第3話 欲しい情報

「そんで? 今日はどんな用件で来たんだ? そんなにボロボロになって……」

「あ、そうだった。これの買取をお願いしようかと思いまして」


 グロスはカウンターを挟んで、向かい合っているリュートにそう切り出した。

 リュートは背負っていたリュックを漁って、カウンターの上に一本の牙を置いた。


「お前、これ…………《ランド・スネークの牙》じゃねぇか!? これをうちで買い取っても良いのかよ……。もっとデカいところの方が…………」

「いつもお世話になってますし。それにグロスさんは信頼できる人ですから」

「まぁお前がそれで良いならなにも言わねぇけどよ。てか、お前そんなランクの高いところに行ってたんだっけか?」

「いや……俺が行ったのはカミヤ廃遺跡だったんですけどね……」

「カミヤ……あの、低ランクの?」

「はい…………」


 グロスは《ランド・スネークの牙》をまじまじと見つめながら、どこか信じられないといった様子だ。

 カミヤ廃遺跡とは、新都ヨコハマの西およそ八キロメートルの位置にあるEランク相当の遺跡の事である。そこは構造の単純さや、出てくる魔物も比較的弱いということで初心者御用達の遺跡である。

 そして、《ランド・スネーク》はその凶暴性と強靭性により、Cランク相当に分類されている魔物である。


「マジかよ……。あそこに《ランド・スネーク》なんか出るのかよ……」

「俺もあそこで初めて見ましたよ。突発的に終われ始めて死ぬかと思いました……」

「だよなぁ……」


 グロスは苦笑いを浮かべながら、リュートに憐れみの視線を向けた。


「にしても、相変わらずの不運体質だな。行く先々で、毎度の事ながら死にかけてくる。ま、今回は比較的軽そうでなによりだが」

「ほんと……自分でもどうにかしたいんですけどね」

「そのせいで、碌にパーティも組めてないんだろ? お前のその体質のせいで、いつも死にかけるのはごめんだって言われて」


 グロスの言葉にリュートは乾いた笑みを浮かべながら頬を掻いた。

 探索者は本来パーティを組み、互いに連携を取って遺跡などを攻略していく。人数は低ランクだと四、五人程度。高ランク――大手の探索者ともなれば、三十人ほどの大人数でパーティを組むことが殆どだ。

 だが、リュートは現在ソロで遺跡を巡っている。その理由の二つのうちの一つにあるのが、リュートの不幸体質である。

 リュートが居るところに困難あり、とされる程にリュートはあらゆる場面で不幸に見舞われるのだ。今回、《ランド・スネーク》が本来生息している筈のないカミヤ廃遺跡で現れたのも、その体質が故だろう。


