師匠を連れ出す男に俺はなる

「もう一度言いましょうか? あのクソ第二王子を亡き者にする方法を探しているんですよ」

「あぁ、決して冗談ではない。酒は入っているが、自信を持って思考回路は正常だと言っておく」

「よっぽどマズいでしょ!? お偉いさんに聞かれたら!」


 ……って、こんな話はここでするべきじゃないな。

 最初は酒が入ってるからただの冗談だと思っていたけど、二人の様子を見るに本気っぽいしなぁ。


「どうもエリシアのことで思う部分があるようだ」

「師匠の……」


 それなら、というわけじゃないしいけ好かない第二王子だからそうなっちまえと思っているわけでもない……ただ、話は聞いておこう。

 師匠は多くのメンバーに囲まれているので、俺たちが抜けたところで気付かれることもないはずだ――サリアさんとジャックさんの手を握り、そのまま奥の部屋へと連れて行く。


「さてと、師匠のことで何がどうあってそう思ったんですか?」


 一つのテーブルを囲むように、俺はミラと共に二人を見つめた。

 何となく……本当に何となくだけどこれじゃないかってのはあるが、やはり直接聞いた方が確実だ。


「簡単なことです――あの第二王子は、今度のパーティでマスターに婚約を申し込むつもりです」

「それは……」


 師であり母親代わりの人だからなのか、改めて突き付けられたその言葉に僅かだが動揺する。

 第二王子――イザーク・エルド……まあ心の中でわざわざ敬称を付ける必要もないのでイザークと呼ばせてもらうか。


「イザーク様……イザークが前からマスターを好いているというのは有名な話だ。出会う度に口説こうとしているし、暇があれば城に招こうとしているからな」

「ですね……って言い直しても呼び捨てじゃないっすか」

「ふんっ、それを言うならお前はどうなんだ? どうせ心の中では呼び捨てだろう?」


 ジャックさん、あなたはいつから俺の心が読めるようになった?


「マスターがそういうことに興味がないのは周知の事実だが……それでもイザークからの誘いを断り続けているのは、少々面倒な事態を引き起こしそうでな」

「……あ~」

「どういうことだ?」


 ミラが首を傾げたので俺は説明した。


「そのイザークって第二王子はモテるんだよ。王子だしイケメンだし強いし、ファンも多いしで……そんな風にモテる男の誘いを断り続けている相手が居たら、そのファンたちはイラつくだろって話」

「……面倒なのだな」


 そうだなぁ……本当にその面倒だって言葉に集約されるよ。

 もしもこれが師匠じゃなくて平民の女性とか、或いは爵位の低い家の女性とかだったら想像するだけで恐ろしいことになりそうだ。

 まあ実際にそうなるかと思ってしまうのは小説の読みすぎかもしれないけれどね。


「師匠だからこそ今まで特に何もなかったってのはあるんだよ。国としてもギルドを敵に回したくはないだろうし……それでも今回のパーティでの宣言で少しでも逃げ道を塞ぐことが出来ればって考えなんだろうな」

「エリシアが望むならともかく、そうではないのだろう?」

「当然です!」

「当たり前だ!」


 ミラの言葉に、サリアさんとジャックさんが強く頷いた。

 でも……こういう恋愛事というか、気持ちが間に入り込むことを無理やりに進めていくのはどうも賛成出来ない。


(……ははっ、それを言うなら俺もミラも同じか)


 俺やミラは正しくそんなものだった……でも、この一週間とミラとの出会いが鮮烈すぎたのかと彼女との日々に楽しさを俺は見出している。

 だから俺たちの様に突然の変化から始まる日々はあるだろうけど、そもそも師匠がめんどくさがってるし嫌だというのも分かっている……それだけでも俺たちとは大きな違いだ。


「消すか?」

「賛成です」

「いつやる?」

「落ち着こうねみんな」


 面白がって焚きつけようとするミラと、ノリノリで便乗しようとするサリアさんとジャックさん……マジで落ち着いてくれ。

 でも……本来であれば全く気にすることがないのに、それを気にして少しでも疲れを感じてしまうのであればどうにかしたい……ミラにも言ったけど、師匠に良い人が居ると分かればあの王子も手を引きそうなんだが。


