初めてわかったエルの想い
今日はいろいろとあった一日だった。そんなことを思いながらベッドに入ると、先に入って本を読んでいたユリウスと目が合った。──顔を真っ赤に染め、すぐに逸らされてしまったが。
本当に、変わっていると思う。こうして同じベッドで眠ることはできるのに、目が合わせられない。エスコートすることはできるのに、目が合わせられない。今日のアルベルトの一件もそうだ。後ろから抱きしめてきたくせに、目は合わせられない。
目を合わせていなければ普通に話せるが、目を合わせると逸らされ、逸らしてほしいとも言われることがある。
そろそろ、目を合わせて話せるようになってほしい。エルはいまだ本を読み続けるユリウスの傍へ座った。
「ユリウス、お話があります」
「話? どうした?」
ユリウスは本を閉じ、ベッドの隅へ置いた。いつもなら、お互い真正面を向いて話すところだが、今日は違う。エルは身体の向きを変え、真っ直ぐにユリウスを見た。
「……エル、何故俺を見ているんだ」
「目を合わせてください」
「……っ、目!」
耳の奥がキンと響く。そこまで叫ばなければならないようなことを言っただろうか。
「どうして目を合わせてくれないのですか。目を逸らせとも言われますし」
「み、見られていると、思うだけで……胸が苦しくなる。心臓が暴走を始める。いい、今だってそうだ、心拍数が急激に上がって爆発してしまいそうだ!」
「慣れてください」
「そんな無茶を言わないでくれ!」
無茶という言葉に、もやっとした何かが胸の内に生まれる。
普段から無茶を言っているのは誰だと。目を合わせないでほしい、目を逸らしてほしいと言われ、そのたびに聞いてきた。そうしてきた。
なのに、エルが目を合わせてほしいと言えば「無茶を言わないでくれ」と言う。おかしな話だ。
エルはユリウスの顔を両手でがしりと掴み、強引に自身の方へと振り向かせた。案の定、顔を掴む手から逃れようと暴れ出す。
「────っ!」
「わたしの望みは、何でも叶えてくれるのでしょう?」
ピタリとユリウスはその動きを止めた。やはり、この言葉は効く。
暫しの間、沈黙が流れた。彼は何かを考えているようで、眉間に皺を寄せて目を瞑り、うんうん唸っている。
答えが出るまで待っていると、ようやくユリウスが口を開いた。
「……で、では、一秒ほど目を合わせるくらいから」
「短いですね、十秒から始めましょう」
「ぐ……わ、わかった、十秒だな。よし、いくぞ」
ユリウスの赤い瞳が、エルに向けられた。
一、二、三、と数えながら、二人は視線を交える。こんなにもユリウスを視線を交えることなど、今までなかった。
(何だか、変な感じがする)
自ら望んだことだと言うのに。
「十! はあ、しっ、心臓が、止まるかと……よくぞ耐えた、俺の心臓……!」
肩で息をしながら、ユリウスは胸元を押さえている。そんなにも大変なことだったのかと思いつつも、エル自身も言い表せない気持ちを抱いていた。
「……これ、毎日続けましょうか」
「まっ、毎日」
続けていれば、目を合わせることが普通になるかもしれない。
(それに、この気持ちの答えが出るかもしれない)
エルは胸元でそっと両手を握り締めた。
* * *
今日は浅葱色のワンピースを身に纏い、髪型はポニーテールというものにしてもらった。もちろん、アルベルトからもらったリボンで結んでいる。ユリウスは嫌そうな目で見ていたが。
そして、今はアルベルトと模擬戦を行っていた。辺りに響き渡るほどの打ち合う音に兵士達も集まり、二人の模擬戦を見守っている。
お互い木製の剣だが、当たれば良くて打撲、悪くて骨折。それでもアルベルトは容赦なくエルへ向けて剣を振り下ろしてくる。エルは避けることなく、自身が持つ剣の切っ先を当てるとそのまま刀身を滑らせ、一気に距離を詰めた。
逃げることは許さないとアルベルトの足を踏みつけ、刀身を彼の首元へ当てる。
「ああ、もう! まいった!」
「では、これで三戦三勝ですね」
「嘘でしょ、これでも俺結構強いんだよ?」
アルベルトの自惚れではなく、本当に彼は強い。俊敏な動き、早い判断、的確に急所を狙ってくる。体術にも長けているようで、うまく組み合わせて攻撃を仕掛けてきた。
「ふん、情けないな。エルに赤子のようにいなされていたではないか」
「うるさいな。本当に強いんだって。兄様より強いかもよ。手合わせしてみれば?」
「強い方を相手に三戦したばかりなので、さすがに……」
「兄様、聞いた? 俺、強いって!」
じゃあこれで今日は終わり、とアルベルトが手を叩き、兵士達はそれぞれ持ち場に戻っていった。
模擬戦だったが、こうして剣を持ち動くのは久しぶりだ。中々の強さだったが勘も鈍っておらず、身体も動いたために勝つこともできた。しばらく何もしていなかったとはいえ、上々の結果だ。
身体を動かすのは嫌だとは思わない。武芸を叩き込まれていたあの日々は思い出したくないが。
(でも、もう戦ったり、奪ったりすることは……)
持っていた木製の剣を見ていると「エル」と名を呼ばれた。振り向くとユリウスと目が合い、彼はいつも通り顔を真っ赤に染めすぐに逸らそうする。が、ハッと何かを思い出したかのように視線をエルに戻した。
「何でしょうか?」
ユリウスから返事はない。しばらくこの状態が続き、ぷはあ、と何かを息を吐き出すのと同時に彼は顔を逸らした。
(……十秒、見てくれていたのね)
律儀だと思っていると、ユリウスが話し始めた。
「何かを憂うような顔をしていた」
「……え?」
あの日──エルが、レオンハルトに薬を盛られた日のことが鮮明に蘇る。ユリウスの言葉は、そのときに言われた言葉と同じだった。
震える手で顔に触れる。あのときと同様、口角、眉、目と触れていると、ユリウスによって引き剥がされた。
「エル、どうしたんだ」
「兄上にも、同じことを言われました。何かを憂うような暗い表情をしていると」
「……そうか。今、まさしくそのような顔をしていた。そのとき、何を思っていた」
「戦うのは、嫌だなと……あ、嫌だったのですね、わたし」
口にして、初めてわかった。
レオンハルトに言われたときは理解できていなかったが、戦うのは嫌だという思いからあのような表情をしていたのだ。
「それは、いつからだ?」
「わかりません。ですが、最初は……そのようなこと、思っていなかったはずです」
そう、寧ろ自ら望んで戦場を駆け抜けていた。戦場の象徴という役割を与えられ、初めて両親から目を向けられたことが嬉しくて、望まれたように生きようと必死だった。
「感情の制御も、うまくできていると思っていました。でも……どれだけ戦って奪っても、クラルスの状況は悪くなるばかり。なのに、王族だけは何も変わらなくて」
見栄を張るためだけに散財を続ける両親。それを止めない兄。生活が苦しくなっていく民。
それらを見ているうちに、戦い、奪うことの意義がわからなくなった。クラルスのためとは、何なのだろうかと。
されど、家族との繋がりを感じていたくて命令を聞き、戦い、奪い続け──。
「これはいつ終わるのだろうと、思うようになりました」
「そうか。では、終わらせよう。戦うことも、奪うことも必要ない世界へと変えてみせよう」
「……は? 兄様? それ、本気で言ってる?」
ユリウスは赤い瞳を細め、口角を上げる。
「当たり前だ。エルがそう望むのなら、俺はその望みを叶えるだけだ」
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