ミラとの稽古
ミラとの特訓は、あまりにも一方的だ。
そもそもドラゴン体でなく人間の体だとしても、ミラは魔法も一級品で身体能力も高い。
仮に俺の剣が彼女の肌に触れても、それは一切傷付けることなく固い壁を殴ったかのように弾かれてしまう。
『さあ、この威圧感を越えてみせよ』
「……………」
何が起きても対処出来るように……俺なりにやれるように特訓してほしいとミラに言った。
そして今、彼女はドラゴンの姿で俺を見下ろしている。
あまりにも圧倒的で、あまりにも威圧的な彼女……体が恐怖で震えあがるような感覚を俺は抱いていた。
「っ……」
彼女は絶対に俺を傷付けることはしない……そもそも俺の体に傷が出来るようなこともしないだろう。
それでも……怖い。
純粋なまでの恐怖を直視した結果、俺は一歩も動けなくなっている。
蛇に睨まれたカエルとはこのことか……気を抜けば、間違いなく情けなく泣いてしまうだろう。
「……俺は……俺は負けねえ!」
だからこそ、心を奮い立たせるんだ。
この世界で間違いなく最強とされるドラゴン、その中でも更に最強の座に座るミラの恐怖を吹き飛ばせ……俺は、この恐怖を越えるんだ!
「うおおおおおおおおおっ!!」
剣を構え、岩のように重たかった足を持ち上げた。
一度でもそうすれば、まるで背中に羽が生えたかのように軽くなり走り出す……彼女のどんな鉱石よりも固い白銀の鱗に目掛け、剣を振り下ろすのだった。
「合格だ」
「っ!?」
だが、次の瞬間には目の前に彼女が立っていた。
瞬間的に人化したことで、ドラゴンの巨体は消え去り代わりに現れるのはもちろん人間のミラだ。
彼女の肌を傷付けることは出来ないと分かっていても、流石に突然すぎたので体勢が崩れた。
「むがっ!?」
足を滑らせ、そのままミラの胸元へ顔が突っ込んだ。
下手なクッションよりも柔らかな弾力を顔面で受け、そんな俺をミラがしっかりと受け止めてくれた。
「あなたは本当に胸が好きだな」
「す、好きでこうなったんじゃないぞ!?」
「くくっ、分かっている。変化を起こしたエリシアみたいに、胸から出る物はまだないが好きにしたいなら好きにしていいぞ」
……気のせいかもしれないけど、ミラもちょっと性欲が凄いことになってない……?
それを言うとニヤリと笑って試してみるかって言われそうなので、これ以上は何も言わないでおこう。
「ドラゴンの……それも私の威圧を耐え抜いたのは大したものだ。その後に攻撃へ転じたのも悪くない。誰でも出来ることではないし、そもそも足を動かせた時点で凄いことだ」
「そうなのか……?」
「私は手を抜いていない……つまり、私の威圧を受けて気を失っていた可能性もあったんだ。それなのにあなたはこうして立っている……どうやら私と一緒に居るだけでも、あなたの心は強くなっているようだ」
なるほど……確かに見た目は超絶美人なお姉さんだし、ドラゴン体に関しても怖くはない。
それでもドラゴンであるミラの傍に居るだけで、俺も心が強くなっているということか……あれ、でもそうなると俺だけじゃなくてギルドメンバーたちもそうなんじゃないのか?
「一緒に居るとそうなるならギルドメンバーは?」
「ほう、その言い方はあなたと彼らの扱いや距離の近さが同じだと言いたいのか?」
「あ……いやその……」
「くくっ、冗談だ。あなたと……今はエリシアだけだな」
師匠もなんだ……。
まあでも、師匠も今以上にミラを受け入れられるのは俺としても嬉しいことだ。
その後は人間体のミラに稽古を付けてもらった。
彼女の魔力で生み出した白銀の剣なのだが、聞けばこの世界に現存するどの剣よりも固く切れ味があるのだとか……魔力だけでそれって、どれだけ俺のお嫁さんは規格外なんだろう。
「よしっ、ここまでにしよう」
「はぁ……はぁ……ふぅ!」
以前に師匠と戦った時以上に疲れた。
肩で息をするだけでなく、全身汗だくで今にも倒れそうな俺をミラが抱きしめた。
「汗臭いぞ?」
「愛する夫の汗は大好物だ。全身舐め回してやりたいくらいだが?」
「……………」
「くくっ、ちょっと良いなと思ったな? 安心しろ、また今度エリシアも一緒に居る時してやる」
……楽しみにしておこうっと。
「うん?」
「どうした……あ」
ミラが目を向けたのは俺が使っていた剣だ。
一応鍛冶屋に赴いたりしてメンテナンスは怠ってなかったが、どうもミラの剣とぶつかり合えばそのメンテナンスも意味はないらしい。
刀身はボロボロになってしまい、今にも砕け散りそうだ。
「これは……流石にもうちょい良い剣を買うか」
「……………」
「ミラ?」
何かを考え込むミラは、まさかのこんな提案を俺にした。
「ミナト、私の鱗を使って剣を作ればいい。強度も切れ味も、先ほど私が魔力で練り上げた剣と同等以上の物が出来るはずだ」
「……えっと、良いのか?」
「あぁ」
ミラは腕をドラゴンの物に変化させ、鱗を開いた手で剥がす。
「大丈夫……?」
「大丈夫だ。少し痒いくらいだな」
そうして何枚もの鱗が重ねられ、満足したようにミラが頷く。
「これだけあればかなり良い剣が出来るだろう。もしかしたら、この世界に現存するどんな剣よりも良い物が出来るかもしれんな?」
絶対に出来ると思うだけど……でもこれを鍛冶屋に持っていく前に、師匠に少し相談しないと。
(後……お返しに何かミラにプレゼントを買わないとな)
ここまでされて何も返さないわけにはいかない。
きっとミラは何かをプレゼントされるとも思っちゃいないだろうし、後で彼女の驚く顔が楽しみだ。
だが、当然この時の俺は予期していなかった。
ミラの鱗で作られる剣は正しく伝説の業物となり、それが原因で大きな事件が引き起こされることを……。
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