ミラとのこと、師匠へのプレゼント

 ギルドへの依頼は多岐に渡り、採集物であったり魔獣の討伐など色々なものがあるのだが、冒険者はそこから自分の身の丈に合った依頼を熟していくというのが共通である。

 ソロで挑むかパーティで挑むか……そのどちらを選んでも今までの俺はちゃんと自分の力量を把握し、師匠は他に良くしてくれる人を心配させないように気を付けていた。


「……でも、こりゃ感覚がおかしくなりそうだ」


 目の前で、巨大な狼の魔獣が横たわっていた。

 人間の何倍もの大きさを持ちながらも、その動きは俊敏で瞬く間に獲物を嚙み千切るブラックウルフだ。

 魔獣には個体差というものがあり、大きさや速さなどと言った純粋な能力によって定められている推定ランクが当てにならないこともある。

 つまり何が言いたいかと言うと、このブラックウルフは明らかに推定ランクよりも強個体で俺一人だったら確実に処理出来ない相手だ。


「ドラゴン相手に勇気のある魔獣だったな……あぁそうか、今の私は人間の見た目だった」


 さて、そう言うのは隣に立つミラだ。

 何を隠そう感覚がおかしくなりそうだと言ったのは、あんな強い個体さえも一撃で倒したからである。


「分かってたけど、人間の体でもミラは強いんだな」

「当たり前だ。それに今の私はあなたが傍に居ること、あなたと共に居られる喜びを感じて能力がブーストされている。元々の私より三割増しくらいで強いぞ?」

「それは凄いな……まあミラの本気とか見たことないんだけどさ」

「見ることがないのを祈っておけ――世界各地の地図に手直しが必要になるだろうからな」


 やっぱりそんなにヤバいんだな……こりゃ俺自身、ミラを怒らせないように気を付けないと。


「……………」

「ミラ?」


 一撃で仕留められたからこそ、魔獣の体は綺麗なのでどのようにして持ち帰ろうか考えている時だった。

 ミラが腕を組み、難しそうな顔をしていたのが気になった。

 どうしたんだと思い問いかけると、ミラはゆっくりと話し始めた。


「私は……あなたに傷付いてほしくない」

「うん」

「だからこれからも、依頼には付いて行きたい……だがそれで、こんな風に魔獣を私が倒すことはあなたにとって良いことなのかと……それが気になったんだ」

「……あ~」


 俺は瞬時に彼女の言いたいことを理解した。

 本来であれば俺が苦労したりする部分を、ミラが一人で済ませてしまうから……それを俺がどう思うか気になったんだろう。

 まさかそんなことまで考えてくれていたとはな……まあでも、こう考えてしまったミラをスッキリさせるためにも、思ったことは伝えるべきだ。


「まあ確かに若干それはあるかもなぁ……なんつうか、前世でのMMOでやり込んだベテランにキャリーされる感覚だけどさ」

「MMO……?」

「おっと失礼……えっとあれだ。確かにミラの強さは常軌を逸してるからこそ、自分の弱さというか無力さが浮き彫りになる……のか? でも俺はそのことでもっと頑張らないととか、ミラ以上に強くならないとって考えにはならないかなぁ」

「そうなのか?」


 俺は頷く。


「もちろん強くなりたさはあるよ? けどどう考えてもミラ以上に強くなるなんて出来ないし、ミラの存在に焦りを覚えて頑張っても空回りする未来が手に取るように分かる」

「うむ……」

「……ちょい情けないかもだけど、これから先をミラと共に歩んでいくのならこれが当たり前になると思うんだよな。この一週間で分かったけどミラってかなり独占欲強いよね」


 自分で言うのもあれだが、ミラは本当に独占欲が強い。

 トイレや風呂くらいは離れてくれるが、それ以外は片時も離れることなく傍に彼女は居る……ただ不思議なのは、そのことに鬱陶しさなんかは微塵も感じない。


「それなら結局のところ、ミラという存在は切っても切り離せない俺の一部みたいなもの……それなら一々、ミラの力を目の当たりにしてなんで俺はこんなに弱いんだなんて言ってたらキリがないよ」

「なるほど……そういう考え方もあるのか」

「むしろさ!」


 俺はミラの手を握った。


「俺の嫁さん強すぎって誇らしいくらいだぞ? 本気を見せたらあのかっこいいドラゴン体もあるって、そんなのロマンの塊じゃないか」

「お、おう……」

「もちろん俺だって鍛錬は怠らない……これからも師匠が稽古を付けてくれるって言ってるし、そこの努力は変えない。でもミラが居るからこその日常もまた、俺は受け入れていくべきなんだよ」

「ミナト……」


 自分でも不思議なくらいに口が回るものだ。

 前世のままなら女性相手にここまで言えるわけもない……おそらくこの世界にやってきて、前世とは違う環境に揉まれたこと……気を抜けば死ぬ世界が外に広がっていたこと……そんな多くのことが、こうして俺に度胸を授けてくれたんだろう。


「ミラは言ったよな? これから一緒に過ごしていくことで仲を深めて行こうってさ……なら、俺も受け入れて寄り添う姿勢を見せるのは当たり前だろ? だって俺たちはもう夫婦なんだから」


 夫婦……改めて言うと恥ずかしいけど、もう何がどうあってもミラから離れることが出来ないんだからこういう考えにもなる。

 もちろんそれは無理やり受け入れたとかじゃないし、まだ慣れてない部分もあるけれど、少なくともミラという存在が傍に居ることに喜びを感じているのも確かだからこう言ってるんだ。


