第8話 彼が私を探すだなんてあり得ない

「ソアリス様が? 私を?」

「ええ、そうです……! 警察と共に探していらっしゃるみたいで」 


 シュタイナーの語る言葉が飲み込めずにいる。あのソアリス様が私を探しているだなんて正直あり得ない。


(お父様に言われて渋々私を探している……とか?)

「シュタイナーさん。ソアリス様が私を探しているだなんてあり得ないと思います。おそらく私の父親に言われて渋々探しているのでは?」

「俺もその可能性を考えて王都で聞き取りしてきたんすよねぇ。しかしながらどうやら違うようでして」

「ソアリス様が自主的に私を探している、と?」

「その通りです。ソアリス様はシュネル夫人を心の底から愛していると仰っているようです。そこには他の人物の介入は無さそうなんすよ」

「えぇ……?」


 ソアリス様が私を心の底から愛している? そんなのありえなさ過ぎる。だって一度も夜を共にしてくれなかったし会話も禄にしていないのに。


「私はソアリス様の語る言葉を信用する事が出来ませんね」

「……シェリーさん。気持ちはわかります。確かにソアリスを信用するのは難しいでしょう。俺だってそうだ。だからこれには何か裏があるのでは? と勘繰ってしまいますね」


 ギルテット様は苦笑しながらもそう語ってくれた。私の胸の中で荒れていた気持ちが少しは凪いできたように感じた。


「シュタイナー」

「はい、王子」

「しばらくは王都で情報収集してくれませんか?」

「御意」

「それと、捜査の手はこのデリアの町まで及びそうでしょうか?」

「この町まではすぐには来ないと俺は予想します。しかしなかなか見つからないとなるとここまで手が及ぶ可能性は否定出来ませんがね」

「そうでしょうね……まあ、その時に考えますか」

(ここには来ないのを祈るわ……)

「よし、じゃあピクニックを再開しますか。シュタイナーも何か食べます?」


 ギルテット様が両手をパンパンと叩いて敷布を砂浜の上に敷いてその上に座る。そしてバスケットから食事やらを取り出して並べ始めた。


「座っていいですか?」

「シェリーさんどうぞ。シュタイナーも」

「へいへい、失礼しますよっと」


 3人で海を眺めながらピクニック。海の向こう側は何も見えない。島や陸地が広がってもいない。まさしく青だけが広がっている景色だ。

 それに寄せては返す波の静かな音を聞いていると、心が落ちつく。


(私はシュネル・アイリクスじゃない。シェリー。そう、シェリーなんだ。だからもし誰かに言われてもシェリーだと言えば良いんじゃない?)


 そうポジティブな考えが頭の中に浮び上がる。これももしかしたらこの海やギルテット様達のおかげかもしれない。


「皆さんのおかげですね」

「シェリーさん? いかがなされましたか?」

「王子、あれですか? 俺達またなにかやっちゃいました的なやつっすか?」

「シュタイナーさんの言う通りです。ギルテット様とあなたのおかげで少しポジティブになれました」

「そうですか。お役に立てて何よりです」


 ギルテット様の頬が少し赤くなっている。それをシュタイナーがからかいながら指摘すると、ギルテット様は彼の右脇腹をこちょこちょと掻いたので、彼はひいひいと笑いながら砂浜の上を転げ回っていたのだった。

 食事を終え、一息付きながら海を眺める。


「静かで良いですね……ギルテット様」

「そうですね。この町に死ぬまでいたいですよ」

「ああ、ギルテット様は王子だからゆくゆくは戻らないといけないんでしょうか?」

「今はまだ帰ってこいとは言われてないです。俺は第5王子で母親も側妃なので王家の中でも立場は低い方ですから。でも王家に……父上か兄さん達に何かあれば戻らないといけないんでしょうね……」

