第13話 手当と気づき

「いったぁ!!」


 ギルテット様は痛がりながら慌ててナイフを抜いて布で血を拭いた。しかし靴の上からは血が出ている。


「大丈夫ですか?!」


 私だけでなく、処置を受けていた患者も心配そうにギルテット様を見ている。


「私はもう大丈夫ですから、先生を……!」

「っすみません。では包帯を持っていてくださいますか? 後ほど切ります」

「ああ、ナイフ持ってますから自分で切って結んでおきますよ」

「わかりました。お願いします。ギルテット様、椅子に座ってください。私が手当てします……!」

「シェリーさん……すみませんが、お願いします……」


 患者はそう言うと、上着のポケットからおそらく狩猟用に使うものと思わしきナイフを取り出し、包帯を切って自分で結び始めた。余った包帯を彼から貰うと私は若干震える指先に力を籠めながらギルテット様の靴と靴下を脱がして患部を見る。

 しかしながらまだ患部からは血が止まりそうな気配はない。


(とりあえず、止血しないと……)


 あの止血用の紙では間に合わないのは明白だ。白い布を机の中から取り出してそれを折りたたみ、患部に当ててその上から包帯を巻いて止血する。この間私の全身をかつてないくらい緊張感が覆っていた。


(これで、なんとか……)

「ギルテット様、どうですか?」


 ギルテット様の顔をおそるおそる見上げる。止血を施した事で彼の表情は少し落ち着きを見せているように見えるが、まだ痛みを感じているのだろうというのも見えた。


「ありがとうございます。完璧です」

「痛み止めの薬持ってきましょうか? 患者さんの分のも併せて薬屋から手配します」

「いいですか? お願いします」


 ギルテット様はそう言って私に軽く頭を下げた。患者は痛み止めはいらないから大丈夫と言って代金を支払い診療所を後にしたのだった。

 私は彼に続いて診療所を出て、近くの薬屋へと走る。まだだ。まだ安心はできない。


「すみません。痛み止めくださいませんか?」


 店主である老婆の薬師が私を見るや否や驚いた表情を浮かべた。普段は患者が処方箋を持ってこの薬屋を訪れるというのがよくある光景なので看護婦である私がここに来ると言うのは彼女からすると驚く部分なのだろう。


「患者じゃなくて看護婦のシェリーさんが来るとは……何かあったのかい?」

「ギルテット様が怪我しちゃって。それで彼の分の痛み止めをもらいにきたんです」

「そうか、それは心配じゃのう。痛み止めと止血薬も用意しておこう」

「ありがとうございます。お願いします」

「お安い御用じゃ。薬代は取らんと王子に伝えておいとくれ」

「ありがとうございます!」


 老婆が背後にある天井までの高さの薬棚から粉末状にされた薬を取り出し、紙袋に入れて渡してくれた。


「ほい」

「ありがとうございます。助かりました」

「いいえ。これが仕事じゃからのう。王子がはよう治りますように」


 老婆は笑顔で私を見送ってくれた。診療所に到着しギルテット様に薬を渡す。


「シェリーさんありがとうございます。助かります。あの薬師にもあとで礼を言いにいかねばなりませんね」

「こちら、止血薬もくださいました」

 

 止血して薬を飲み、しっかり食事を取り衛生面に気をつければ彼の傷も治るはずだ。

 あとは……。


「あ、ギルテット様。少し怪我された方の足を向けて頂いても?」

「はい。どうぞ」


 私はしゃがんで患部を手で添える。

 そう。今からかけるのはおまじない。魔法ではないけど精神的には効果はある……と思う。


「痛いの痛いのとんでけ!」

「……」


 少しだけ静かな空気が流れたので、私の脳内に恥ずかしさに似た感情が流れ出す。


(あっ……まずいかも? これ……)

