転生者だからこそ

 この世界には、多くの魔法が存在している。

 攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、生活魔法……とにかく、流石異世界ということで魔法はもはや切っても切り離せない存在だ。

 まあ俺には魔法の才能は一切ないので気にすることもないが、それでも何かしらの魔法を覚えられたらそれはそれで助かる。


「……これは――」


 そして今、俺はそれを身を持って体験していた。

 ミラと出掛けた日の夜、色々あって俺は疲れていた……表情や雰囲気の全てで満足した様子のミラに抱きしめられ、彼女の胸に顔を埋めるようにして眠った俺は夢を見ていた。


「なんだこれ……」


 それは、戦乱の匂いを感じさせる夢だ。

 俺たちの住んでいる場所……大事な王都という故郷が、硝煙の香りに包まれていた。

 活気だった城下は火の海に包まれ、多くの人々が死んでいる。

 ……そしてその光景は王城へと切り替わり、そこでは王族たちを守るようにギルドの面々も居た。


「俺が……居ない?」


 もちろん全員ではないが、俺は居なかった。

 師匠やジャックさん、サリアさんに……あ、俺を穴に落としたあの連中の姿もある。


「これは夢……?」


 不思議な感覚……夢のようで夢ではないような。

 とにもかくにもこの不思議な感覚が俺に先ほど、新たな魔法を覚えられたら助かるという言葉に繋がる。

 俺は直感で、これが魔法に近いものだと気付けた。

 この夢か幻か、はたまた別の何かは魔法のようなものが作用して俺に見せている光景。


「抵抗しなければ民たちに犠牲が出ることもなかったのに、本当にあなた方は愚かだ。


 漆黒のローブを着た男がそう言い、外には大量のワイバーンが居る。

 そのワイバーンは俺がミラと一緒に空を飛んでいる際に見かけたものと酷似しており、レクト国を示す紋様が刻まれた鎖を身に付けている。


「……王国がレクトに侵略された記録はない……だからこれは、絶対にあり得ない光景であるのは間違いない。だとしても、どうしてこの場を守るはずの俺とミラが居ないんだ?」


 そこだけが解せなかった。

 どんな状況だろうとこの場所が……師匠やギルドのみんなに危険が迫るのであれば、俺が何もしないわけがない……それこそミラと一緒にこの状況を打破するため戦うはずだ。


「……まさか――」


 そこで俺が考えたこと――もしかしてこの光景は、俺が存在しない世界線の話ではないかとそう考えたのである。

 俺は転生者だ……俺という存在が居ないのであれば、ミラとの出会いもない……ということは、ミラがギルドのみんなを助ける理由がない……そもそも知らないのだから。


「俺が居ないことで……ミラというドラゴンの脅威がないことで、こうして侵略を受けるのかな……」


 師匠をパーティから連れ出す際に、ドラゴンの存在は他国にも完全に知れ渡っている……ドラゴンの力が如何に魅力的だとしても、手に入れようと動いて従えられるかは別の話であり、むしろ反撃を恐れて何もしないというのが賢い選択だ。


「……レクト国か……まあ、ハッキリとはしてないけど」


 この世界が真に俺の居ない世界として、並行世界のようなものだとしたら……この先の光景はどうなるんだろう。

 俺はそれが見たくないと言わんばかりに目を伏せ……そして意識は現実へと戻るのだった。



 ▼▽



「……?」


 目が覚めてすぐ、顔面を包み込むのは凄まじいまでの弾力だった。

 柔らかく良い香りのするそれが何であるか分からないわけがない……むしろ、今の俺がそれに気付けないなんてあってはならないだろう。

 昨晩、この体勢でミラと共に寝た……だからこれがミラの胸であると確信したのだが、どうもそれは違ったらしい。


「起きましたか?」

「……え?」


 頭の上から聞こえた声はミラではなく、師匠のものだった。

 あれっと首を傾げようとした時、ミラよりも若干……本当に若干大きさが違うことに気付く。


「師匠……?」

「はい、私ですよミナト」


 ……え? なんで?

 軽くパニックになった俺だが、師匠が教えてくれた。


「ミラさんが少し離れるということでしたので、それであなたの面倒を見ていてほしいと言われました」

「ミラが……?」

「心配は要りませんよ。ベルナさんと共に、奈落で修行らしいです」

「……あ~」


 そういえば、昨晩寝る前にそんな話があったような気がする。

 傍にミラが居ない……そのことに寂しさはあれど、ちゃんと彼女と繋がっていることは分かるので不安はなかった。


「それって修行という名の教育じゃ……」

「そうとも言いますね。ミラさんに首根っこを掴まれていたベルナさんにギルドの皆が敬礼をしていました」

「何それ凄く見たかった……」


 めっちゃ気になるんだけど。

 でも……この様子だと普段起きるよりも大分遅いのかな?


「ミナトは大分ぐっすりでしたね……ふふっ、それでも私からすれば素晴らしい時間でしたけれど」

「し、師匠……?」

「なんですか?」


 な、なんだか師匠の言葉やら雰囲気が湿度を感じさせるというか……ちょっと半端ない色気がある気がしてドキドキしてしまう。


「まだ寝ますか?」

「起きます!」


 サッと、師匠の胸から抜け出して俺は立ち上がった。

 それから着替えようとするが、師匠は頬を赤くして俺を見つめておりなんで出て行かないんだろうと首を傾げる。


(何か……おかしくね?)


 何かがおかしい……それに気付いたのはそれからしばらくした後、ミラが帰ってきてからだ。

 師匠と同じようにベルナも顔を赤くしていたが、一旦ミラがそれについて説明してくれるとのことだ。


「どうやら私たちが想いだけでなく、体の繋がりも持ったことで更に大きな変化が起こったようだな」

「変化?」

「あぁ……だがこれは、明らかに普通じゃない……まるでミナトだからこそのような気もする。不思議な気配……まるでこの世界とは隔絶された何かを感じさせるミナトだからこその変化だ」

「っ!」


 それは……俺がこの世界ではなく、前世というものの記憶を持っていることが……?


「まあ悪いものではない――ミナトと私との間で何か共鳴を起こし、人ではない存在に対し微弱ながら不思議な魅力を撒き散らしている。とは言っても元々ミナトに対して悪くない感情を抱く者限定のようだが」

「つまり……?」

「エルフのエリシアと、ドラゴンのベルナ……あの二人の中で、今まで以上にあなたへの気持ちが強くなったということだ。特にエリシアは凄まじいことになってるかもしれん」

「……………」


 正直全然受け止めることは出来なかったが……とにかく!

 もう少しミラと詳しい話をしないと……っ!!

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