第一章 2

 乱暴に扉が開かれ、エイナはびくりと身体を震わせた。

 帝国の魔導師狩りの話は聞いていた。しかし、こんな辺境の村にまでやって来るとは。 あちこちの家々からあがる悲鳴が、兵士たちの乱行を物語るかのように響いている。エイナは入ってきた人影を振り返り、そこでほっと息をついた。

「エイナ、逃げるんだ」

 幼馴染のレヴィルだった。彼が帝国の騎士になると言って出かけて行ってから三年、レヴィルが帰郷してくることはなかったが、手紙のやり取りは続いていた。

「レヴィル」

 エイナは胸を撫でおろして呟いた。

「来てくれたのね」

「逃げるんだ。ここはじきに落ちる。帝は魔導師狩りをやめないつもりだ。君も殺されるだろう」

 兵士姿のレヴィルは辺りに油断なく目を配り、さあ早く支度するんだとエイナに囁いた。「私たちを狩りに来たの? レヴィル」

「そのふりをして助けに来たんだ。早く逃げろ。俺が時間を稼ぐ」

「嫌よ」

 エイナは強く言い返した。

「訳が分からないまま逃げるなんて嫌。一人も嫌。一緒に来て」

「だめだ」

 すがりつくエイナの腕を、レヴィルは強く掴んだ。

「兵士がいなくなったらそれだけで調べられる。いなくなった場所、どこへ逃げたか誰といなくなったか、そんなことまで調査されて、親戚縁者まで皆殺しにされる。魔導師の家族もそうだ。君はこの村の魔導師だ。すぐ追手がやってくるだろう。この村が焼き払われると知って、俺は先遣隊に志願して君に忠告に来たんだ」

「レ……」

「森に逃げろ。連中は森の奥まではやって来ない。魔導師の本当の名前を誰にも知らせずに、隣国まで行くんだ。そこなら安全だ」

「あなたは? あなたも一緒に来て」

「言っただろう。兵士の逃亡は重罪だ。俺は今は行けない。だが必ず君を探し出して見つけてみせる。それまで、待っていてくれ」

「レヴィル……」

 後ろで悲鳴が聞こえた。バン、と乱暴になにかを叩きつける音が連続して響き、家がぐらりと揺れた。その方向に目をやりながら、レヴィルはエイナの手をとって彼女を引きずるように裏口へ連れて行った。

「さあ行け。誰にも見つかるな」

 裏口からエイナが走っていき、森のなかに消えていくのを目で追って、レヴィルは持っていた抜き身の剣をしまった。そこへ、彼の隊の同僚がやってきた。

「レヴィル、いたか?」

「いや、いない。どうやらこの村には魔導師はいないようだ」

「そんなこともあるのかな? まあ、これだけ辺鄙なところならそれもありかもな」

「行こう」

 レヴィルは同僚の兵士を促して家の外へ出た。エイナが去っていった森の方を振り返りたくて振り返りたくて、それでも後ろ髪をひかれる思いでそれをせずに家に火を放った。 あちこちで兵士の手によって火がつけられ、こうして村は落ちた。



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