第14話 髪を切って
「あなたは……宮廷の兵士の方ですか」
「ええ、そうです。お久しぶりです」
ギルテット様が兵士を診療所の中に迎え入れようとしたが、兵士は玄関までで大丈夫です。とギルテット様の申し出を丁寧に断った。
「こちら、国王陛下からのお手紙となります」
「はい、確かに受け取りました……」
ギルテット様が手紙を受け取ると、兵士は一礼して診療所から去っていく。彼が跨ったと思わしき馬のひづめの音が次第に遠くなっていった。
「ギルテット様、それは?」
「診察室の中で開けます。シュタイナーも呼んできてください」
「わかりました」
診療所の2階で休憩していたシュタイナーを呼び、診察室のドアを閉めてからギルテット様が慎重に手紙の封を開けて中の用紙を取り出した。
「……うわ」
驚きの表情をあげるギルテット様に私とシュタイナーの目はくぎ付けになっている。
「王子、何が書かれてるんです?」
「あ……簡潔に言うとシェリーさんが宮廷に招待されました。国王陛下から直々に俺の怪我の手当てをした事への感謝を伝えたいと」
「え? わ、私が? 宮廷に?」
「そうです……シェリーさんは行きたいですか? それとも行きたくないですか?」
勿論行きたい。国王陛下から感謝の言葉を授けられるだなんて、一生に1度あればラッキーなくらい希少な事だろう。だけどもし私が宮廷に行けば私がシュネルだとバレてしまうかもしれない。シェリーとして扱ってくれるかどうかが引っかかっている。
「私としては勿論行きたいです。けど……」
「シュネルだと、思われるかもしれないって事ですよね」
「そうです。ギルテット様のおっしゃる通りです」
「そこは俺もどうすべきか考えています。平民の格好をするとか、ですよね……」
ここで私はある事をひらめいた。そう。シュネル・アイリクスは伯爵夫人。平民ではない。だから貴族らしい佇まいをしているといういわば固定観念が多分ソアリス様などは持っててもおかしくはないはずで。
「あの、ギルテット様。ナイフを貸してください」
「……何を切るおつもりで?」
私はギルテット様からナイフを受け取り、束ねていた髪をほどくとそのナイフで自分の髪をばっさりと切った。
その様子にギルテット様とシュタイナーは口をあんぐりと開けて驚いている。
「貴族の令嬢にとって髪は大事なものですが、庶民はさほど重要なものでもないでしょう?」
他の国ではどうかは知らないが、この国ではそうだ。貴族の令嬢が髪をばっさり切る事はまずありえない。前髪くらいなら少し切って微調整するくらいならよくある話かもしれないが。
「……思い切りましたね」
「ええ、今の私はもう令嬢でも貴族の奥方でもありませんから」
鎖骨くらいの長さになったので、これくらいなら束ねるのもまだ可能だ。この上から白い頭巾を被れば良いだろう。
「私は平民です。なので平民として振る舞います」
「シェリーさん……あなたの気持ち受け取りました」
「招待を受託させて頂きます」
「わかりました。そのようにお伝えさせて頂きますね」
大丈夫。私は平民。令嬢でもアイリクス伯爵家の夫人でも無い……。
それからあっという間に時間は過ぎて、いよいよ宮廷へ向かう日の朝が来た。早起きした私は地味な服に頭には白い頭巾を纏いシュタイナーとギルテット様と共に、宮廷から来た馬車に乗り込んだ。
馬車はさすが王家のもの。白くて大型で座席もふかふかとしていて座り心地が良い。馬車を引く馬も大きな白馬で毛並みが美しい。
「それでは、発車します」
馬車が動き始めた。ここから宮廷まではかなり時間がかかるので途中休憩を挟むというのは聞いている。
「この馬車乗り心地いいっすねえ」
シュタイナーは足を組み腕を伸ばしたりして早速くつろいでいる。彼らしいと言えば彼らしい。
「宮廷の馬車を侮るなかれ、ですよ? シュタイナー」
「いやあ、兵士は基本騎馬による移動っすからね! 馬車に乗る機会なんてめったに無いです」
「でしょうねえ。せっかくですし満喫してみては?」
「そうですね! では、お言葉に甘えて!」
シュタイナーは座席の上にゴロンと寝転がり、瞬く間にすやすやと眠り始めた。
(寝るの早!)
「……シュタイナーは適応力高いですからね。流石は百戦錬磨の兵士なだけあります」
「な、なるほど……ギルテット様はいつからシュタイナーさんとお知り合いなんです?」
「この町に来る時に父上から紹介されました。それからはずっと一緒です。彼、一応騎士団に所属していたエリート兵士ですけどアサシンとかそういう類にも通じてますので」
「そうなんですね……」
「情報収集も得意ですから助かっています」
そう穏やかに語るギルテット様。彼がシュタイナーを如何に信用しているかが伝わってきた気がした。
馬車は進む。以前私がデリアの町に来た時のルートとは違うようだ。畑にポツポツと建物が並び立つ集落が近くに見えている。
「この村で休憩にしましょう。昼食を用意します」
御者がそう告げたのと同時に馬車はゆっくりと歩みを止めていく。
ギルテット様は熟睡していたシュタイナーをゆすって起こし馬車から降りるともう1台の馬車に乗っていた宮廷の侍従達から左前方にあるレンガ造りの家へ入るように促される。
「こちらへとお入りください」
レンガ造りの家のドアからは家主と思わしき若い女性が顔を出していた。女性の表情は私達をあまり歓迎していないように見える。
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