第23話 サナトリウムへ
「俺がサナトリウムへ?」
この日の朝。王都から侍従が1人馬に乗ってやってきていきなりギルテット様はいないかと言い出して彼を呼ぶとそう言ったのだ。
「サナトリウムへ診察へ行く医者数名が急病になってしまい。ここから近いのがギルテット様しかいないもので」
「……それ急病じゃないでしょ。さぼりでしょ」
「多分そうかと思われます」
話をまとめると、現在父親がいるサナトリウムは月に1度外部から医者を招いての健康診断が行われる。このサナトリウムは精神を病んだ者達が入るので健康状態はそこそこ良かったりするのだが……いかんせん相手は精神を病んだ者達である。前から医者が行きたがらないというのはよく聞いていたが……。まさかギルテット様にその番が回って来る事になるとは。
「仕方ありません。今回だけと医者達には伝えてください」
「かしこまりました。では今から移動をお願いします」
侍従はギルテット様に頭を下げ、一足先にサナトリウムへと向かうと言い姿を消した。
父親がいるサナトリウムに行かないと……行けないのだろうか。
「えっギルテット様いくんですか?」
「シェリーさん……他に行くと言ってくれる医者もそうそういないでしょうから。仕方ないですけど行きます。すみませんが皆さん一緒に同行お願いしますか? ああ、あの方にお会いしたくない気持ちはわかりますしそのようにしますから」
ギルテット様がそう計らってくれるなら行くか。
「わかりました。参ります」
「王子がそう頼むなら仕方ないっすね。俺もサナトリウムがどのような場所かは気になってましたんで」
「……シェリー。いいのか?」
「バティス兄様。会わなければ大丈夫じゃない?」
「そうだよね。顔見せなければいっか。それか遠い所から様子を覗くのだけにとどめよう」
遠くから見るだけならあの父親も気が付かないだろう。それに拘束が続いているなら迂闊には手を出せないはず。
(実際に現場見ないと判断できない事もあるしね)
早速支度をしてサナトリウムへと向かう準備をする。診療所は薬屋の老婆が医術に詳しいという事もあり簡単な分野なら診ると言ってくれたので彼女にお願いする事になった。ちなみになんでもギルテット様が診療所に来る前は彼女も診察を行っていたそうだ。
老婆が私達を診療所にて見送ってくれた。
「留守は任せなさい。気を付けていくんじゃぞ」
「はい。ありがとうございます」
「王子、ご無事で」
彼女に見送られながら、馬に乗ってサナトリウムへの移動が始まった。
今回はある程度急ぐので馬車ではなく騎乗での移動になる。乗馬なんていつぶりかしら。でも何とか様にはなっていると思う。
ここは島国とはいえそれなりに面積があるので草原だってある。草原には所々廃墟や遺構らしきものがある。これはギルテット様曰く500年くらい前の遺跡だと聞いた。
草原で一旦休憩し、馬にその辺に生えている草を食べさせながらこちらもパンを食べたり水を飲んだりして休憩してからまた移動に戻る。それを何回か繰り返した後、北部にあるサナトリウムへと到着した。
島の一番北の端にあるという事で草原と海と崖のコントラストは美しく見える。だが風が強く寒さを感じるので私はバティス兄様からストールを1枚貰ってそれを羽織った。
「冷えますね……皆さん大丈夫ですか?」
ギルテット様も寒さに気が付き、言葉をかけてくれた。ストールを羽織れば寒さはだいぶ軽減出来ているようには感じる。
サナトリウムは正面から見るとさながら白亜の洋館といった具合か。外観はおそらく4階建てで貴族の屋敷とそこまで遜色なく見えるような。ここだけの話もっと汚くぼろぼろなのを想像していたので少し驚く。
正面の門には門番の兵士が4.5人くらいいた。そのうちの1人にギルテット様が話しかけるとサナトリウムの中まで案内してくれるそうで、私は彼の元へとゆっくり歩を進めながらついていった。
「どうぞ、中へとお入りください」
兵士に促されいよいよサナトリウムの建物の中へと入る。内装も普通の貴族の屋敷とそこまで変わらない。だがどうやら正門付近のこの区画は主に使用人や兵士の為の部屋がある事が分かる。突き当りに階段があるのでどうやらそこを登ると患者がいる区画になるんだろう。