「ギルテット様……」

「そりゃあ、俺としては死ぬまでこの町で静かに暮らしたいですよ。でも王家の立場もありますからね。難しい部分もあるんです。シェリーさんは?」


 ギルテット様が私の方を見た。彼が浮かべる笑顔は優しいけれど少しだけ寂しさも浮かんでいる。


「私も……死ぬまでこの町で暮らしたいです。この地を終の棲家にしたい。そう思っています。私はもうシェリーという人間ですから」

「そうですか。少し安心しました。シュタイナーは?」

「俺も王子についていきますよ! 王都は堅苦しくてあんまり性に合わないんでね」


 ははは……と笑い声が湧いて海へと流れていく。私はこの凪いだ穏やかな町で死ぬまで暮らす事を改めて決意したのだった。

 それから月日はあっという間に流れていった。私がデリアの町に来てから約半年と1年の2回、私……シュネル・アイリクス伯爵夫人の捜索がデリアの町でも行われた。捜索は警察や軍、それにソアリス様の親戚も交えて行われた。私の容姿はありきたりな容姿で特に特徴も無いのが幸いしたのか、ついぞバレる事は無かった。まあ、ソアリス様の親戚とは結婚式くらいしか顔を合わせた事が無いし、私の顔を覚えていない可能性はある。まあ、ソアリス様本人や父親が来なかっただけ全然ましだ。

 また、バティス兄様とジュリエッタは私の捜索には消極的らしい事をシュタイナーから聞いた。ジュリエッタは多分ソアリス様との結婚を狙っているから、私を亡き者として扱いたいのだろうけど、バティス兄様の意図はわからない。


(もしかして、私が家出した理由を察してるとか?)


 しかしながら相変わらずソアリス様と父親、ソアリス様のご両親は私を必死に探している。ソアリス様はなんとギルテット様の父親である国王陛下に直々に私の捜索を訴えたようで国王陛下も協力を約束したそうだ。

 最初この話をシュタイナーから聞いた時、私とギルテット様は同じタイミングで頭を抱えてしまった。


「嘘でしょ……!」

「父上がこんな判断くだすとは…いやあ、どうしましょうかねこれ」

「ソアリス様はなんでこんなに私を探すんでしょうか?」

「貴族の男、ひいては当主が妻に逃げられたとなると体裁が悪いのは確かにあるでしょう。しかしこうも執念を見せるとなると何か別の理由があるような気がしてなりませんね」


 貴族の体裁とは別の理由? そう言われても心当たりが思いつかない。


「うーーん、別の理由ですか。ちょっと心当たりが思い浮かばないです」

「シェリーさん、あくまで俺個人の考えなので話半分でいいですよ。あまりにもソアリスが熱心にシュネル夫人を探すものだから」

「そうですよね。あそこまで彼が熱心になるだなんて私もちょっとおかしいような気がします。でもってそこにはうちの父親やソアリス様のご両親の介入はないんですよね、シュタイナーさん?」

「そっすね。むしろ熱心深さで言うならソアリス様が一番じゃあないですか?」

「えっそんなに?」

「シュネル夫人の父親であるグレゴリアス子爵やソアリス様のご両親以上にソアリス様の捜索同行数がずば抜けているとは警察関係者からのたれこみっすね」

「そ、そうなんですか……」


 となると、このデリアの町にもソアリス様が来るかもしれない。親戚が訪れても見つからなかったという事は今度は自分の目で見て確かめるべく訪れる可能性があるのではないかと頭の中によぎってしまう。


「まさか、ここにソアリス様が……」

「いつかは来るかもしれない。でも……おびえているだけではだめでしょう」

「ギルテット様?」

「あなたはシュネル・アイリクス伯爵夫人ではなく診療所の看護婦シェリーなのですから。そのように自信を持って振舞えば良い事です。いいですか? あなたはシェリー。復唱して」

「はい、私はシェリー。看護婦のシェリー」

「ふふっ良くできました」


 ギルテット様はそう言って、私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。彼の顔がちょっとだけ紅潮しているのは勿論目でとらえていた。

 ああ、そうだ。私はシェリー。誰が何と言おうとシェリーだ。

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