ハーレムを夢見たのは過去の話

 異世界ってハーレムが普通なのだろうか。

 なんてことを転生した時は思ったことがある……だって好んで読んでいた作品の中では、基本的に異世界ファンタジーの小説だとハーレムは通過儀礼のようなものだったから。


『俺も……ハーレムとかやれんのかって話!』


 出来ないからこそ人は夢を見る……だからこそそれは夢と言う。

 まあそんな戯言は置いておくとして、俺が転生したこの世界でも一夫多妻というのは珍しくもないらしいが、それでも女と女の確執というのは根が深く、喧嘩は絶えない家庭が多いとも聞いていた。


『まあ……夢を見るだけならタダだしな』


 故に、俺はハーレムを若干夢に見る程度だった。

 まあ家から出るにあたって一気にハードモードへ突入し、師匠に引き取られたとは言っても感謝の念があまりにも強く、師匠のような立派な大人になりたいと思ってそれどころではなかった。

 それなのに……俺は――。


「しかし不思議ですね。ただ体を擦り付けるだけの行為だというのに、あんなにも乱れてしまうなんて」

「私も最初は驚いたものだ。しかしエリシアよ……お前、昨晩のことで一気に吹っ切れたな?」

「エルフは本来性欲旺盛でもあるらしいですし、今まで抑圧されていたものがミナトとの行為をきっかけに出て来てしまったのかもしれませんね」

「そんなものか……お、ピクッとしたか?」

「はい、胸の間で動いてますね」


 目が覚めたら大変なことになっていた。

 意識が覚醒した時にこれは何だと慌てることもなく、言葉も発さなかった俺を誰か褒めてほしい。

 それくらいに俺は今、これはどんな状況だと困惑している。


(寝たフリが止められない……っ)


 だって恥ずかしくてとてもじゃないが起きれんだろう!?

 いや……冷静になって考えたら恥ずかしいなんてもんじゃないし、とにかく何が起きてるのか本当に分からん勘弁してくれ!


「ミナト、起きているのだろう?」

「ミナト、分かっていますよ?」


 グッと、圧力が増した気がした……精神的にも、物理的にも。



 ▼▽



「さてみなさん、今日もおはようございます。各々、依頼などをするにあたってくれぐれも気を付けてくださいね。何かあればすぐに報告を、私たちは皆、互いに助け合う家族なのですから」


 ギルドメンバーのみんなが活動に入る前、学校で言う朝礼のような光景が広がっていた。


「今日のマスターいつも以上に綺麗じゃね?」

「……それもそうだけど、なんかやる気に満ち溢れてるような?」

「マスター、今日も美しくて素敵です」

「私もマスターのような美人になりたい!」

「あの肌の艶……やはりエルフだからなのかしら?」

「確か良いクリームがあるって言ってなかった?」

「じゃあ後で聞いてみましょう!」


 このように、師匠の小さな変化にメンバーたちは気付いていた。

 それを離れた所から見つめている俺は、いつもと同じようにミラに背後から抱きしめられている。


「……ふぅ」

「疲れが取れてないか? 朝から気持ちの良い目覚めだったはずだが」

「……そりゃそうだけど、でもあれは別の意味で疲れるだろ」

「くくっ」


 クスクスと笑うミラは、隣に座って腕を組んでくる。

 心底楽しそうな様子で師匠を見つめながら、彼女はこう言葉を続けるのだった。


「だが、正直なことを言えばあそこまでエリシアが変わったのは本当に驚いた。エルフとは他の種族に対して排他的であると同時に、一度でも相手を愛せば体からも圧倒的なまでの包容力を醸し出すようになる」

「言ってたな」


 これは、昨晩に聞いた話だった。

 それはエルフの特徴であり、生きる時間が長いからこそ相手をどこまでも愛する重たい症状だとも……ただ、その片鱗は俺を息子のように考えていた昔から出ていたらしく、今回のことでそれが完全に目覚めたらしく師匠に変化が起きた。


「子が出来てないのにあれとはな……私もあなたも、顎が外れんじゃないかってくらいに驚いていたな」

「そりゃビックリするだろ……」


 詳しいことは恥ずかしくて言えないけど……とにかく、師匠は色んな意味で危ない……師匠自身も言ってたけど、大人さえも赤ん坊に変えてしまうくらいの包容力だった。


『もう交流はないですけれど、同じエルフでオーガを愛した者が居たんですが、彼女は数日だけで勇ましいオーガと赤ちゃんプレイをするくらいには変貌していました。無論それはプライベートなど二人っきりの時だけでしたけど、あのオーガがばぶぅと言っていたこと……今なら理解出来ますね。ねえミナト、気が向いたら私とそういうことも――』


 いやね……あれはちょっと怖かった。

 師匠からすれば愛情が爆発した結果という、愛される側からすれば嬉しいことなんだろうけど……あの包容力を受け続けたら絶対赤ちゃんにされてしまう自信がある……自分でも何を言ってるか分からねえけど、とにかくアレはヤバい。


「まあ、私が傍に居るんだ。正妻である私が何をするにも一番、あのようなことはさせん」

「助かる」

「可愛いかもしれんが、流石に夫が赤ちゃんプレイにハマるのは見たくないのでな」


 俺だってハマりたくないよ。

 とはいえ雰囲気だけでも強制的に幼児退行させられそうなあれは一種の恐怖なので、とにかくちょっとだけ体を動かして忘れようじゃないか。


「ミラ、今日は一日特訓を付けてくれ」

「ほう……一日とな?」

「あぁ――守るべき存在が増えた。ミラはドラゴンで師匠はエルフ……俺はただの人間だからと悲観するわけじゃないが、それでも強くなりたいと思う」

「あなたは十分に頑張ってると思うが――」

「俺にとってミラは大きな存在だ……でも、君からも大きい存在だと思われるくらいに頑張りたいから」


 やれることは全部やる……その上で俺はもっと強くなる。

 ポーッと顔を赤くするミラの手を引き、すぐにあの湖の場所まで俺たちは走るのだった。




「私の夫がドチャクソかっこいい件について」

「何言ってんの?」

「独り言だ」

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