第24話 別離と縁談

 もうこれ以上父親と話しても、何も変わらないんじゃあないか。謝罪は確かにあったがそこに誠意と真心があるとは思えなかった私はギルテット様と使用人へ軽く会釈してから部屋を出た。


「シュネル」

「バティス兄様……ごめんなさい。我慢出来ませんでした」

「シュネルさん!」


 後ろからギルテット様と使用人が現れた。使用人が私を指さしながらもしかしてあなたは……。と言うのをギルテット様が手で制する。


「……あなたの気持ちは理解できます」


 そうして私の両手を優しく握ってくれた。


「ギルテット様……」


 なぜか涙が溢れ出して来ては止まらない。私はそのピカピカ光る床に座り込み、顔を覆って泣いたのだった。

 

「ひっく……ひっく」


 診察が終わり私達は1階の空き部屋にて先程の使用人から紅茶を頂いた。


「まさか……シュネル夫人が生きてらしたとは」

「その事については内密にお願いします。バラしたらあなたを切り捨てるおつもりなのでそのように」


 ギルテット様は笑顔を浮かべながらも使用人をにらみつけている。しかし使用人に動じる気配は無い。


「ご安心くださいませ。私も似たような境遇ですから」

「え?」

「お話、長くなりますけど」


 使用人の彼女は元は別の国の伯爵令嬢だったらしい。しかし彼女の生みの母親が早くに亡くなり、父親は後妻を迎えたのだがその後妻からの扱いがよろしくなく、耐えかねて家出をしたそうだ。


「せっかくなので、家出するなら島国であるこの国に行こうと思いました。それで様々な箇所を転々としてここに辿り着きました。名前も変えましたからほんと似たような境遇と言えるでしょうね」

「そうですか……」

「なら、安心出来ますね。重ね重ね内密にお願いします」

「勿論です。安心してください、王子」


 紅茶はストレート。砂糖は貴重なので使われていない。

 だがとてもさっぱりしていて飲みやすい紅茶だ。


「あの、この紅茶はどこの茶葉ですか?」


 と、試しに使用人へと聞いてみる。


「これは……サルマティア国ですね。私がいた国のちょうど隣国にはなります。このアルテマ王国にとってサルマティア国の茶葉はかなりレアなんじゃないですか?」

「誰かから頂いたんです?」

「王家からですね。サルマティア国から大量に届いたらしく余りを今はサナトリウムや修道院なんかに寄付してるとか」

(なぜサルマティア国からこのタイミングで大量に茶葉が届いてるのだろう?)


 何かアルテマ王国に媚を売る必要でもあるのだろうか?


「何か茶葉を大量に送りたい理由でもあるんですかね? ギルテット様」

「シェリーさん……俺にはわかりませんね。なんか嫌な予感はしますけど」


 嫌な予感と聞いて背中の産毛が逆立った気がする。

 それから私達はサナトリウムを後にした。もうこのサナトリウムに来る事は無いだろう。


「さあ、行きましょう」


 ギルテット様の呼びかけるにより、私達は騎乗する馬にGOサインを出したのだった。

 デリアの町に戻り、しばらくは穏やかな時間が過ぎていた日の事。


「ギルテット様。お手紙です」


 診療所に兵士が現れ、ギルテット様に1通の白い無地の手紙を差し出した。


「ありがとうございます」

「では王子、私はこれで失礼します」


 兵士はさっさと診療所が立ち去り、私達は診察室で手紙に目を向けている。


「内容なんでしょうかね?」

「バティス、とりあえずは父上名義になってはいますが封を開けてみてみましょう」


 封が開かれ、1枚の紙がギルテット様の手により取り出された。


「……俺への縁談?!」


 その言葉に私は雷で打たれたかのような衝撃を受けた。ギルテット様に縁談……相手は誰だろうか。ジュリエッタじゃなければいいけど。


「あの、ギルテット様。相手は……」

「サルマティア国のシャミリー王女です。しかも婿入りって書いてありまして…

「え」

「だからあんなに紅茶の茶葉を送りつけていたんですか。アルテマ王国ひいては俺との繋がりを得たいがために」

「ギルテット王子、シャミリー王女ってその……どんな方なんです?」 

「シュタイナー知ってます?」

「あーー……噂通りなら気難しくて奔放でわがままな王女だとは」


 ジュリエッタと似たようなタイプではないか。それは何か嫌だな、嫌すぎる。


「ギルテット様」

「シェリーさん?」

「縁談……お受けするんですか?」

「勿論断りますよ?」


 即答だった。そのあまりにも早い回答に私は少しだけ安心感を得る事が出来た。


「当たり前じゃないですか。婿入りすればこの国から出なきゃいけませんし。となるとデリアの町から離れなければならなくなる。それに……俺はシェリーさん以外と結婚するつもりはありませんから」


 彼のその言葉にバティス兄様とシュタイナーが目をパチクリさせながら私とギルテット様を交互に見つめている。


「えっ、2人はそういう仲なんです? ギルテット王子」

「いやあ、さすがは王子。早いっすね」

「……2人とも何か勘違いしてませんか? まあ、話を戻すとシャミリー王女がアルテマ王国に来るので、縁談を受ける断るに関わらずとりあえず顔だけでも見せてほしいと言う事でした。一応直に会ってお断りするのが礼儀でしょうし、会ってきます」


 ギルテット様はめんどくさそうに息を吐くと椅子から立ち上がった。

 シャミリー王女を怖いもの見たさに見てみたい気持ちが私の胸の中に湧いてくる。

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