すべては、友人である彼のために
──コンコン、と扉が叩かれる音でエルの意識が引き戻される。ユリウスが「何だ」と短く返事をすると、扉の外から男性の声が聞こえてきた。金属同士が擦れる音が聞こえるため、おそらく兵士だろう。
「会議のお時間になりましたので、お迎えに上がりました」
フェリクスがやってきてからまだそんなに経っていないと思っていたが、時計を見ると針は会議の開始時間を示している。
交易やアウレア王国の知らない話を聞くことに夢中になってしまい、ここまであっという間だった。可能であればもう少し話を聞きたいところだが、交易の話は済んでおり、これ以上フェリクスがここに滞在する理由もない。
何より、どんな会議であれユリウスは必ずエルをつれていく。仕方ない、とエルが立ち上がると同時にユリウスも立ち上がり、彼はまだ座っているフェリクスを見た。
「フェリクス、慌ただしくなってすまない。話は先程のとおり進めて」
「もう少しエル王女と話がしたいのだけれど、いいかな?」
にこりとフェリクスが微笑んだ。その優しげな笑みとは対照的に、ユリウスが纏う空気が冷たく、重いものへと変わる。
「エルは俺と会議に出る」
「アウレア王国は友好国の王を一人にするのかい?」
「……フェリクス」
「ユリウスの気に障ることはしないよ。私はただ、エル王女と話がしたいだけだ」
外で待っている兵士も、ユリウスが姿を現さないため「王、どうされましたか」と声をかけてくる。それでも頑なに動こうとしないユリウスに、フェリクスが扉を指差した。その顔には、笑みを貼り付けたまま。
「ほら、呼ばれているよ。会議はユリウスがいれば事足りるはずだよね?」
「エルが傍にいなければ、俺の気が削がれる」
「おや、君が一人の女性にそこまで深く傾倒するなんて。ますます気になってしまった」
フェリクスは立ち上がり、ユリウスの腕を掴むと強引に引っ張って連れて行く。空いている手で扉を開くと、外で待っていた兵士に押しつけるようにしてユリウスを渡した。
「おい、フェリクス! 俺は許可していないぞ!」
「私とエル王女を二人きりにすることが気になるのなら、早く会議を終わらせてくるといい」
いってらっしゃい、とフェリクスは扉を閉めた。扉の外ではユリウスが怒鳴る声が聞こえるも、それは段々と小さくなっていったため、会議へと連れて行かれたのだろう。
(会議に出ている人達、大丈夫かしら)
八つ当たり気味に怒り散らすユリウスの姿が浮かぶ。
「ようやく静かになった。これで話ができるね」
戻ってきたフェリクスがソファーへ座り、両膝にそれぞれ肘を置いて指を絡ませた。エルも先程までユリウスが座っていた場所へ座り、彼と向き合う。
「いろいろと訊きたいのだけれど……まずは、二人の出会いから教えてもらってもいいかな?」
* * *
訊かれたとおり、これまでの出来事を話した。フェリクスは相槌を打ちながら黙って聞いていたが、時折肩を揺らして笑ったり、笑いすぎて涙を流していることもあった。
「はあ……いい話をありがとう。こんなに笑ったのは久しぶりだよ」
そう言いながら目尻の涙を拭うも、思い出したのかまたくつくつと笑い始める。
「あの男が、目も合わせられずに慌てふためく姿を想像すると……はははっ!」
「わたしも信じられませんでした。冷酷非道と呼ばれている王なのかと、疑ってしまうほどで」
「ああ、あの噂か。自分の役に立たない者や、失敗した者を切り捨てるっていう」
「アウレア王国は死と隣り合わせの国とも聞いていますが……」
「エル王女は、自分の目で街は見たのかな? 見ているのであれば、どう思った?」
服や靴、最近では髪留めを買いに行ったときのことを思い出す。
街はクラルス王国にはない活気があり、誰もが活き活きとしていた。自分の仕事に誇りを持っていることが伝わってくるほどに。
そして、民達からユリウスへ向けられるあの目。──畏敬の念を抱いていた。これもまた、クラルス王国にはないものだ。
