その体温

 朝からお腹の下がぎゅーっと痛かった。そろそろかな、と覚悟はしていたけど、やっぱり慣れない。そしてこんな時に限って痛み止めを家に置いてきてしまった。もうどうしようもない。腰もズキズキする。


 授業中もずっとつらくて、内容が頭に入って来ない。さすがにしんどかったから途中で保健室に行って、そこで痛み止めをもらって飲んで、少しベッドで休ませてもらった。


 痛み止めのおかげか、お腹の痛みは締め付けるような強烈なものから、少し鈍いものへと和らいだ気がした。腰は相変わらず痛いけど、我慢できないほどじゃない。


 授業に戻ろうかとも思ったけど、正直そんな気力はもう残っていなかった。保健の先生に早退することを伝えて、荷物は休み時間に友達に持ってきてもらって、私はふらつきながら学校を出た。


 6月の日差しが眩しい。

 腰が痛いせいでアスファルトの道路を踏みしめる足にも力が入り切らない。車道に飛び出さないように気をつけながら、家に向かう。


 緩やかな坂を登って徒歩10分。マンションが見えてきた。エントランスのオートロックに鍵を刺して開けると、冷房の効いた冷たい空気がふわっと吹き出してきた。身体はまだつらいけど、それで気力は少し持ち直して、エレベーターに向かう。目的の階のボタンを押して閉ボタンを押して、私はそのまま壁にもたれかかった。


 しばらくするとエレベーターの電子音が目的の階に着いたことを伝えてくる。ドアが開く。私はエレベーターから這いずるように外に出ると、今度は少し湿った外気の暑さが襲ってくる。


 お腹の痛みがぶり返してきた気がした。


 私はスクールバッグを肩に掛け、その肩紐に両手を掛けながら、身体を斜めにしてずるずると部屋に向かう。


 ようやく部屋の前に着くと、もう私は鍵を取り出す気力も体力もなく、何とかチャイムを鳴らすとその場にしゃがみこんだ。


 はあい、という声がしたが、もうそれに答えることもできない。しばらくしてドアがぎい、と細く空いた。その後すぐにドアが開け放たれ、驚いた顔をしたユウリさんが立っていた。


「ユイ!?大丈夫!?」


「ぁ、おなか、いたくて、かえって、きて」


「いいから中入って。ほらおいで」


 ユウリさんが私の両脇に腕を差し入れ、抱き上げるように立たせてくれた。何とか足に力をこめて、玄関に入って、靴を脱ぐ。そのままリビングまで手を引かれていって、私はソファに寝かされた。


「もしかして、生理?」


 こくりと頷く。他人のものを体験することは出来ないから知らないけど、私のそれはどうやら『重い』方らしかった。


「薬は飲んだ?」


「ほけんしつで、もらって」


「そっか。今はどう?」


「お腹、またいたい……腰も……痛い」


「そかそか。良く頑張って帰ってきたね」


 ふわっと抱き締められる。


 ユウリさんは社会人だけど、最近はずっとリモートワークだから今日も家にいると思った。だから帰ることにした。その選択は間違っていなかった。


「ベッド、行けそ?」


「ん、頑張る」


 ユウリさんに手を引っ張ってもらって身体を起こす。その後も手を引かれて寝室へ向かった。私がベッドに横になると、ユウリさんも私の背に向かうように横になった。


 後ろから手を回して下腹部を撫でてくれる。あったかい。腰にはユウリさんの身体が触れていて、そっちもあったかくて気持ちいい。


「しんどいよね」


「ユウリ、さん。しごと、は?」


「あのねユイ、リモートワークは離席してても少しならバレないんだよ」


 いたずらっぽい笑いが聞こえる。


「あの、ごめん、なさい」


 ぽろっと涙が溢れた。ホルモンが情緒をぐっちゃぐちゃにかき乱す。


「気にすることじゃないよ。何も悪くないんだから」


 そう言いながらお腹を撫でる手は止めない。それで綺麗さっぱり痛みがなくなるわけじゃないけど、気持ちはとても楽になった。少なくとも弱りきった今の私にとっては。


 そうしているうちに段々とまぶたが重くなってくる。

 ユウリさんは私が完全に眠ってしまうまで、ずっと横にいてくれた。


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