「マスターは気にするなと仰いますが、それであの方が疲れている姿は見たくありませんし、マスターのことを何も知らないカス女共が好き勝手言うのも我慢出来ません! 城に行った時だって伯爵家か何だか知りませんがあのデブ……ぽっちゃり令嬢に腰ぎんちゃく共がああああああ!!」

「おぉ落ち着けサリア!」


 これはサリアさん、大分頭に来てるなぁ……果たして師匠がその伯爵家の令嬢とか、他の取り巻きに何を言われたのかは分からないけど多分俺が聞いてもこんな風に――。


「ちなみにエリシアは何と言われたのだ?」

「エルフという高貴な身分を鼻に掛け、真っ直ぐに向き合ってくれるイザーク様を弄ぶ売女って言いやがったんです」

「……へぇ」

「た、頼むからミナトも落ち着け!?」


 あぁすみません……ちょっと剣に手を掛けちゃいました。


「貴族というのは傲慢なのだなぁ……まあ、ドラゴンの私が言っても説得力はないかもしれんが」

「神話を生きるドラゴンと、たまたま生まれに恵まれただけでデカい顔をするクズとじゃ天と地の差がありますよ」

「……サリアのおかげで逆に俺が落ち着くぜ。にしてもこんなにキレッキレのサリアは久しぶりだな」


 ちなみにサリアさんがイザークやその伯爵令嬢に対してボロクソ言ってるのだが、流石に聞かれたらマズイ程度には危ないことを口走っている。

 まあ、俺もミラも一切止めないが。


「……はぁ、いっそのこと嘘でも良いからマスターには凄く頼れる想い人が居るって話になれば……周りの目もあってちょっかいを掛けることも無くなる気がするんですがねぇ」

「確かになぁ……おまけに多くの人がインパクトあるそれを目撃出来たら尚良いかもしれん」


 師匠に想い人が居れば……一番簡単で一番難しい意見の一致だ。

 今日は楽しいはずの師匠の誕生日……だがこうして、先の悩みについて考え続ける羽目になったのも全部王子のせいだぞクソッタレが。

 俺たちはそれぞれ考え込むが、ふとミラがボソッと呟く。


「一芝居……一芝居打てばいけそうか」

「ミラ?」

「ミラ様?」

「何か案があるのか?」


 俺たちは揃ってミラに視線を向けた。

 ミラはうむと頷き、言葉を続ける。


「城でパーティがあるのだろう? その時に、エリシアと想い合う男が登場すれば良い――更に言えば、私の存在も使えるだろう」

「ミラの存在?」

「……あ、あああああああああっ!!」


 一足早く、全貌に気付いたのかサリアさんが声を上げた。


「分かりましたよ! つまりドラゴン体のミラ様が現れ、そこにその男も一緒に現れると! マスターと想い合う男性、そんな男性に従う神話のドラゴン! 大騒ぎになること確定ですし、これまた色々と大変なことにはなりそうですが色んな意味でインパクトを植え付けられますね!」

「うむ」


 えっと……ドラゴンの存在をそんな簡単に出しちゃって良いのか?

 確かにあり得ないほどのインパクトを残すだけでなく、ドラゴンが背後に居るのならそれを恐れて軽いちょっかいさえも無くなるだろう……でもそんな……えぇ?


「脅しは任せろ――これ以上エリシアに付き纏ったり、貶めるような言葉を口にすれば焼き払うとも言ってやる」

「きゃああああ! 最高ですよミラ様!」

「ドラゴンが神話の存在? 大騒ぎになる? 知ったことか、ドラゴンである私が許す!」

「いよっ! 太っ腹!」


 ……もしかしてこれ、大変なことになるのでは?

 そんな不安を抱く俺と、もはや何も言えなくなったジャックさん。


「……ま、良いんじゃないか?」

「ジャックさん!?」


 あ、この人ももうダメだ。


「そうなると相手役の男性が必要になりますが、そちらはもう適任が居るので作戦を詰めるだけですね」

「そうだな……さて、どのようにして姿を見せてやるか」

「え? 居るの?」


 相手役が居るのかと、首を傾げた俺をミラとサリアさんが何を言ってるんだって顔で見つめてくる。


「……ま、まさか……?」


 ガシッと、ジャックさんが肩に手を置いて親指を立て……ミラとサリアさんも力強く頷いた。


「今回だけは特別だ――エリシアを連れ出す男になれ」

「この役目はミナト君以外には任せられませんよ!」


 その瞬間、俺の絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。

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