第12話 傷

 それからギルテット様は国王陛下にこの件について手紙を送ると言い出した。


「せっかくなので父上から直々にソアリスの結婚相手を決めてもらおうと思いまして。早く再婚すればシュネル夫人なんて忘れてくれるでしょう」

「でも……離婚届はまだ提出されていないのですよね?」

「それも催促するようにお伝えします」

「すみませんがお願いします」

「いえいえ。手紙を書くくらい大丈夫ですよ」


 ギルテット様はにこりと笑みを見せながら早速国王陛下に手紙を書き始める。


「シュタイナー」

「へい、王子」

「手紙を持っていってくれませんか?」

「かしこまりです」


 その後。書き終えた手紙を持ちシュタイナーは馬に跨り王都へと駆けていった。


「うまく行けばいいのですが」

「そうですね……父上には申し訳無いですけど」

 

 1週間後、シュタイナーは国王陛下直々の手紙を持って診療所へと戻って来る。


「王子、シェリーさん。ただいま戻りました」


 今日の診察を終えたばかりの部屋に大股歩きで入ってくるシュタイナーの顔は曇っている。何かあったのだろうか。


「国王陛下に手紙は渡しました。国王陛下もシュネル夫人が見つからないならそろそろ離婚と形だけの葬儀をすべきだとソアリス様に告げました。しかし……」

「シュタイナー?」

「ソアリス様は断固拒否すると言って聞かず……」


 そんなに私と離婚したくないのか。どうして私の存在にそこまで固執しているのだろう。彼の行動は私を愛していたようには見えないのに。


「シュタイナー、葬儀も拒否したのですか?」

「はい。これだけ年数が経過したのだからそろそろ形だけでもいいから葬儀をあげても良いのでは? と国王陛下はソアリス様を諭してはいましたが……。それと国王陛下はジュリエッタ様らソアリス様の愛人の中から誰かを後妻に迎えてはいかがとも言いました。結果はソアリス様が拒否して話は終わりましたが」

「ジュリエッタ……うちの妹とは結婚したくないんですね」

「そうみたいですね。愛人はあくまで愛人であって正妻はシュネル夫人しか認めないし後妻を迎えるつもりも無いようです」

「じゃあ、子供はどうするの?」


 ソアリス様のご両親はソアリス様と私の子供をあれだけ切望していた。ソアリス様に子供が産まれるのを望む気持ちはおそらく今も変わらないはずだ。


「そこは語っていませんでしたね」

「そうですか。シュタイナーさん教えて頂きありがとうございました」

「いえいえ。しかしながらソアリス様にはまだまだ気をつけた方が良さそうですね。あなたをシュネル夫人ではないかとまだ疑っておいででしたから」


 シュタイナーからそう聞いて思わず背中の産毛が全て逆だったような気持ち悪い感覚を覚える。


「シェリーさん。とりあえずは俺から離れないようにしてください」

「ギルテット様」

「ソアリスと言えども、俺は王子。位は俺の方が上ですから迂闊に対応は出来ないでしょう。それにこないだは俺が近くにいてあげられなかったのもありましたから……」


 そう。私が薬屋へ行った時もそうだった。だから私は大声でギルテット様を呼んだのだった。

 ギルテット様の口をぎゅっと結び眉尻を下げた顔には後悔の感情が表現されている。


「お気になさらないでください」

「シェリーさん」

「あの時は本当に仕方なかったですから。そんな状況もありますよ。ソアリス様が私を諦めないのが悪いんです」

「……お気遣いありがとうございます」

「王子は優しいっすよね。そこが王子の良い所っすよ」


 シュタイナーがギルテット様の背中を叩く。ギルテット様は目を見開き驚きの表情を浮かべるとシュタイナーの方を見た。


「シュタイナー、びっくりしましたよ……」

「へへっ。たまにはいいじゃないすか」

「王子にそんな事出来るのあなただけですよ? ありがたいと思う事ですね」


 ギルテット様の呆れたようなそんな笑いにシュタイナーはニヤニヤと笑っていたのだった。

 やはり屋敷や実家にいた時よりも今が断然楽しい。こんな明るい雰囲気味わえなかったから。


「いいですね。楽しい雰囲気で」

「シェリーさん」 

「王子、シェリーさんも喜んでるみたいっすよ?」

「ちょっとシュタイナーは黙っていてくれます?」

「へいへい」

「ふふっ……」


 ギルテット様とシュタイナーの面白いやり取りに笑ってしまいながらも癒やされたのだった。

 次の日。診療所に右足のスネを怪我した男性が手当を受けに訪れた。ギルテット様がまず患部を清潔な水で洗い流して汚れを落とす。


「シェリーさん、包帯で巻いてあげてください」

「はい。失礼します」


 患部に止血に使われる紙を当ててその上から包帯でくるくると巻いていく。包帯はそこまでたくさん使う必要性はなさそうだ。


「シェリーさん、はさみいります?」

「はい、お願いします」

「あれ……無い。ナイフでもいいですか?」

「大丈夫ですよ」


 ギルテット様が机の上からナイフを取り出し、私に手渡そうとしていた時だった。

 ナイフはギルテット様の手から滑り落ち、ギルテット様の右足の甲に突き刺さってしまった。


「!」

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