第22話 父親の逮捕

 大祭は無事に日程を終えた。最終日、あの十字架の形をした柱は燃やされ、その天高く燃える炎は町中をぎらぎらと照らしていた。


(ギルテット様からの告白……)


 またデリアの町には穏やかな時間がゆったりと流れているが、あの時を思い出すたびにギルテット様に口づけされた右手の甲が疼いてドキドキと心臓が鼓動を早める日を送っている。とはいえギルテット診療所での仕事はちゃんと順調に進んでいっている。


「処置ありがとうございました。また来ます」


 老婆が診察室から出ていく。そのやや背中が丸まった姿を見送りながら次の患者を案内しようとしていた時、診療所へ警察の人が息を切らしながらドアを開けてきた。


「あの、バティス様はどちらですか?」

「はい、ここに!」


 受付にいたバティス兄様が警察の人へと駆け寄る。


「何でしょうか?」

「あなたの父親が逮捕されました」

「は?」


 父親が逮捕されたという知らせ。私はいつかはこうなるかもしれないなとうっすら予感こそしていたがあまりにも突然の出来事で言葉が出ないでいる。まあ何かしでかしたのは予想がつくが一体何を?


「父親が何をしたんですか? まさか変な事でも?」

「メイドへの虐待の罪です。すみませんが署までご同行をお願いします」

「……分かりました。水を飲んでからで構いませんか?」

「ええ、勿論です。急ぎなので騎乗での移動になりますがよろしいですか?」

「了解しました」


 バティス兄様は水を飲み終えると町の出入り口にある馬に跨り颯爽と駆けていった。私は彼のだんだん小さくなる背中を見送るより他なかった。


「……シェリーさん」


 ギルテット様が私の肩をぽんと叩く。彼もシュタイナーも複雑な表情を浮かべていた。


「バティス兄様……早く戻ってくれたらいいのですが」

「グレゴリアス子爵の息子という事で彼は呼ばれたんでしょうね。事情聴取が終わればすぐに戻るかと」

「ギルテット様……そうですよね」


 それから約5日後。バティス兄様はやつれた顔つきでデリアの町に戻ってきた。よっぽど嫌な事があったのだろう。診療所に付くや否やはあ……と大きなため息をしていた。

 彼が戻ってきたのが夕方……丁度今日の診察が終わろうとしていた時だったので診療所から家へと場所を変えてから話を聞く事ににした。


「ねえ、バティス兄様、どうだったの?」

「一応あのクソ親父の保釈が決まったよ。ジュリエッタが保釈金支払ったからな。今回の事件は被害者のメイドが屋敷を脱走して警察に直訴した事で判明したんだってさ」

「そう……」

「グレゴリアスの悪魔も年貢の納めどきって事っすかね」

「ですが、保釈しちゃっても大丈夫なんでしょうかね」


 ギルテット様の言う通りだ。あの父親を保釈してしまったら、また同じような事が起こるとも限らない。あのジュリエッタはそこまで考えていないでしょうけど。


「どうもだいぶ前からあのクソ親父は屋敷のメイドを鞭で叩いてたりしていたらしい。一応ジュリエッタが保釈金を支払ったとはいえあのクソ親父は精神を病んでしまっているから何をしでかすか危ないって事でサナトリウムに入れられる事も決まったよ」

「そうなの?!」

「ああ、これから移送だってさ。あ、僕はクソ親父やジュリエッタとは面会してない。面会を警察に求められたけど断った。親父はともかくジュリエッタに会えば何言われるかわかんないもん」

「バティス。それが賢明でしょう。またあちらへ行かれるのですか?」

「ギルテット王子、一応あのクソ親父がちゃんとサナトリウムに移送されたかどうかは確認するつもりです。ジュリエッタが変な事しなければいいのですが」


 その後。バティス兄様は今度はシュタイナーと共に王都へ向かい、私達へ情報をもたらしてくれた。


「親父はちゃんとサナトリウムに移送されたよ」

「そうなのね、バティス兄様……」


 ちゃんと父親がサナトリウムへ移送された事が確認されたのは安心した。


「ああ、貴族だから一応は個室に入れられてる。それでベッドの柵に四肢を黒いベルトで固定されておむつを履かされてるって話も聞いた。だけど爵位を剥奪されたらどうなるだろうな。治療費もバカにならないんだし」

