さあ、乗り込むとしよう
エリシアは、寝室でミナトからプレゼントされた花を眺めていた。
貴重な鉱石によって象られたそれは美しさもそうだが、造形も非常に凝っており見ているだけで職人の技量の高さが窺える。
ということはだ、それなりに値段がするというのもエリシアには分かっていた。
「……本当に、ミナトはどうしてこんなにも私を嬉しくさせてくれるのでしょうね」
エリシアにとって、ミナトは本当に特別だった。
エルフであるエリシアは、人間とは比べ物にならない永い時間を生きてきた。
そんな彼女がどうしてギルドマスターになったのか、それは単純に変わらない自分が変化を欲したからだ――そうしてエリシアの環境は瞬く間に変化し、元々エルフとして魔法の才に優れていたのもあるが何よりその人柄が多くの人を惹き付けた。
「それでもミナトは……あなたは少し違いましたね」
ギルドマスターとして過ごすことは、確かに環境の変化を齎した。
だがそれは言ってしまえばそれだけ……本当の意味で大きな変化があったのはミナトと出会った時だ。
『あなたのお名前は?』
『ミナト……です』
街中で出会ったのは偶然で、ふと目を向けたのも更に偶然だ。
だがミナトに感じたのはどこか不思議な感覚だった……それは違和感とも呼べるもので、この世界に生きる存在とどこか一線を画したようなそんな感覚だった。
そうして観察していたエリシアだが、幼い少年が心細そうにしていたことに気付きすぐに抱き寄せた。
『あ……』
『大丈夫ですよ。何やら事情があるようですね? このまま、私のお家に来ますか?』
『……温かい……お母さん』
お母さん、その言葉にエリシアは思いっきりときめいた。
もちろんその発言が本心によるものではなく、幼いからこそ大人の女性の包容力に触れてボソッと出た言葉だと理解はしていたのだが……このエルフはそこで瞬時に決めたのである――私がこの子の母親になってみせるのだと。
正に瞬間風速が如く思考の閃きであり、その時から結婚もしていなければ恋愛経験が何もないエリシアの中で、ミナトは家族になった。
「……はぁ、面倒ですね」
しかしながら現在、そんな幸せな記憶を掘り起こしても面倒なことが起きようとしている……イザーク第二王子による婚約宣言だ。
まだしっかりとされてないとはいえ、エリシアもおそらくされるだろうと予測は出来ていた……それで今回、イザーク主催のパーティに半ば強引な形として参加することになってしまったのだから。
「無論断るつもりですしその気は一切ないのですけどね……はてさて、こんな永い時を生きるだけのエルフに何の魅力を感じるのでしょうか」
そう呟いてすぐ、いつしか言われたことのあるミナトの言葉が蘇る。
『師匠は魅力的な女性だと思いますよ? まあ俺からすればあまりに距離が近いというのもあるんですけど』
「……ふふっ」
もはやエリシアの心を動かせるのは息子同然の彼しか居ない。
けれどそんな彼は奈落でドラゴンの嫁を引っ提げて帰ってきたりと、ここ最近は色んなことがあまりにも多すぎた。
「この本ももう必要ないかもしれませんね」
とある書店で店長におススメされた本。
その名も“ヒカールゲンジ―”という本で、幼い少年を自分好みに育てると言ったら少々アレだが、とにかくエリシアは色々と危ない方向へ舵を切ろうとしていたのは言うまでもない。
「さてと、どうなりますかね」
とはいえ、目先の悩みは城でのパーティである。
▼▽
俺は……覚悟を決めた。
というのも、何に対しての覚悟かと言うと城でのパーティにミラと共に乗り込む覚悟だ。
「難しそうな顔をしているな?」
「まあ……パーティ明日だしな」
「ふっ、打ち合わせ通りにすれば良い。大騒ぎになるのはほぼ確実……いや絶対そうなるが、インパクトというのは大事だからな」
「まあね」
「それよりも、こういう時くらいは私のことだけを考えてほしいが?」
「ご、ごめん……」
すぐ傍で、同じように浴槽に浸かるミラがそう言った。
俺が師匠のこととかパーティのことを考えていたのは、実は彼女と一緒に風呂に入っていたことを誤魔化す意味もあった。
「それにしても、私は女だから分からんが……そんなに女の体というのはドキドキするのか?」
「そりゃするって!」
「ふむ……不思議なモノだな。私からすれば、あなたの裸を見る度に食欲が沸いてくる。もちろん食事的な意味ではなく性的な意味だ」
「っ……」
あぁもう!