「ふふっあははっ……」


 ギルテット様が笑い出した。なんだか子供みたいな笑いに私の目は吸い込まれていく。こんな笑い方してるのあんまり見た事が無いような気がする。


「なんだか昔転んで膝擦りむいて泣いてた時にメイドさんからよく同じおまじないしてもらってたの、思い出してしまいました」

「あ、そうだったんですか……はは……」


 私はとりあえず笑う。笑ってみる。すると私の両手をギルテット様は優しく取ってくれた。彼の温かな体温は私の両手にじんわりと伝わって来る。緊張の感情がだんだんと和らいでいくのが感じた。


「ありがとうございました。おかげで痛みが取れた気がしますよ」

「そんな……ありがとうございます」

「ふふっ。これからもシェリーさんには俺にもっとおまじないかけてほしいくらいです」

「ええっ!」


 ギルテット様がいたずらっぽく笑った所で、彼の背後からにやにやと笑うシュタイナーが腕組みをしながらやって来た。


「俺も王子におまじないかけてもらいたいっすよぉ」

「シュタイナーが弱音を吐くだなんて珍しいですね」

「えっ辛辣じゃない? 俺だって弱音くらい吐きますよ! 人間なんだし」

「ははっ冗談ですよ。どんなおまじないです?」

「えーーと、肩こりが取れるおまじないっすかね」

「それは自分で運動するなりしてください」

「ええっ!? ちょっとちょっと! なんだか冷たくないっすか?! いいもん、シェリーさんにおまじないかけてもらお!」

「シュタイナー。それは許しませんよ」


 にこりと笑いながら私の方へと歩み寄って来たシュタイナーの肩をがしっと掴んだギルテット様。いたすらっぽい笑みの奥には怒りが籠っているのが見えた。


「わかった! わかりました! 自分で何とかします!!」

「わかればよろしい」

「はい。それにしても王子はシェリーさんの事好きなんですか?」

「「え」」


 ギルテット様と私の声が同じタイミングで綺麗に重なった。え、ギルテット様が私を好き?


「シュタイナー。あなたちょっと今日は調子乗ってんじゃないです?」


 ギルテット様がニコニコ笑いながらシュタイナーの右わき腹を小突き始めた。彼は笑顔こそ浮かべてはいるものの背後からはゴゴゴ……と怒りの感情が漏れ出てるように見えた。そんな彼だが頬は少し赤くなっている。


「や! 痛いっす! すみませんて!!」

「もう……調子乗って」


 もしギルテット様がこんな私を愛してくれたら……どうなるんだろう。

 現時点で彼には嫌な気持ちは一切ない。いつも優しくて穏やかで私の事を気にかけてくれて、それでいて皆から慕われているしシュタイナーからはたまにからかわれてるし、料理も得意で……。


(あれ、私……もしかしてギルテット様の事が好きかもしれない)


 そう思った時。私の頬が次第に発熱していくのを感じた。なんだこれは。


「あれ、シェリーさん顔赤くないですか?」

「ええっ?!」


 ギルテット様がこちらへと歩み寄り私の額に掌を当てた。この時彼の顔が間近に迫った事で私の心臓が胤舜だけどきっと高鳴った。


「熱はないようですね」

「あ……なんだか心配かけてしまってすみません」

「謝る事はないですよ。俺はシェリーさん達が皆元気でいてくれたらそれでいいんですよ」

「……優しいんですね」

「それが俺の取り柄なんで。兄上や姉上達からよく言われていた言葉です」


 ふふっと笑うギルテット様の顔に私は今日も安心を抱いたのだった。ずっとこの先も彼らと共に暮らし笑いあっていたい。心の底からそう思うのだ。

 数日後。まだギルテット様の怪我は癒えてないものの、少しずつ回復してきている頃の昼前。


「ギルテット王子。手紙をお持ちしました」


 診療所に現れたのは1人の兵士だった。手には何やら手紙を携えている。その白い手紙に美しい形をした封はこのデリアの町には似つかわしくない代物だった。

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