第10話 疑いの目
「シェリーさん。大丈夫ですよ」
ギルテットさんが私へと手を差し伸べてくれたので私は迷わずその手を取る。そして彼は私をそっと抱きしめて頭をなでてくれた。まるで母親が子供へとするようなそれに私の目からは涙があふれ出てきてしまう。
「よかった、よがったでず……」
「おうおう、シェリーさんが泣くなんて珍しいじゃないですかあ?」
「シュタイナー、からかうのはやめときましょう。今は落ち着くのが優先です」
「そうっすね。でも、良かったですよ。ソアリス様が駄々こねてたらこうはなってなかったでしょうし」
「確かにそうでしょうね……それにしてもあの男がここまでシュネルにこだわるのがますます分からなくなってきました。ここまで来たらもしかして彼は変態か何かで? とも思ってしまいますよ」
それからギルテット様からソアリス様の様子などについて話を聞いた。
ソアリス様は警察と共にこのデリアの町を訪れていた。
「ここに若い女はどれくらいいる? 警察の皆さん、この町の若い女を全員ここに連れてきてください」
町の人々にそう聞いて回るので、中年くらいのおばさんが怒ってしまったのだと言う。そりゃあ、女性に年齢の事を聞くのは失礼だ。
「いきなり若い女を連れてこいってどういう意味?! まさか人攫いじゃあないでしょうね?!」
この国には、若い女性を攫って娼館に売りつける犯罪が横行していると聞く。おばさんはそれもあってか、ソアリス様を疑い、怒りの表情を向けたのがきっかけで騒ぎが起きてしまったのだった。
「僕は人さらいじゃありません。妻を探しているんです!」
ソアリス様はそう、野次馬を形成しつつあった人々へ誤解を解くべく説明に走ったようだ。しかし今度は奥方に逃げられたなどと言われた事により
「そんな事はない!」
と叫んだ。その後にギルテット様が見に行ったのだが彼はデリアの町の人と口論に発展していたという。
「奥方に逃げられたんでしょ! 大事にしなかったから!」
「アイリクス家には子供がいないんでしょ? 不仲だったからではないの?」
「そんな事は無いです! 僕はシュネルを愛しています!」
「ソアリス様がシュネル様を愛しているのはわかっているけど、シュネル様のお気持ちはどうなのかしらね?」
「そうよ。相思相愛じゃないと成立しないわよねぇ……」
そこへギルテット様はデリアの町の民へ加勢した。
「シュネル様がソアリス様をどうお思いなのかが重要ですよね。片方の愛だけでは成立しませんから」
ギルテット様がそう言うと、野次馬からはそうだそうだ王子の言う通りなどと言う話があがる。
ソアリス様はギルテット様を忌々しく見つめながら声をかけてきた。
「あなたはギルテット王子ですね?」
「はい、そうです。ソアリス、お会いできて光栄です」
「単刀直入に言わせていただきます。あなた、うちの妻を匿ってはいませんか?」
「シュネル夫人はうちにはいませんよ。それにこの町にシュネル夫人はいらっしゃいません。他をあたってください」
「本当ですか? 嘘は言ってませんか?」
「はい。信じていただいて結構です」
ソアリス様は息を吐き、観念したかのように警察達とデリアの町を後にしたのだった。
「という事になります」
「……ありがとうございます」
「いえいえ。うちにいるのはシェリーさんであってシュネル夫人ではありませんからね」
ニヤッと笑うギルテット様。実際彼は嘘は言っていない。「シュネル夫人」という存在はこのデリアの町にはいないのだから。
「うまいですねえ。さすがは王子。饒舌なだけありますねえ」
「シュタイナーからそう言われますと嬉しいですねえ」
「へへっ。まあ俺もこういうのには自信ありますけどね! で、ソアリス様はここを出てったって訳っすか」
「そうです。次の場所へと行くとね」
すると玄関の扉がドンドンとノックする音と王子! 王子! とギルテット様を呼ぶ男性の老人の声が聞こえて来る。何かあったのだろうか?