このお嫁さんはそういうことを平気で言いやがるし、女性の武器をこれでもかと使って挑発もしてくるんだ。
『このデカい胸も、尻も自分の物だからドキドキはせんが……なるほど、あなたからすればこれは相当に良い物らしいな?』
こんなことを言われたら挑発以外のなんだってんだ。
視覚にも脳内にも溢れかえるミラの肢体……そんな風に俺自身危ないその時だった――ミラがそっと指を俺の胸、心臓辺りに置く。
「雄のドラゴンにも、この姿になってから男に見られても何も嬉しくはない……むしろ何も感じん。だが、あなたがこうして私を意識してくれることが何より嬉しいんだ」
「ミラは……俺のことなら何でも嬉しそうにしてくれるな」
「当たり前だ――あなたが私の夫であることもそうだが、それ以前に私にとってそういう目は無縁だった。ドラゴンの中でも、私は特別強力な個体であるが故に」
それから少しミラは話してくれた。
神話に生きるドラゴンという存在には多くの種類、異なる個体、異なる能力を持ったドラゴンが居るとのことだ。
その中でもミラは特に強力であり、妹たちを含めて他のドラゴンから一目置かれているのだと。
「そんな私でも余所見をしていれば怪我もする……良いか? 私とあなたが出会うきっかけになったあの時は、ただ油断していただけだ」
「分かってるよそれは」
「……なら良いんだ。さて、話を戻そう……そんな私に、あなたは一切の恐怖を持たない目を向けてくれる。エリシアや他の者もそうと言えばそうだが、あなただから私は嬉しいんだ」
そう言ってミラは、そっと身を寄せてきた。
もはや慣れ……ることなんて絶対にないほどに、魅力に溢れた柔らかい物体を押し付けてくる彼女。
「人の中で過ごすこと、全てが新鮮で楽しい気分だな。街中で声を掛けてくるゲスも居るが、そいつに殺気を飛ばしてビビらせるのも面白い」
「ははっ、そりゃ相手が気の毒すぎるな」
「くくっ……そして、また言うがあなたをドキドキさせることも更に楽しくて、私の体をこれでもかと疼かせる」
ジッと見つめる彼女は、あまりにも妖艶だ。
けれどその真っ赤な瞳には確かな慈愛の色が濃く見えている。
「ミナト、私は言ったな? 尽くす女だと」
「あ、あぁ……」
「お前が望めば、何だってしてやる。そのためにサリアから色々と男女の営みに関する本を借りて読んだんだ」
「あ、あの人は一体何を……っ!」
そんな話をしたせいか、後に俺が逆上せたのは言うまでもない。
湯上りのミラに抱えられて部屋に戻り、ちょうど話があるからと訪れた師匠に目撃されて一悶着あるのだがそれはまた別の話だ。
▼▽
それからすぐに日は経ち、パーティ当日がやってきた。
俺もミラもやることをするだけではあるが、事後処理に関してはサリアさんやジャックさんに大いに頑張ってもらおう。
『さて、準備は良いか?』
「あぁ」
既にパーティは始まっており、王子がダンスのパートナーに師匠を指名した頃合いだ……おそらくこれが終われば、師匠に対して王子が婚約を正式に申し込む。
「にしてもこれ……センス終わってない?」
『まあ、良いのではないか?』
ミラがドラゴン体として姿を見せるが、俺はもちろん正体を隠す。
適当にドラゴンライダーとでも名乗るつもりだが……サリアさんが用意したダサい仮面とマント……これのセンスがマジで終わってる。
「ま、今日だけと思って我慢するかぁ……」
『私は別に良いと思うがなぁ……』
えっと、そうだとしたらミラのセンスも割と……。
まあでも今更後には引けない――これから俺は、ミラと共にパーティ会場に参上する。
はてさてどうなるか……キリキリと痛む胃の痛みを感じながら俺とミラは空に羽ばたく。
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