「でも……それだけじゃ無いですよ。俺、いまだに《固有魔術オリジン》を使えないですし……」


 今、リュートが言ったものがもう一つの理由。

 この世界では、全員が魔力を持っているわけではない。魔力を持つ一部の人間が、より多くの金銭を稼ぐために探索者となるケースが多い。


 魔力は、強大な力を持つ魔物に対抗しうる唯一の力。これを持たない人間が魔物と相対しても、反撃をする暇すら与えられず駆逐されるのが関の山だ。

 そして、魔力はその性質を変化させ、外界および自身に対してなんらかの干渉を起こす。それが《魔術》と呼ばれる技術だ。

 《魔術》の中でも、それぞれが持つ一人一人異なる基本的な魔術の事を総称して《固有魔術オリジン》と呼ぶのだ。


「《固有魔術オリジン》か……。まぁ、確かにそれもあるのかもなぁ。……他の《魔術》も使えないんだもんなぁ」

「…………生憎、俺が使えるのは魔力の基礎的な技術である《身体強化ブースト》のみですよ」


 だが、リュートは《固有魔術オリジン》どそろか、《魔術》すらも使えない。できるのは、せいぜい魔力による《身体強化ブースト》のみ。

 それは探索者としては、かなりマイナスのイメージに繋がってしまう欠点だ。


「そのせいで、探索者になってから二年経っても未だにソロで遺跡を探索するしかないですし……。一人だと結構ギリギリで……」

「とは言うけどよ。なんだかんだ、お前一人で危機を切り抜けてきてるだろ? なんなら一人で《ランド・スネーク》を討ち取ったのも、かなりデカイ功績だと思うけどな」

「そのはずなんですけどねぇ……」

「てなりゃあ、やっぱお前のその不幸体質を知ってるから誰もパーティを組みたがらねぇんじゃねえか?」


 グロスの言う通りだろう。

 事実、リュートの名前は探索者間で【死神リーパー】と呼ばれ、パーティを組めば命が幾つあっても足りない位の危険に身を侵されると有名になってしまっている。

 リュートは机に突っ伏しながら、愚痴をこぼす。


「やっぱり、俺はずっとソロのままなんだぁ。俺も仲間とワイワイしながら探索したい…………」

「ま、諦めろ」


 グロスは同情しながら、リュートの肩を叩いた。


「…………同情するなら、グロスさんが俺とパーティ組んでくださいよ」

「断固拒否させてもらう」

「そんなぁ……」


 グロスは即答した。

 リュートはあまりに早い拒否にしょんぼりとしながら、指をテーブルの上に置いてぐるぐると円を描き始める。


「そりゃそうだろう。俺はもう探索者辞めてんだ。今更、復帰しても体は鈍ってるし、若い奴らに付いていける自信がねぇよ」

「…………どの口が言ってんですか? さっき、探索者ぶん投げてたじゃないですか」

「あれはアイツが弱すぎるだけさ。もっと実力のある奴なら、あんなに上手くは行かねぇよ」


 リュートの非難の視線を浴びながらも、グロスは笑みを浮かべながら返答した。


「それに探索者にとって、不幸体質はなにも悪いものでもないさ」

「へ?」

「リュート、探索者が一番成長するのはどんな時だと思ってる?」

「えーと…………」


 グロスの質問にリュートは少しの間、顎に手を当てて考える素振りを見せる。

 それから「あ……」と、なにかを思いついたかのように声を漏らした。


「困難を……乗り越えた時ですか?」

「大正解だ。探索者は困難――まぁ、つまるところ命の危機を乗り越えるほどに実力を伸ばしていく。無論、それを乗り越える為にはある程度の実力は必要だ」


 グロスは「それでも――」と、言葉を続けた。


「鍛錬で伸びる実力と、危機を乗り越えて得た実力。その伸び幅は危機を乗り越えた方がデカい。なぜなら、その実力には経験が伴うからだ。お前も探索者なら、経験の大事さがわかるだろ?」

「はい……。結局、どれだけ事前に予習していても、その通りになる事の方が少ないですし…………」

「そういうことだ。どんなことでも異常事態イレギュラーは付きもの。その時に大事になるのが、その場での判断だ。正しい判断をできるようになるには……」

「経験が必要…………」


 グロスは満足げに笑いながら「その通り」と、リュートに人差し指を向けた。


「それに不幸体質が思わぬ素材を引き寄せる事もある。この《ランド・スネークの牙》とかな?」

「…………確かに」


 グロスの言葉にリュートは納得した。

 こう聞けば、不幸体質は案外悪いものでも無いと思えて仕方ないのは、グロスの口が上手いからなのだろう。


「それで? 他に面白い話はねぇのかよ」

「面白い話……ですか? 別に特段――」


 ――無い。

 そう言いかけた所で、リュートは止まった。


「……? どした?」

「………………」


 リュートはグロスの呼びかけに気づいた様子がない。


「リュート?」

「…………。……あっ、すみません!」


 怪訝な表情をしたグロスに気づいて、リュートは咄嗟に謝罪した。


「実は……少し気になることがあって…………」

「気になること? なんだ、それ」

「それが……ここに来る時の事なんですけど――」


 それから、リュートはここに来る際に出会った一人の少女についての話をした。

 路地を抜ける際に走っていた少女にぶつかったこと。彼女の見た目や少しだけした会話の内容。そして、途中でなにかに怯えた様子で逃げてしまったこと。


「なるほどなぁ……」


 先程あった事を全て話し終えると、グロスは腕を組んで目を瞑った。

 リュートがどうかしたのかと顔を覗き込もうとした時に、グロスはパッと顔を上げた。


「つまり、その子に一目惚れしたから情報をくれ……ってことか!」

「今までの話聞いてたんですか!?」


 グロスの突拍子もない結論に、リュートは思わず勢いよくツッコミを入れてしまった。


「俺が聞きたいのは、その少女の事を知ってるかって事です!」

「つまり、好きになっちまったから知ってる情報くれって事だろう?」

「違います! 彼女、なにかに怯えてたから…………一体どうしたのかと思って…………」

「冗談冗談! 流石に俺もわかってるって」


 身を乗り出してまで、必死に話すリュートに生温い笑みを浮かべながら、グロスは両手をあげて冗談だと笑ってみせている。

 リュートは大きくため息をこぼしながら、ゆっくりと席に座り直した。


「それで、なにか知ってますか?」

「いや、知らねぇな。俺も情報通ってわけじゃねぇが、銀髪の美少女なんて居たら話がこっちに入ってきててもおかしくない筈だがな……」

「やっぱりそうですよね…………」

「…………お前は、それを知ってどうするつもりだっまんだ?」


 リュートが表情を険しくする。

 それを見たグロスは、神妙な面持ちでリュートにそう質問をした。


「……わからないです。ただ、気になったんです」

「そうか。ま、こっちでも情報掴めたら教えてやるよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 リュートは満面の笑みを浮かべながら、グロスの手を取り勢いよく上下に振った。


(やっぱ……一目惚れしてんじゃねえか)


 なんの興味のない人間の事を気になりはしないだろう。それが例え異性の事であろうと、情報を欲しいなどとは言わないはずだ。

 それを理解しているのか、していないのか。

 いや、していないのだろうリュートを見て、グロスは微笑ましく思ってしまった。

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