「あっ王子。お越しになられたんですね」
左側のドアからひょっこりと看護婦ではなく使用人の女性が顔を出した。その瞬間2階から言葉にならない怒鳴り声が鈍く聞こえて来る。
「はい。よろしくお願いします」
「では早速診察始めてください」
「そのようにするつもりです」
「患者は2階から4階にいます。ベッドは満床ではなく半分くらいは空いている状況ですね」
「そうですか。教えてくださりありがとうございます。ちなみにグレゴリアス子爵はどの部屋に?」
「2階です。今も拘束しつつひどいときは眠り薬で鎮静させている状況です。気を付けてください」
「了解しました」
という事で早速2階から……それもまさかの父親から診察が始まった。このサナトリウムはどうやら建物内の清掃やベッドメイキングなどを担当している使用人がいるらしい。私とバティス兄様は階段を登った所で待っているようにとギルテット様から指示を受ける。
確かにその方が良いだろう。だが今の父親がどうなっているか。この目で見てみたい気持ちもあったので遠くからバティス兄様と一緒に見てみる事にした。
「こっそりだぞ」
「わかってるって」
ドアの隙間からこっそりと部屋の中を見た。
やはり父親はベッドの上で黒いベルトにより拘束されていた。それに顔の表情も正気……もっと言うと生きる気力的なモノを失っているかのようにも見える。
「グレゴリアス様。ギルテット王子にございますよ」
と、使用人が声をかけた。
「そうか……王子が、か……」
「こんにちは。ギルテットと申します。これから診察させてくださいね」
「……バティスが世話になったな」
うわごとのようだがはっきりと、そう耳に入って来る。バティス兄様は口をあんぐりと開けていた。まさかここで彼の名前が出るとは私も思ってなかったし彼も思ってなかったのだろう。
ギルテット様は父親の肺や心臓の音を聞いたりして診察して回った。
「異常はありませんよ」
「そうか、よかった……」
「……ご家族さんに何かお伝えしたい事はありませんか?」
ギルテット様の質問が、部屋から廊下まで冷たく響き渡って来る。
「ジュリエッタが心配だ……」
「バティスは?」
「あいつも……いや、あいつは元気だろう。そうだろう?」
「ええ、バティスは元気ですよ。俺とよく話しますからね。……シュネルは?」
「……すまなかった」
それはぽつりと水滴が滴り落ちるようにこぼれ出た言葉だった。その言葉を聞いた瞬間、私の腹の底からこれまで体験した事無いような怒りがこみあげて来る。今更謝罪しても遅い。
「……このクソ親父!!!」
私は制止しようとするバティス兄様を押しのけて部屋の扉を開けて、ベッドの上で拘束している父親へ向けてそう怒鳴りつけた。
「あんた今更謝ったって遅いのよ!! アンタのせいで私どれだけ辛い思いしたか分かってる?! バティス兄様へもひどい事してジュリエッタだけは可愛がって!! こうなったのは全部全部アンタのせいよ!!! アンタが私達へひどい事してきたからよ!!」
私が怒鳴っている間、父親も使用人もギルテット様も皆目を開けていた。だが、私を止めようとする者はいない。
出来るならこのクソ父親を殴りつけたい所だけど、それは理性が寸での所で止めてくれた。
「……シュネル。お前をなぜ、躾けなければいけないと思い込んだのだろうな……やっぱり俺のせいなのか? 俺が全部悪いのか?」
「そんなの知らないわよ。あんたが勝手にそう思い込んだだけでしょ。ソアリス様もジュリエッタも悪いけど悪いのは全部アンタよ」
「……そうだな。すまなかった……どうして……」
無表情なままな父親のすまなかった。という空虚な一言とどうして。という空っぽな一言が、部屋中に冷たく響き渡った。
あとがき
父親のざまぁはまだ続きます。
サナトリウムの使用人は現代で言う看護助手的なイメージです
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