気のデカい奴ほどあれというか……あれだよ

「みんな……?」


 全てが凍っていた。

 僅かに聞こえていたはずの動物の鳴き声も、人々がごった返す騒がしさも、ともすれば何かがそこに居るんだと感じられる気配さえも、何もかもが動きを止めていた。


「安心しろミナト、私から離れるな」

「あ、あぁ……」


 思わず立ち上がろうとした俺をミラが制した。

 優しく握りしめてきた手の温もりは、この全てが止まった世界の中でも確かに温かくて……それだけで安心を齎してくれる。


(情けねえな……嫁さんにこうして慰めてもらうとか。でも……明らかにあの女性は普通じゃない……俺には何も出来ねえ)


 悔しいことに、今はミラを頼るしかなさそうだ。

 というかこんなあまりにもあり得ない状況もそうだけど、この状況を引き起こしたあの女性はあまりにも規格外すぎる。


「ベルナ……何の用だ」


 ベルナ、それが彼女の名前らしい。

 名前を呼ばれた女性はニヤリと笑うも、彼女の美しさを更に引き立てさせるような凄みがある。

 この世界にゴスロリ服が存在していたことには驚きだが、その見た目に関してはミラと同様に魂を抜かれそうなほどに整いすぎている。


「簡単なことよ――お姉さまが現れたと聞いて、それが気になってここに来ただけだわ」

「ほう?」


 お姉さま……か。

 もうこの時点で確定じゃないか……この女性は、ベルナと言われたこの人は間違いなくドラゴンだ。


「人間、悪いけれどジロジロと見ないでくれるかしら?」

「っ……」


 その視線は、あまりにも鋭いものだった。

 それこそ現実ではなく、殺気というものを感じて見せられる幻覚のようなものが脳裏を駆け抜けた。

 首を一瞬にして落とされるような……けれど、そんな物を俺が見せられて黙っていられる嫁さんじゃなかった傍に居たのは。


「ベルナ、言葉には気を付けろ。彼は私の夫、これから先の未来を共に生きていくと誓った相手だ――今すぐ失せるのであれば許してやる」

「へ、へぇ……そこまで言うのね……」


 言葉が……挟めねえ。

 彼女……ベルナはミラの言葉に思いっきり怖気付いた様子で、一歩二歩と下がろうとしたが、それでもどうにか踏ん張ってその場に留まる。


「冗談ではないぞ? 私はもう、人の中で生きると決めた。ドラゴンとしての自分を捨てるわけではないが、それでもそうしたいと思ったのだ。良いかもう一度言うぞ? 今すぐ能力を解いて失せろ」

「っ……かはっ!?」


 そしてついに、彼女は体に掛かる重圧に負けた。

 ミラは魔法を使っていない……ただ殺意と圧を向けただけで、それに彼女は負けたんだ。

 自分で編み出した氷の上に全身を叩きつけられ、端正だった顔立ちにも汗が浮かび苦しそうだ。


「その綺麗な顔を更に苦痛で歪ませてやろうか? せっかく手に入れた人化の魔法だろうが、二度と人間になりたくないとトラウマを植え付けてやれば満足するか?」

「失せろって……言ったくせに……っ!」

「……確かにそれだと動けないよな」


 ちなみに、そのことに関してもミラは絶対分かってる……分かってやってる顔をしていた。


「ミナト、ちなみに全てが凍っているが問題はない。これは人々や物が氷に囚われているというより、時間を止められているんだよ」

「時間を……つうかドラゴンってマジで規格外すぎるだろ」

「これでもしも人体に影響を及ぼす物であれば、その瞬間にベルナは死んでいる。まあ、人の世に迷惑を掛けるなと教育はしているからその点はちゃんと守っているようだな」

「へぇ……」


 なんだ、常識はあるのか……って常識とかそういう話じゃねえよこれ。

 それでも今この場と、周りとの時間にラグが発生するのも大変だと思うのですぐに解いてもらおう。


「ミナト?」

「一旦、この能力は解いてもらおう。ミラに会いに来たのなら、奥に案内して話でもすれば良いかなって。妹なんでしょ?」

「……ふっ、優しいなあなたは」


 ミラが手をひらりと動かせば、ベルナに掛かっていた圧は消え失せた。

 息を荒く吐く彼女に近付くと睨み付けてくるが、そこには先ほどの怖さは一切ない……仮に何かしようとしても、ミラが守ってくれるという安心感が俺に恐れを抱かせない。


「人間とドラゴンの感覚を一緒には出来ないけど、こういうことは今後無しにしてくれないか? ミラに会いに来たのならそのまま受付に言ってもらえば良い……あぁでも、もちろんドラゴンってことは抜きにしてね」

「……………」

「うちのギルドの人は……えっと、俺を奈落に落して殺そうとした連中も居たけど、基本的に凄く良い人ばかりだから。ちゃんと教えてくれるから今度からそれで頼む」

「ごめんなさい、それを聞いて良い人たちばかりって言えるのはツッコミ待ちなの?」


 いや、だって本当にヤバかったのがそいつらだけだからさ……。

 ただ……話の途中からずっとベルナはジッと俺を見つめ、どこか不思議そうというか……目を丸くしているのは何だろう。


「私は……ドラゴンよ?」

「え? あぁうん」

「怖くないの? 見た目は人間だけど、正体はドラゴン……片手間で世界を破壊することだって可能なのよ? 怖くないの?」

「ドラゴンは確かに怖い存在かもしれないけど、そのドラゴンと結婚したわけだし……それに傍にミラが居るし」

「当然だ、私はいつもあなたの傍に居るぞ」


 背中からミラが抱き着き、お腹に腕を回す。

 そうして肩に顔を置いて耳たぶをペロペロと舐めてくる……凄くくすぐったいし変な気分になりそうで止めてほしいけど、たぶん言ったところで止めてくれそうにない。


「えっと、ベルナ……さん。雰囲気からも伝わるドラゴンとしての強さはこれでもかって伝わってくる。でもどうか、みんなの止めている時間を動かしてほしい」

「……………」

「あ、そういや質問に答えてなかった。さっき怖いかって聞いたけど、まあ今の君を見たら全然怖くはないかな? というか、こうして会話が出来る時点で意思疎通は出来るしね」

「……………」

「普通にミラに会いに来る分にはいつだって良いからさ。だから――」

「分かったわ」


 サッと、ベルナは動きを見せた。

 と言っても凍っていた世界が瞬時に解け、そのままいつも通りの日常が戻ってきた。

 けれど突然に現れたベルナの姿には、多くの人たちがギョッとしたように目を向けるも、やはりあまりの美人なので顔を赤くしている人も大勢居る。


「怖くないか……ドラゴンだと知ってるのにそんな反応なのね。同族の雄ですら私たちを怖がるのに」

「これ……マズいかもしれんぞミナト」

「え?」


 耳元でマズいとミラが囁く。

 それはどうしてだと思っていると、背を向けたベルナがこう言った。


「今日は帰るわ……またお姉さまに会いに来る。でも……あなたにも会いに来て良いの?」

「あ、あぁ……それは全然」

「……じゃあ、また来るわ」


 その瞬間、ベルナは姿を消した。

 だが翌日に何食わぬ顔でギルドにやってくるのだが、ミラがもう来るなとやけに警戒していたのは言うまでもない。

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