越える時
「……………」
「すまないな。だがこれくらいはしても良いと思ったんだ」
ペロッと、舌を出してミラはそう言った。
俺たちは夫婦になった……でもよくよく考えたら、こんな風に粘膜を合わせると言ったらアレだが……そういう愛し合う者たちのやり取りはしていない。
「……ミラは、やっぱそういうことがしたいんだ?」
「そりゃしてみたいと思う……まあ、私自身初めてなんだが……この体で居ると、どうもあなたを求めて仕方なくなる。ドラゴン体の疼きとも違う不思議な感覚だ」
「不思議な感覚?」
こういう時……正確には、キスの余韻とも言うべきか。
俺もミラもお互いに興奮しているからこそ、若干思考がおかしくなってしまっている時に聞き返してはならないことを思い知る。
「体が熱くなるだけではなく、あなたが欲しいと内側が叫ぶ……ここが特に疼くんだ」
「っ……」
下っ腹部分を悩まし気に触るミラは、ジッと俺を見つめてくる。
彼女の若干潤んだ瞳はやはり今までにあまり見たことがないもので、けれども挑戦的な……そして意味を分かっている目もしていた。
(こ……これは……っ)
またあの感覚だ……目の前の彼女を、ミラがどうしても欲しくなってしまう感覚。
「私が欲しいのか?」
「……………」
「もしかしたら、ドラゴンの変化は相手にも同様の物を与えるのかもしれんな」
「え?」
そこからミラは話してくれた。
俺とミラが出会ったあの瞬間……あそこでミラは俺との運命を感じ、俺を求めるように体が変化に向かったと言っていたが、それは神秘の存在であるドラゴンに見初められた俺も同様らしい。
「これに関しては私もまさかという感覚だが……私があなたを欲しいと願うように、あなたもまた私のことが欲しくなっている」
「……あぁ」
「ふふっ、だが悪い物ではないだろう? お互いに相手のことが欲しくてたまらなくなるのは良き夫婦として悪くない傾向だ」
「それは……まあ、そうなのかもな」
とはいえ、この変化はおそらく近道しただけに過ぎない。
本来であればもう少しだけ時間が掛かってしまうところを、体の適応という形で本来より早く……。
この変化がそうなんだと思った瞬間、それなら良いかと思える。
ミラの肩に手を置いた俺だが、そんな俺を止めたのもミラだった。
「それでも私はあなたのペースに合わせるつもりだ……でも、もっと深い繋がりが欲しいのは確かだ。それならせめて、今日は深いキスくらいはしても良いだろうか?」
「俺も……してみたいかも」
互いの意思が合致し、俺たちはまたキスを交わした。
ただのキスではない深いキス……舌と舌を絡ませ合い、お互いがお互いをもっともっとと求めるキス。
(……気持ち良い)
経験がないからこその新鮮な感覚だった。
だが、こうしてキスをしていると段々と熱が冷めていく……これもおそらく適応によって求める想いが強くなった分、今のところはこうして行為に近いことをすれば元に戻るというわけだ。
「……………」
「……お互いに顔が赤いな」
キスを終えた後、俺たちはまだのんびりとしていた。
木陰から眺める空は快晴で雲一つなく、憎たらしいほどに眩しい太陽が僅かに俺たちを見下ろしている。
「なあミラ」
「うん?」
「……ミラとのキス、凄く気持ち良かった」
「あ、あぁ……」
「ミラのことが欲しい……そんな気持ちが無くなったってわけじゃないけれど、こうして落ち着いたのは少し寂しいかもしれない」
「……ふふっ、そう言ってくれるのなら嬉しいな。だが敢えて言うならばこれは決して考え方を無理やり変化させるものじゃないし、私としてもそうはさせたくない……純粋な気持ちであなたを愛しているのと同じで、あなたにもそのように愛してもらいたい」
……ニコッと微笑んだその表情に、愛おしい気持ちが溢れる。
その気持ちを形にするようにミラのことを思いっきり抱き寄せ、とにかく強く……強く抱きしめる。
「ごめんミラ……今、凄く君のことが愛おしくてたまらない」
「ミナト……」
結局のところ、たとえ出会いが唐突でも愛が芽生え育つ時間は関係ないってことかもしれない。
そもそも、あれから俺たちはずっと一緒だった。
寝る時はもちろん、風呂だってほぼ一緒、日常の中でミラが俺の視界から消えることは本当にない……それほどに一緒だったんだ。
「……無理をするな、そう言いたいのにすまない……私もあなたが愛おしくてたまらない」
その言葉に、また唇を重ねた。
というかずっとミラからそういう視線を向けられていたのに、まだ早いからと……ミラが気にするなと言ってそれに甘えていた俺は、男として情けないとは思わないが……待たせていたのは違いない。
「ミラ……」
「ミナト……」
そうして、甘い蜜のような時間を俺たちは過ごした。
▼▽
私は、ドラゴンとして過ごすことに何も見出していなかった。
ドラゴンとして生物の頂点に立つだけではなく、この世界そのものの頂点であるということは……私にとってどうでも良い肩書だ。
そんな私が、たった一人の人間に変えられた……強大な力を持っているわけでもなく、ただ気に入っただけだったというのに……それがこうも彼を求めることになるとはな。
『ミナトよ』
「うん?」
空を飛ぶ中、背中に乗るミナトへ声を掛ける。
『私を受け入れてくれてありがとう』
それは、さっきからずっと言い続けているお礼の言葉だ。
『ドラゴンとして敵を狩り続けるの生……それのなんと虚無なことか。先ほどのあなたとの時間……心の奥底から湧き出る温かな温もりと、心地の良い快楽……ふふっ、全てが新鮮で素晴らしい物だった』
「……凄かったよな色々と」
『ちなみに、腰が引けるほどの感覚と共に出てきたアレはなんだ?』
「さ、さあ……?」
ふむ……恥ずかしそうにしているということは知ってるな。
まあこのことに関しては夜にベッドで語り尽くすとして、とにかくアレを経験してしまってはドラゴンの生などどうでもよくなる……そして何より、この番を守り続けて愛を貫くことが大事だと思える。
『これからもどうか、よろしく頼む』
「こちらこそだ」
ふふっ……あぁ本当に、この運命はとても素晴らしい。
故にもしもこれを邪魔しようとする者が現れたのならば、その時は存在そのものを消滅させてやる。
私はそう強く誓うのだった。
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