第9話 家出から2年、なお
家出から2年が経過した。私はデリアの町の診療所にて看護婦として働く毎日を送っている。ギルテット様もシュタイナーも一緒だ。
時折シュタイナーから王都に関する噂話を聞かせてもらっているが、やはりまだソアリス様は私を探しているらしく離婚届も出されていない。しかもソアリス様は国中の集落をあちこち見て回っているそうで、以前以上にやっきになっているとシュタイナーから聞いた。
(なんで諦めてくれないんだろう。あれだけ私の事をどうでも良い風に扱っていたくせに。さっさとジュリエッタと再婚すればいいのに……)
そしてギルテット様は診療所の後ろにある空き家を新たに買い取った。そして診療所をちょっとリフォームして新たに処置室や患者が寝られるスペースを確保した。これにより私達は空き家へと引っ越したのだった。
空き家に引っ越した事で生活スペースがより広くなったのは好都合である。しかも診療所とは隣り合っているので勝手口からで行き来するようにちょっと手を加えてみたりもした。
この日。早くから町の人がわいわいと騒がしくしているのでそれで目が覚めた。ベッドから起き上がって廊下に出るとちょうど起きたばかりのギルテット様と出くわす。
「おはようございます」
「シェリーさんおはよう。外が何かうるさいですね……何かあったんでしょうかね」
「いってみます?」
「シュタイナー起こしてきてもいいですか? 一応兵士である彼も一緒にいた方がいいでしょうから」
「確かにそうですね。お願いしてきてもいいですか?」
「いえいえお構いなく。それではちょっとあの寝坊助を起こしに行ってきます」
しばらくしてギルテット様があくびをしているシュタイナーを連れてこちらへとやってきた。シュタイナーは目をこすりながらも私に挨拶をしてくれる。私が挨拶を返した所でギルテット様が行きますか。と口を開いた。
(寝間着姿だけど、いっか)
外を出て声がする方へと慎重に歩み寄りながら、声に耳を傾ける。
「……シュネル夫人?」
「ああ、あれがソアリス様だ。奥方を探しているらしい」
「妻に逃げられたそうだよ。どうせソアリス様が何かやらかしたんだろ。貴族にはよくある話だからな」
「なんだか噂だとシュネル夫人が愛想をつかして出ていったみたいよ。ソアリス様はシュネル夫人を大事にしていなかったんだって」
「そんな事はない!」
噂をぶった切るようにしてソアリス様の怒鳴り声が町中に響き渡った。
そんな、ソアリス様がデリアの町に来てる?! 私はギルテット様の服の裾を掴んで家に戻ろうと引き返す。
「っ……! そうですね……!」
私達は一旦家に戻った。そしてどうすべきかを話し合う。
とりあえず私はここにいた方が良いだろう。でも誰か外にいてこの騒ぎを聞いておいた方が何かあった時にすぐ指示が出せれるのもある。
「……俺が行きます」
ギルテット様が右手を挙げた。シュタイナーがいや、俺じゃないんですか? と突っ込みながら驚きの表情を浮かべている。
「俺はこう見えて王子ですから」
「……何か交渉があれば、有利には立てるでしょうね。王子なら」
「そういう事です。では行ってきます。シュタイナーはシェリーさんと一緒に部屋にいてください。ソアリスがこちらへ来たら身を隠すように」
「へい!」
「ギルテット様。お気をつけて」
「ああ、まあ死ぬ事はないでしょうから安心してください」
ギルテット様は何もなかったかのように家から出て、騒ぎのする方へと早歩きで向かっていった、シュタイナーは玄関のドアを閉めそこに、私は2階の窓が無い部屋に向かい、それぞれじっと身を隠す。
(こっちに来ませんように……)
両手で手を組み、神様に祈りを捧げる。ようやく自由と新しい人生を手にしたんだ。いくらソアリス様と言えど決して奪われたりなんかしたくないし奪わせない。何もかも!
(今更どの面下げてこっちに来てるのよ。絶対に屋敷には、シュネル・アイリクスの人生には戻らない!)
次第に騒ぎの音がトーンダウンして落ち着いてくる。だけどまだドキドキと昂る鼓動と冷や汗が止まらないでいる。
そして玄関のドアを叩く音がした。シュタイナーがドアを開けるとギルテット様の声が聞こえてきた。
「シュタイナー、ドア閉めて。シェリーさん、ただいま帰りました。もう大丈夫ですよ!」
(……足音はそんなにない。という事は、うん、大丈夫……!)
「お、おかえりなさい、ギルテット様……」
「……シェリーさん、冷や汗が。シュタイナー、布を」
「へいよ」
シュタイナーがギルテット様に白い布を渡し、ギルテット様がその布で私の額に浮かんでいる冷や汗を拭ってくれた。
「もうソアリスはデリアの町を離れました。次は別の集落へと向かうそうです」
「そうですか……よ、よかった……よかった……ああ、本当によかった……」
安心の感情が胸の奥から身体全体に広がっていき、それとともに脱力感も湧いて出てきたので私は我慢できずにその場にへたっと座り込んでしまったのだった。
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