第二章 1

 ゴチェイ王国に到着したルウェインとヴラリアは、しばらくこの国に逗留することになった。大きな国は人が多くてこと人目につきにくいし、それだけ好奇の目にさらされないという利点がある。色々な人間がいれば、船の上の時のように色々な観点から物事を見てくれる人間がいるだろうとのルウェインの言葉から、二人はこの王国にやってきた。

 そうは言っても、ヴラリアは一抹の不安を禁じ得ない。自分が呪われた存在であることには変わりはない。いつもいつも、それは同じことなのだ。場所は違っても、変わらないことなのだ。

 肝に銘じる、お前は針師。忌まわしい、呪わしいもの。決して幸せにはなれない、禍々しい存在なのだと。

 ある日、ルウェインが戦に出て行った。送り出して、縫い物に耽る。ちくちくと針で縫い物をしていると、時間を忘れた。ふ、左手に目をやり、指輪が目に入る。

 ふふ、と顔がほころぶ。お針子してても目に入るだろ。ルウェインの言葉が思い出される。

 ふと顔を上げると、夕方になっている。何時だろう、と表を見ると、ちょうど鐘が五つ鳴った。肩を回し、立ち上がって夕食の支度をする。ルウェインはいないから、こういう時の夕食は簡単だ。

 今度の戦はどれくらいの長さなんだろう。三日か、それとも二週間か。明日は鍼治療の予約が入っている。その支度をせねばならない。

 この国にいられるのは、どれくらいだろう。どうせ長いことはない。流浪の旅は、忙しない。忙しない旅は、疲れる。疲れる旅は、続かないだろう。

 いつかこの旅は終わるのだ。ルウェインとの旅が終わる。捨てられる。また一人になる。 自分はそれに耐えられるだろうか。

 ふと、左手に目がいった。

「……」

 耐えられるような気がした。この指輪があるから。この石が、この指輪がある思い出が、自分を支えてくれるような気がするから。

「おーい帰ったぜ」

 ルウェインは五日後に帰ってきた。

「お帰りなさい」

 ヴラリアはなにもなかったように笑顔で彼を迎えた。

「なあ、ちょっと噂を聞いたんだが」

 その夜の食卓で、彼はこんな話を切り出した。

「世界のどこかに、魔法の泉があるらしい」

「魔法の泉?」

 ヴラリアの作った料理を久々に食べながら、ルウェインは言った。

「ああ。なんでも願いの叶う、魔法の泉なんだそうだ」

「……」

「でも叶えてくれるのは一つだけ、たった一つだけなんだそうだ」

「ふうん……」

「そこに行ってみないか」

「え?」

「そこに行って、針師の能力を奪ってもらうよう頼んでみないか」

「――」

「なんでも願いが叶うんなら、それも可能だろう」

「針師の能力を……」

 ヴラリアの食べる手が止まった。

「……でも、どこにあるかわからないんでしょう」

「だいたいならわかってるらしい。西のどこかっていうのはわかってるんだってさ」

「それだけじゃあ……」

「西に向かいながら誰がしかに聞いて歩けばわかるかもしれないじゃねえか」

「でも」

「なんにもわかんないよりいいじゃねえか」

 渋るヴラリアであったが、結局押しに押しされて、ルウェインがあまりにも押すので、とうとう承知させられてしまった。どのみちあてのない、逃げ続けるような旅の暮らしであったから、目標ができることはいいことでもあった。

 こうして二人の旅に目的ができた。





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