Because you are
「んえ……あれ?」
夜中にふっと目が覚めた。ぬくぬくのベッドの中。二人分の体温でとっても心地良い、はずだった。私の隣に眠っていた彼女の姿がない。
最初はトイレかなと思ったけど、それにしてもさすがに長過ぎる。眠い目をこすりながらベッドから出て、スマホの画面の明かりを頼りに部屋の中を探す。
寝室にはいない。キッチン、にはいるわけない。トイレにもバスルームにもいない。あとはリビングだけ。
リビングに行くと、暗がりのなかでソファがこんもり盛り上がっているのがわかった。いた。こんなところに。ほっとして静かに近づいていく。
顔の見える位置でしゃがみこんだ。胎児のようにぎゅっと自分の身体を抱くように丸まっている。少し、震えているように見える。それにその表情。無理やり目をつぶって何かに耐えているかのような顔。
「大丈夫?」
小さな声で訊く。
アカリはさっきよりもさらに力をいれてぎゅーっと身体を縮こませる。
「お話、できそ?」
目をぎゅっとつぶったまま勢いよく首を振る。
「手、握ってもいい?」
返事はない。私は肩を握りしめていたアカリの手に、自分の手を重ねた。さすがに無理に引き剥がすことはできないし、したくなかった。触れた手はとても冷たい。
こういうことは初めてではなかった。一緒に暮らし始めてから、アカリが急に夜うなされて飛び起きたり、起きたらベッドからいなくなっていたり、真夜中にぼんやりとソファに独りで座っていたり。
付き合い始めて少し経った頃、アカリが話してくれたことがあった。過去の体験。傷になっている記憶のこと。今もときどき、それが蘇って不安や恐怖に支配されることがあるってことを。
きっと彼女が話してくれたのは、ほんの断片なのだろう。本当に抱えているのは私の想像を遥かに超えるくらい大きなものなのかもしれない。私ごときじゃどうしようもないのかもしれない。
アカリの力が少し緩んで、その手を握ることが出来た。
きっと血が止まるくらい強く握りしめていたんだろう。揉みほぐすように、優しく触る。私にはこんなことくらいしかできないけど、それでも、少しでも楽になってくれますように。
「サ、キ……」
かすれた声で私の名前を呼ぶ。
「なあに。いるよ」
「ご、めん、ね」
「謝らなくてもいいんだよ」
そう、あなたは何も悪くない。悪くないんだから。
重ねていた手を離すと、両手を首に回し、抱き締めるような体勢をとる。サラサラの髪と首筋からとっても甘い彼女の匂いがした。
それで少し安心したのか、両肩を抱いていた手からは力が抜け、私を力なく抱き返してきた。それが嬉しくて背中に手を回した。優しく何度もさする。
「こわい、ゆめ」
「うん」
「また」
「うん」
「にげ、たくて」
「うん」
子どもをあやすように、とん、とん、と優しく背中を叩く。こういう時のアカリは本当に小さな子どもになってしまったかのようだ。いつもは『かわいい』より『きれい』が似合う素敵なお姉さんなのに。
それだけ傷が深いということなのだろう。私は医者じゃないし、カウンセラーでもない。だからアカリの状態がどうなのか、客観的に判断することはできない。
私にできることは、ただ一緒にいることだけ。ほんとにただそれだけ。なんて無力なんだろう。
「サ、キ」
「なあに」
「す、き」
「私も」
そんな無力な私のことを好きだと言ってくれる。どっちが助けられてるんだか、これじゃわからないな。
首筋に唇を押し当てた。アカリは一瞬ぴくりと身体を震わせたが、拒む様子はなかった。
「ベッド、戻れそ?」
「うごけ、な」
「わかった」
抱き締めていた腕を外すと、ソファーの空いている部分、アカリのお腹の辺りに顔を伏せた。
「サキ、ちゃんと、ベッドで」
「いいの。一緒がいいの」
アカリのお腹に頬を押し当てて、その柔らかさを感じながら目を閉じる。
ねえ、もし私があなたの心の中に入れたとしたらさ。あなたを苦しめるもの全部、直接私が取り除いてあげたい。そんなのフィクションだけど、本気でそう思ってるんだ。
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