「……聞いていた話とは違う印象を受けました」
冷酷非道とは。死と隣り合わせの国とは。
エル以外の前では冷たく重い空気を纏うも、国自体は明るく、活気がある。死と隣り合わせの国とは、遠くかけ離れているほど。
「民がいなければ国は成り立たず、国もまた民がいなければ維持できない。だからこそ、なんでもいい、できることをしろと彼は命じているんだ。ひいてはアウレア王国のためになると」
「それで、あの活気が……?」
「まさか。きちんと評価され、報酬があるからこそ民達は頑張れるんだ」
自分のしていることが国のためになり、かつ、しっかりと評価された上に報酬があれば、民は嬉しいだろう。街に、国に活気がある理由がわかった気がした。
(あの大量の報告書も、そういうことだったのね)
民は国のために。国は民のために。
アウレア王国は、そうやってあるのだ。
「……どうして、あのような噂が広まったのでしょうか」
切り捨てる、というところから「死と隣り合わせの国」と言われるようになったのだろう。それは安易に想像できるが、そもそも役に立たない者、失敗した者を切り捨てるというのは、どこから。
「それは、歴代の王達のせいだね。弱者を切り捨てる人達だったらしいから、ユリウスが王になる以前は噂どおりのアウレア王国で、冷酷非道だったと思うよ」
「では、ユリウスは……歴代の王達が作り上げたアウレア王国を、変えた?」
弱者だからという理由で民を切り捨てることを見過ごせなかったのか。それとも、何か別の理由があるのか。
昔の名残で冷酷非道と呼ばれることに、何も思わないのだろうか。
(……アウレア王国のことも、ユリウスのことも。わたしは知らないことばかり。好きになるためには知らなければならないけれど、これ以上は)
聞くならば、ユリウスの口からがいい。
しかし、何故フェリクスはエルにこのような話をしてくれたのだろうか。じ、と見ていると、視線に気付いたのか、彼は困ったような笑みを浮かべた。
「私は、交易にのってくれたユリウスに感謝していてね。そんなユリウスが、出会いはどうあれエル王女に惚れているんだ。友人として、少しでも協力したいと思って」
「いえ、話して下さってありがとうございました。……もっと、知れば。わたしは、彼のことを好きになれるでしょうか。感情を、よくわかっていないのですが」
え、と声を出したあと、フェリクスは腕を組み首を傾げた。
「まあ、言われてみれば表情はわかりにくいけれど……ユリウスの話を聞いているときの君は、興味津々な顔をしていたよ」
「そう、ですか?」
「クラルス王国でどのように過ごしてきたのかは私にはわからないけれど、ここで自分らしさを取り戻せるといいね」
ユリウスのこともよろしくね、と笑うフェリクスに「はい」と返事をした瞬間、廊下をバタバタと走る音が聞こえてきた。二人が意識をそちらに向けると、ノックもなしに大きな音を立てて扉が開かれる。そこには、肩で息をしながらフェリクスを睨み付けるユリウスが立っていた。
無言で部屋に入ってくるとエルの傍へ立ち、頭の天辺から足の爪先まで何回も見る。異様な光景に言葉を失っていると、フェリクスが「ユリウス」と声をかけた。
「何もしていないよ。ただ、ユリウスの話をしていただけだ」
「俺の話?」
「そう、私も友人として協力したくてね。エル王女は、もっと話を聞きたいそうだよ。君自身の口から」
ねっ、とフェリクスから微笑まれ、エルは戸惑いながら小さく頷いた。
「余計なことは言っていないだろうな」
「そんなこと、君にはあるのかい?」
「ない」
「そうだよね、あるとしてもエル王女と目を合わせられないくらいだよね」
「なっ、なんで、それを」
今は二十秒くらいは合わせられると慌てるユリウスに、フェリクスは楽しそうに声を出して笑っていた。
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