「爵位剥奪されたらあなたもジュリエッタも平民よ?」

「僕はもし爵位剥奪されたら騎士団に入るよ。ギルテット王子を支えたいからね。この町の漁師になるのもありかな」

「バティス、良い心がけです」


 バティス兄様なら仮に爵位を剥奪されて平民になっても余裕で生きていけるだろう。ジュリエッタは無理そうだが。


「それでジュリエッタはどうしてるの?」

「父親が逮捕された時は保釈金をすぐに警察へと納付したそうだ。だからクソ親父はさっさと屋敷に帰って来るって思ってたんだとよ。でもサナトリウムでアイツが隔離されるって誰かから聞いたその時はすんごい泣いてごねてたらしい。で、今はグレゴリアス家の屋敷にはあいつだけだとよ」

「な、なるほど……というかサナトリウムってどこにあるのかしら?」


 シュタイナーの説明曰く父親が隔離されているサナトリウムは王都から北の端の海岸の崖近くにあるらしく、交通の便もあまり整備されていないそうだ。その間父親は暴れるのを防ぐ為に鎮静剤を打たれて眠らされたまま移送されたのだった。


「てかさ、ジュリエッタが僕に支援をしろってうるさいんだよな。お姉様がいないからバティス兄様しか頼れないって何回泣きつかれたと思う?! ほんとうんざりだよ。ソアリスも全然相手してくれないし」


 どうやらバティス兄様とシュタイナーは運悪く警察署にてジュリエッタと出くわしてしまったようだ。あらら。


「支援って?」

「生活用品を送ったりしなきゃなんだよ。サナトリウムは何でも用意してくれる訳じゃないからな」


 ソアリス及びその両親はうちの父親に対して支援をする気は一切ないそうだ。勿論バティス兄様も同じ考えなので支援できるのはジュリエッタだけ。

 だが、ジュリエッタは保釈金は支払った癖に生活用品を送ったりするのはしたくないらしい。当然ながらサナトリウムにも行きたく無いと言ってるとか。


「それと僕が爵位を継ぐ為にクソ親父の命を狙ってるんじゃないかって」

「ああーー言ってましたね、バティス様はジュリエッタ様から嫌われてるのがよくわかりましたよ」

「シュタイナーさん言うねぇ。そうなんだよ。アイツは僕が爵位を継ぐのを嫌がってる。もしもクソ親父が死んで僕が爵位を継いだら屋敷から追い出されるってわかってるからだろうな」

「でもバティス兄様は追い出すつもりなんでしょ?」

「そりゃそうだよ? 当たり前じゃん」


 バティス兄様はさも当然だと言う風な表情を浮かべてばっさりと告げた。


「あんな穀潰しグレゴリアス家には不要だよ。ソアリスはさっさとあの粗大ゴミ引き取る気配も無いし捨てるしか無いだろ」

「バティス様言いますねえ」

「シュタイナー、それがバティスですから」


 ギルテット様の微笑みと、シュタイナーのがはは! と言う豪快な笑いがバティス兄様のジュリエッタに対する辛辣な言葉をさらに盛り上げさせた。確かに良い気味だ。


「バティス兄様。お父様はサナトリウムにずっといるの?」

「それしか居場所無いからそうするしかない。一応ヤツは一番安いサナトリウムにいるけど、それでもお金がかかるからなあ……かといって殺したらこっちが逮捕されるし。だから死ぬまでサナトリウムにいてもらうしかない」

「そっか。そうよね」

「ジュリエッタからすれば長生きしてほしいだろうな。アイツが生きている間は僕は爵位継げないし」

「でしょうね……」

「ああ、被害者のメイド達に関してだけど治療費はこちらが出したよ。あと退職希望の人達には就職先も紹介して退職金も支払った。ジュリエッタが退職金は絶対出さないって言うから、僕が全額出してあげたよ」


 ……被害にあわれたメイド達には早く幸せかつ安定した暮らしを得てほしいところだ。とりあえず父親の件に関してはちょっとは落ち着いたかのように見えた。だが、事態は急展開を迎える事となる。

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