「……ミラさん?」


 ぷるぷると体を震わせるミラを見て、俺はすぐに構えた。


「ミナト~~~~!!」

「ぐおおおおおおっ!!」


 やっぱりかと、俺が予想したように彼女は飛び付いてきた。

 ガシッと俺の頭を胸元に固定するように抱きしめ、感動したかのように耳元で声を上げた。


「そんな風にまで想ってくれるなんて……あぁ、私は幸せ者だ。あなたのような番を得られたこと、ドラゴンの歴史の中でもここまで幸せを得たドラゴンは居ないはずだ」

「うぐっ……ぐぬぬっ」

「ミナト、愛している……愛しているぞ私は……っ!」


 そ、それは良いんだけどミラさん……っ!

 あなたの大きな胸で口が閉じてしまって息が吸えない……っ!!

 シチュエーション的にはとても嬉しいけれど、女性の胸の中で窒息なんて死んでも死に切れない!


「……ぷはぁ!」

「あ、すまないミナト……」

「いや、大丈夫だ」


 幸せっちゃあ幸せだったけどな!

 あぁあと、もう一つ伝えておきたいことがあった。


「ミラ、俺はそういう性格じゃないし度胸もないから大丈夫とは思う。でももしも俺が君の力を欲望のままに使おうとしたら……その時はちゃんと止めてくれると助かる」

「……ふふっ、その心配はないと思うがな」

「いやほら、人って力を持つと分かんないじゃん?」

「それでもだ……だが分かった。覚えておく必要はないだろうが、その時が来たらお仕置きをしてやろう」


 これは大事なことなので、頭の片隅に置いてもらうだけでも良いんだ。

 その後、ブラックウルフを上手い具合に解体し持ち帰るのだが、その時にミラがこんなことを言った。


「聞けば、テイマーのような存在も居るのだろう?

「あぁ」

「ならそれと同じようなものだ。あなたは私というドラゴンを従えているという感覚でも良いのでは?」

「間違ってはないけど……もしもそれでテイマー限定の大会とか出たら確実に優勝だな」

「……ほう?」


 ミラ?

 楽しそうな顔しちゃってるけど流石に出ないからね?



 ▼▽



 数日後、師匠の誕生日だ。

 多くのギルドメンバーが所属しているからこそ、その代表の誕生日となれば盛大に祝いがされる。


「ありがとうございますみなさん……ですが、何歳ですかという問いかけをする人は分かっていますね? 死んでも文句が言えないってことを」


 師匠がキレそうになることもあるにはあったが、終始師匠は楽しそうだった……そして、参加者たちも酒が回ったりして静かになった頃合いを見て俺は師匠を呼び出す。


「ミナト?」

「師匠、これを」

「まあ……っ!」


 渡すのはもちろんプレゼントだ。

 用意したのは希少な鉱石を花の形に加工したもので、ある程度の衝撃でも壊れることなく、汚れることもない特注品だ。


「誕生日、おめでとうございます師匠」

「……ありがとうミナト」


 嬉しそうに微笑み、師匠は受け取ってくれた。

 ちなみにミラは気を利かせてくれたようで傍には居ないのだが、こうして離れているだけでもフラストレーションが溜まってるのかなと少し心配になる。

 しばらくプレゼントを眺めていた師匠は、そっと俺に身を寄せた。


「今の私にとって、楽しみはいくつもありますが……やはりミナトとの全てが私を喜ばせてくれますね」

「そう言ってくれると嬉しいですよ」

「ふふっ、あなたがここに来てからもう十年と少し……まさかここまであなたが大切になるとは思っていませんでした。ミナト、あなたは本当に私にとって何よりも大切な存在です」


 師匠の言葉に、俺は下を向いて照れを誤魔化す……まあ確実にバレてはいるだろうが、それでも師匠の顔が直視出来なかったのだから仕方ない。

 師匠には……本当にずっと笑っていてほしい。

 この人は俺にとって母親でもあり師……本当に大切な人なんだ。


「マスター! もっと飲みましょうよ~!」

「わ、私はお酒はこれ以上……っ!」


 まだまだ飲み足りないと、女性陣に引っ張りだこの師匠である。

 プレゼントや諸々に関しての詳しい話は後日ということで、俺は師匠から離れてミラの元へ……だが、そこには険しい顔をしたサリアさんとジャックさんが居た。

 戻ってきた俺の隣にすかさずミラが座り、腕を抱いてくる。

 だが何故か、クンクンと匂いを嗅いだ。


「……エリシアの匂いがするな?」

「っ……」

「ふっ、まあ今日くらいは仕方なかろう。私とてそこまで鬼であるつもりはないからな」


 ま、まるで浮気を問い詰められた男の気分を味わったんだけど……。


「と、ところでサリアさんとジャックさんはどうしたんだ?」


 そう聞いたのが間違いだったと、俺はすぐに思った。

 だって……。


「いえ、どうやってあのクソ生意気な第二王子を亡き者にしようかと」

「色々と手を考えたが良いのが思い付かなくてな」

「……………」


 アンタら、酒の飲みすぎだよ絶対。


「くくくっ……あーはっはっはっはっ!」


 しかもミラは大爆笑だし……ええい!

 このまま見逃せないしちゃんと話を聞かせてくれぇ!?

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