ギルテット様が玄関の扉を開けると杖を付いた老人……レイルズにさっきこの町に来ていた警察数名が慌てた表情をしているのが遠目から見えた。
「王子、ソアリス様のおつきの方が落馬したそうで……!」
「わかりました。すぐに手当てに向かいます!」
落馬負傷となると早く患者の体の状態を見極めて手当てしなければならない。もし頭や首付近を打っていたら絶対に動かしてはならないし最悪致命傷に繋がる事もある。レイルズ曰く落馬負傷したソアリス様の使用人は落馬した際に受け身を取ったため頭などは打っていないものの左腕に痛みを訴えているそうだ。
本当は私も行って手当てした方が良いのだろうけど……。
「シェリーさん、シュタイナー。あなたがたはそこで待っていてください」
「でも、王子だけでは……」
(ほんとは行きたくないけど、誰かを助けられないのは看護婦として……ダメな気がする!)
「私も行きます!」
「シェリーさん……いいんですか? 顔がバレてしまっては」
一旦玄関の扉を閉めていたギルテット様が驚いた様子で私を見ている。シュタイナーもええっと驚愕の声を挙げていた。
「本当は行きたくないですけど。でも看護婦としては行かなくちゃって」
「……真面目な方ですね。ではちょっと待ってください」
ギルテット様は部屋のどこかへと走っていく。そして白い布を持って来てそれを私の顔の前に巻いた。
「これで行きましょう」
「ありがとうございます」
私達は落馬したというソアリス様の使用人が運ばれている診療所へと移動した。到着するとそこには既に使用人が横に並んでいる椅子の上に横になっている。そして診療所へと駆けつけてきた人達の中にはソアリス様もいた。
「手当します」
ギルテット様はすかさず使用人の元へと近寄り、身体を動かさないで。と忠告しつつ落馬した時の状況を聞き出し始めた。使用人は意識はしっかりしていたので少し安心する。やはり受け身を取ったのが良かったのだろう。
「受け身を取ったのでどこかをぶつけた、というのは無いと思うんですが、左腕が痛くて」
「どの辺ですか?」
「この辺です。肘が……」
「曲げると痛いですか?!」
「っ! 痛いです!!」
ギルテット様が使用人の肘を持ってゆっくると曲げると使用人は痛みを訴える。逆にまっすぐにした方が多少は楽らしい。
「患部を固定させましょう。あと痛み止めの薬草も用意します」
「ありがとうございます。ギルテット王子……」
「シェリーさん。痛み止めの薬草を薬屋まで取りに行ってくれませんか?」
「了解しました」
ギルテット様から痛み止めの薬草が記されたメモを受け取り、薬屋へと走る。
「えっと確か……この辺だったか」
「ちょっと! ちょっと待ってくれませんか?!」
(げっ、嘘でしょ)
後ろからなんとソアリス様が追いかけてきていた。なんで私を追いかけて来るの? もしかして何か伝えるべき情報でもあるのだろうか。
「なんでしょうか。何かありましたか?」
「あっいやその……君シュネルか?」
いきなりシュネルだと言われた。バレたのはいただけない。私はシェリー。シェリーとして振舞わなければ。
「いいえ違います。ご挨拶遅れました。私はシェリーと申します。ただのしがない看護婦です」
「やっぱりシュネルだ! シュネル、屋敷に帰ろう!! こんな所にいたら……汚い男達に穢されてしまう。それは絶対に許せない!!」
そう言うとソアリス様は息を荒くしながら私の右腕を捕まえて引っ張りだす。痛い、そこまで引っ張らなくてもいいじゃない!
「違います! 人違いです! 貴族のご婦人が看護婦だなんてあり得ませんわ!」
「確かに汚い事をシュネルがする訳が、でも……シュネルならするかもしれない! 屋敷には医学の本があったのを知っている!」
(なんで知ってるの?!)
いや、誰か助けて。こんな所で新たな人生を終えたくない!
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