは、当然王城から来たということだ。
王城から来たということは、イェータは王城に連れて行かれたということだ。ということは、王城に行けば、イェータは連れ戻せる。
帝国は何人もお尋ね者を連れ戻させているようだから、一人くらいいなくなってもわからないはずだ。レヴィルは単純な頭でそう考えた。
そうだ、城に忍び込もう。
そこまで思いついて、そこでまた考えに詰まった。
忍び込むって、どうやって忍び込むんだ。え、どうやるっていうんだ。頭を抱え込んだ。 彼の足りない智恵では、そこまでが精一杯であった。
宿で寝込んでいると、人々が心配してやってきた。せっかくやってきた新しい魔導師が捕まったという知らせは、街を駆け巡っていた。
「うちの子を庇ったばっかりにイェータ様が捕まってしまって……」
「どうしてあんなことに……」
「あんたたち、王城に入り込む方法はわかるか」
「そんなことはわかんないが、兵士の交代時間なら知ってる」
「酒を仕入れてるから、その時間に忍び込めばいいだ」
「よ、よし、その時間に、俺を忍び込ませてくれ。イェータを助ける」
「おお、イェータ様を助けるのか」
「それは助けねば」
「イェータ様を助けるのなら、やる」
「よし、俺が作戦を立てるから、道具を出してくれ。まず……」
こうして準備が進められた。
ルスル王国の王城の地下牢では、多くの罪人が捕まって閉じ込められていた。強姦、盗人、殺人、ありとあらゆる罪を犯した者たちがそこにいた。しかし、罪を犯していない者も、例外的に少数ではあったがそこにはいた。
魔導師たちであった。
ぴし、ぴし、というするどい音と共に、鞭が飛び交う音が規則的に乱れ飛ぶ。その度、低い、呻くような声が響いた。
「吐け。まだ打たれたいか」
「だめだ。鞭では、感覚が麻痺するだけだ」
誰かの声が誰かの声を遮った。
「蹄鉄を焼け」
「ひっ……」
そして、なにかを放り込む気配と、じゅっ、という音、肉を焼くにおいがしたかと思うと、断末魔のような声が地下牢に響いた。それを聞いていた囚人たちが恐怖で耳を塞ぎ、次は自分たちの番かと身を震わせる。
「次は誰だ」
「この女で」
「若いな」
イェータだった。
「……」
彼女は強い瞳で仕置き人を睨むと、手枷を嵌められたまま鎖を引きずって歩いた。
「ふふふふふ。気が強いな。それもどこまでもつかな」
仕置き人はにやりと笑って鞭をしならせた。
「まずはこれだ」
そして思い切り鞭を振り回して、縛ったその白い背中に打ち付けた。イェータが低く唸った。
「我慢がいつまでもつか賭けよう」
「三百回に銀貨二枚」
「二百回に銀貨三枚だ」
しかし、どれだけ打っても、イェータは音を上げるどころか、魔導師の真の名を言おうとはしなかった。
「くそっ……爪を剥がすか」
「剥がした後に蝋を流そう」
「さっきみたいに、焼いた蹄鉄を押し付けよう」
「いや、水責めだ」
「石を抱かせよう」
それらの恐ろしい拷問はすべて、実行された。
どれだけ責めても、イェータは悲鳴は上げても、決して自分の魔導師の本当の名前を吐こうとはせず、唸り声は上げても頑なに口を閉じ、目をしっかりと瞑って、ひどい責め苦の数々をやり過ごした。
爪から血が出て、肌が裂け、肉が割れて、冷たい地下牢の石の床で寝かせられて無力ななか、痛みで寝ることもできずに、イェータはただただ呻いていた。
囚人たちは石の廊下の向こうから聞こえてくる次はああしろ次はこうしろと聞こえてくる仕置き人たちの指示の恐ろしい言葉の数々から、イェータに加えられる拷問を想像するしか出来なかったが、連日彼女が口もきけないほど帰ってくるたびに増えていく傷を見ていると、ぞっとするしかないのであった。
その日も聞くだにおぞましい拷問を受けながらも、イェータは一言も口をきくことがなかった。
「強情な女だ」
「……かよ」
「ん?
「なにか言ったぞ」
「なんだ。言ってみろ」
「大の男が三人がかりで、できることがそれくらいかよ」
「なっ……」
「なんだと!」
「もっと打て」
うっ、とイェータが呻く声が響いた。
まずいな、それを物陰で聞いて、レヴィルは唇を噛んだ。口が悪いのは健在と見えるが、なにもあんな時でも健在でなくてもいいもんだ。
「待てよ、こいつ、女だ」
「そうだが、それがなんだ」
「いっそ、やっちまおう」
「うん?」
「犯るんだよ」
「凌辱は、傷は残らないが想像以上にダメージを残すと言うじゃないか」
「ああ……」
「なるほど」
ぽん、と手を叩く音がして、レヴィルは抗議の声を上げようとして、慌てて口を押さえた。相手は十八の娘だぞ! と叫びかけて、それもやめた。どうしよう、このままでは、イェータの貞操の危機だ。衣擦れの音がして、下卑た声が漏れてきた。
間もなく規則正しい息遣いと肌を打ち付ける音が聞こえてきて、レヴィルは耳を塞いで自分の無力を呪った。
嘲笑の声が聞こえて、牢を開ける音、人を引きずる音、なにかを放り込む音がして、うっ、という呻き声がして、そっとそちらへ忍び寄った。
イェータは、他の囚人と共に牢屋の一つに放り込まれていた。レヴィルが近づくと、囚人たちはこちらを振り返った。
「あんた、この
「助けに来たんだ。せめて、出してやりたい」
「それはいいが、いなくなったりしたら途端に仕置き人たちが騒ぎ出すだろう。罪人の数は毎日数えられている。誰かいなくなったりしたら、事だぞ」
「死体の数はどうだ。死体の数は数えられているのか」
「それは……」
「死体の数は、数えられてはいない」
「じゃあ、彼女は死んだってことにしてくれ」
「そりゃだめだ。医者が来て、脈を測るからな」
「瀕死なんだろう。そのへんの死体と入れ替えるくらい、できるはずだ。頼む」
罪人たちは顔を見合わせた。
「頼む。あんた達だって、無実のはずだ。彼女を助けたら、あんたたちのことも必ず助けに来る。頼むよ」
レヴィルは尚も言った。
「彼女の名は、イェータ。帝国領で魔導師をやっていたが、追われてここまでやってきた。 この国の街で雇われていたが、自分と間違われて捕らわれようとしていた娘を庇ってここまでやってきたんだ。魔導師はひとを守るための存在、ひとを犠牲にして自らを守ることがあってはならないって、そう言ってここに自分で来たんだ。そんなことを言う十八歳が、仕置き人三人に寄ってたかって犯されて、死のうとしてるんだ。助けてやりたいんだ。 頼む。この通りだ」
レヴィルが頭を下げると、彼らはため息をついて、
「おい、さっき死んだ爺さんがいたろ。その脈をとらせればいい」
「そうだな」
「あんた、この娘を運べるか」
「やってみる」
「いいだろう」
「おーい看守! 来てくれ」
「息をしてないぞ」
レヴィルは急いで物陰に隠れた。
そうして夜が更けていった。
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