第21話 祭りの日②

 町には炊き出しを配る場所も設置され、早速そちらへと手伝いに向かう。


「皆さんおはようございます!」

「シェリーさんおはよう!」

「あらあ、シェリーさん! おはよう、よく眠れた?」

「ええ、おかげさまで!」


 炊き出しで作っているのはデリアの町で採れた海産物をふんだんに使用したクラムチャウダーだ。アサリに魚の切り身にエビなんかが入っている。他の炊き出し場所ではパンも売られていた。

 私はクラムチャウダーをすくい、木彫りのお皿に盛って列をなすお客さんに手渡していく。


「はい、どうぞ」

「看護婦のお姉ちゃんありがとう!」


 子供も喜んでクラムチャウダーを受け取り、近くにある噴水の手前で美味しそうに飲んでいる。


(良かった良かった)


 昼前になると私の代わりとなる40歳くらいの女性が来てくれたので私はそこで交代し、ギルテット様達と町を見て回る事になった。


「お疲れ様です。シェリーさん」

「いえいえ。お待たせしました。それでは見て回りますか」

「早速だけど、ここ行かない? 十字架の柱にリングを投げて遊ぶんだってさ」


 バティス様が指さしているのは普段は雑貨屋を営んでいる所だった。売り場でそのような遊びをしているらしい。

 奥には景品が置かれている棚もある。


「行ってみましょうか」


 4人で店内を覗く。店内には既に3人くらいの男の子達が遊びに興じていた。しかし1人がお金が無くなったのにも関わらずまだ遊びたいと言ってとうとう癇癪を起してしまった。


「……1回だけならお金あげようか?」


 私は彼にそう言って、料金を渡す。しかしその子の母親は大丈夫です。と言って受け取らなかった。


「お気になさらずとも」

「お気持ちはとてもありがたいですし、私があなたの立場ならあなたと同じようにこの子にお金をあげていたでしょう。でも将来の事を考えると、甘やかすのはよくないと思ったんです」

「なるほどそうでしたか。素晴らしいお考えですね」


 そう。ずっとずっと子供を甘やかし続けたらどうなるか。それはジュリエッタという存在がこれでもかと教えてくれた事だ。勿論私とバティス兄様は痛い程理解している。


「そう仰っていただけて何よりです。……ほら、もうお金ないから諦めも肝心よ。引き際を見誤ってはいけないわよ」

「ママ……でもあの弓矢ほしいんだもん!! やだやだやだ!!!!」


 男の子は一向に泣くのを止めない。そこでギルテット様が彼へと優しく話しかけてくれた。


「欲しいと思っても手に入らないものはこの世にたくさんあります。だからそう言う時は諦めるのも大事な事なのです。それにあなたが欲しいものはあなたが死ぬまで役に立つ代物ですか?」


 男の子が欲しがっていたのは景品棚に飾られた小さな弓矢。あれはおそらくおもちゃだろう。この先彼は実戦用の弓矢を持つ可能性だってある。だからギルテット様の言うあなたが死ぬまで役に立つ代物かどうかと聞かれたら死ぬまでは役に立たない事の方があり得るだろう。


「……そうよ。王子が言ってる事がママは正しいと思うわよ」

「……このおもちゃじゃぼくが死ぬまで役に立たないっていうの?」

「そうですね。狩猟用ならあなたが成長すればもっと高品質で上等なものが手に入る機会があるはずです」

「そっか。じゃあ、我慢する。そして大人になったらおっきな弓矢買うね」


 男の子は納得したのか泣くのをやめたのだった。ギルテット様はふっと息を吐き安心した表情を見せてくれたのだった。

 それからも様々な店などを練り歩き、ご飯も食べた。そしていよいよ儀式が行われる時間が来た。


「シェリーさん。こっち!」

「あっはい! すぐに行きます!」


 中年くらいの女性に呼ばれて列に加わり、あのステッキを渡される。そしていよいよ十字架の形をした巨大な柱をぐるぐると周り始めた。いつの間にか太陽は落ちて辺りは暗くなっていて、掲げられた松明が町を照らしている。

 ルビーの石が炎を写している。静かで厳かな空気の中、儀式は終わった。

 ステッキは回収されたが、ルビーの石は特別に、という事で1つくれる事が決まった。それを服のポケットに入れているとギルテット様がやってきた。


「お疲れ様です。綺麗でしたよ」

「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」

「……ちょっと場所を移しませんか。せっかくなので伝えたい事があるんです。大祭の気分が俺の背中を後押しいてくれているので」


 ギルテット様にそう言われ、家の玄関へといったん戻った。ドアを閉めるとギルテット様が息を吸って、緊張をまとっていた口を開く。


「俺はあなたが好きです」

「ギルテット様……」

「シェリーさんが好きです。ずっと言えなくてごめんなさい」

「……」


 私もギルテット様の事は好きだ。医者として王子として彼の行動や言葉には尊敬している。


「私も、あなたが好きです。そして尊敬しています」

「シェリーさん……」

「……私で良かったら。結婚までは長い長い道のりかもしれませんが」

「それでも俺は構いません。ずっとあなたをお支えします」


 ギルテット様は私の右手を取り、その手の甲にそっと優しく温かなキスを落とした。町の外からは人々の喧騒とまた花火が打ちあがる音が聞こえてきたのだった。

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