氷の美女

「……平和だねぇ」


 何もない平穏……変わらない平和というのは最高の瞬間だ。

 もちろんこういう世界だからこそ何かしらの変化は欲しいが、それでもこうして穏やかに過ごせることこそが一番なんだ。


「……ふぅ」

「さっきからずっと息を強く吸っては吐いてを繰り返しているな?」


 それは……だって仕方ないだろう!?


「ミラ、俺と君の現状を的確に説明してみてくれ」


 そう言うとミラは分かったと頷いた。


「今、私とあなたはギルドホームでのんびりしている。場所としてはサリアたち受付嬢が見える場所で玄関のようなところだ。今日の依頼は終わったので、こうしてあなたを膝枕しながら人々の動きを見ている」

「ありがとうミラ……ありがとう」

「うん?」


 あぁ……これは聞くだけダメだ。


(み~んな見てくるんだもんなぁ)


 ミラが言ったようにここはギルドホームの玄関だ。

 ここには所属する冒険者もそうだし、依頼を持ってくる人たちも大勢居るわけで……そんなところでミラのような美女に膝枕をされていたら多くの視線を集めるに決まっている。


「よおミナト、それからミラさんも見せ付けてくれるじゃねえか!」

「くくっ、お前もミナトのように良い女を見つけることだな」

「やっほ~ミナト! それからミラさんも! 今日もラブラブだね!」

「ふっ、私たちだぞ? ラブラブでない日などあるものか」

「ミラさんミラさん……もし良かったら今度子供が産まれますので、ドラゴンの加護と言いますか……お祈りをもらえますか?」

「ほう? そんな加護はないのだが、まあ私の言葉が魔除けにでもなるのなら喜んで」


 ちなみに、ミラがドラゴンであることを知っている人とそうでない人とのやり取りだが……もう完全にミラはギルドのみんなと打ち解けている。

 正確にはミラだけではなく、傍に俺が居ること……つまり夫婦である俺たちがだ。


「邪気の無い純粋なやり取りは悪くない……まるで、今までずっと研いでいた牙が丸くなるようだ」

「それって弱くなるってこと?」

「甘くはなるだろうが、少なくとも弱くはならん。相手が何者であれ小指でやれるからな」

「……ほんと、強いなミラは」

「まあな」


 あぁそうそう。

 ドラゴンについてもミラから聞く機会があって、ミラたちドラゴンにはそれぞれ異なる得意な属性があるようだ。

 ただそれは得意なものがあるだけで苦手なものはなく、とにかくドラゴンが最強ということだけは共通らしい。


「以前にミラが話してくれただろ? ほら、師匠と一緒に水浴びをした時のこと」

「あったな」

「ドラゴンはそれぞれ別の力を使う……実は結構気になっててさ。師匠のように氷を扱うドラゴンや、炎を操るドラゴンに雷を操るドラゴンとか居るみたいだけど、ミラはどんな能力なんだ?」


 以前は話の途中で、なんかこう……鼻っ柱が熱くなったと思ったら気を失ってたらしくて聞いていないんだ。


「私には特定の属性はないんだ。強いて言えば気分でどんな技を使うかは決めている」

「ふ~ん」

「まあ、全属性扱えると思えば良い」

「……やっぱすっげえんだな」


 それからも話を聞くと、他のドラゴンが極めたレベルの全属性を扱えるとか……このお嫁さん本当に凄すぎる。

 そうしてミラと楽しくお喋りをしていると、とある集団が近付いてきたので視線を向けようと思ったら、見る必要はないとミラがグッと俺の頭を自分のお腹へ当てるように引き寄せた。


「あなたはそうしていると良い」

「ミラ?」

「この者たちは私に用があるようだ」

「え?」


 それは……。


「さっさと撃退してあなたとの時間を再開しよう。それまでジッと、暗いかもしれないが目に刻んでおけ。そこはいずれ、あなたを受け入れ子が出来る場所なのだからな」

「っ!?」


 な、なんて言い方をするんだよ!

 俺は一瞬にして顔を赤くしたと思うけれど、幸いにこの姿勢のおかげで誰かに見られることもない。


「さて、それで何の用だ?」


 ピリピリとした空気に変わったかと思いきや、ミラが先に口を開いた。

 すると、彼女に答えた声は聞き覚えの無いものだった。


「俺たち、今日ここに来たばかりなんだ。本当なら最近何かと話題のエルフ様に会いたかったんだがアンタでも良い――この街の案内を頼んでやるからこっちに来い」

「ほう……?」


 なんだこいつら。

 もしもこの集団をジッと見ていたら、間違いなくそんな顔をしていたに違いない。


「あなたたち、いきなり何を――」

「サリア、ここは私に任せろ。あぁそうだ、しつこいようだったら丁寧に退場願うが良いが?」

「え? あぁそれは全然構いません!」


 えっと……ミラさん?

 どことなく嫌な予感がしてきたが、ここは一旦ミラに任せることに。


「お前たち、見た目からするに冒険者か……別の街から来たようだが、生憎とそのような時間は私にない。今は夫の相手をしているのでな」

「夫だと……? そんな――」

「そんな、なんだその後に続く言葉は?」


 ズンと、空気が一気に重くなった。

 建物がミシミシと悲鳴を上げているような気がする……でも、こういう時に師匠が居なくて良かったと思う。

 こんな奴らには師匠に会ってほしくない……まあ、ミラに対して上から目線の言葉にも少しカチンと来たが。


「言えんのか? まあ口に出来んように圧を強くしているんだが……用があるのであれば大人しく受付へ行け。お前たちのような者の言うことを聞くつもりはないし、会話さえもする気はない。これ以上こちらにちょっかいを出すのであれば分かっているな?」

「っ……ふざけんなよ女の癖に!」

「女の癖にか……典型的な三下の台詞だな。私の愛した男は、そのようなことを口にはせず、いつも私が嬉しくなる言葉をくれる。その点でも……あぁいやすまない。お前たちのようなゴミと、私の夫を比べるなどあってはならなかった」


 トントンと肩を叩いてきたかと思えば、頭を撫でてくるミラ。

 というか俺、まだこの声を掛けてきた連中の顔すら見てないんだけどたぶん五人くらい居るよな?


「人が下手に出てりゃあいい気になりやがって!」

「何を言っている。お前たちが勝手に私を恐れ、先ほどまでの勢いを無くしているだけだろう? それとももう少し強く忠告してやろうか?」

「な、何を……」

「死なんと分からんか?」


 もちろん、そんなミラの言葉に返事はなく……その冒険者たちはバタバタと走り去っていった。

 同業者が減ったとか、仕事が減ったとか。

 そんなことで文句を言われるようなこともなく、この場に居たみんなが歓声を上げた。


「ミナト、顔を上げて……いや」

「ミラ?」


 あれ……なんか急激に寒くなったか?

 それは俺の気のせいかと思ったが、次に顔を上げた時――俺は自分の目を疑った。


「……え?」


 顔を上げた俺が見たモノ……それは全てが凍った世界だった。

 なんだこれ……そう思っていた俺の鼓膜を震わせるのは涼し気な声。


「こんな小さな建物に居るなんて……お姉さまは随分と小さくなられたのですねぇ」

「……すまんミナト。面倒なのが来てしまった」


 カツン、カツンと足音が聞こえてくる。

 氷の上を歩いて近付くその存在は、あまりにも異質で……そしてあまりにも綺麗な女性だった。


「ごきげんよう」


 ゴスロリ服に身を包んだ美女。

 そして何より、どこかミラに似た雰囲気を合わせ持った人だった。

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