俺のモノだっていう奴に碌な奴は居ない

「……今日で一週間か」


 奈落に落され、けれども無事に生還したあの日から一週間だ。

 それはつまり俺にとって、これから先を共に生きるお嫁さんが出来た日から一週間でもある。

 まだ目覚めたばかりで少しばかり眠たい。

 そんな中で俺は、隣にチラッと視線を向けた。


「すぅ……すぅ……」


 そこにはもはや見慣れた……いや、見慣れるはずもない――お嫁さんであるミラがそこで眠っている。

 ベッドの広さもあってこの一週間は、ずっとミラとこうして寝ている。

 隣から香る甘い匂いや、男なら手を出しても仕方ないほどの妖艶な肉体を持つ彼女……本当に起きた時と寝る時は色々と大変だ。


「……………」


 俺も一人の男ということで、意識しないわけがないのだ。

 最初に人化した時に着ていた服だけではダメだと、師匠がミラを連れて衣服を買いに行ったのだが、その時に普段着だけでなく今着ているスケスケに近いネグリジェなんかも買っていた。


「……エロすぎんだろ」


 そんな心からの言葉を口にした後、俺は体を起こした。

 いつもなら朝食を摂るためにすぐ着替えて部屋を出る……それがルーティンだったけど、今はここにミラを起こすというものが加わった。

 まあ彼女が俺を起こす時もあるのだが、今日は俺の番だ。


「ミラ、朝だぞ」


 頼りないほっそい紐だけが掛かる肩に手を置き、体を揺らす。

 たったそれだけなのにぷるんぷるんと震えるバストが毎回のように目の毒なのは勘弁してもらいたい……ふぅ。

 二度、三度と肩を揺らすとその綺麗な瞼が持ち上がり、深紅の瞳が姿を見せた。


「……ミナト……? 朝ぁ?」

「あぁ」


 そしてこれもまた発見したことだが、寝起きのミラは声が幼くなり目もトロンとしている。

 だがそれも一瞬で、すぐに彼女は体を起こした。


「おはようミナト」

「おはようミラ」


 起き上がったミラと朝のハグ……これもまた毎日のルーティンだ。

 それから外に出る支度を済ませ、朝食を摂るために俺とミラは食堂へと向かう。


「おはようミナト、ミラさん」

「おはよう二人とも」

「今日もお似合いだねぇ!」

「おっはようさん!」


 食堂に着けば、多くのギルドメンバーたちが挨拶をしてくれる。

 こんな風に挨拶をされるのは今も昔も変わらないが、ミラにも挨拶がされていることから分かるように、この一週間でミラもギルドに大分馴染むことが出来た。


「今日も賑やかだな。私としては静かな方が良いのだが、こういう騒がしさも悪くないと思い始めてきたよ」

「それなら良かった。偶にパーティというか、メンバーみんなで盛り上がる時もあるから……その時はうるさくて嫌になるかもだけど」

「ふっ、それも今では楽しみにしている」

「それなら俺も助かる……まあ、騒がしくするのも良いけどミラと二人で過ごす時間も大切にしたいけどさ」


 そう言うと、ミラが手に持っていたスプーンを落した。

 誇り高き伝説のドラゴンだってのに、こうして手元を滑らせるのはやっぱりちょっと可愛い。


(……マジでこの一週間、色々とビクビクしてたんだけど問題は何も起こってないのが安心するぜ)


 まず、師匠とサリアさんが出向いた説明は上手く纏まったらしい。

 それもあってあれ以降の追及は何もないし、俺が奈落から生還した唯一の存在であることも漏れていない……そしてミラがドラゴンであることもバレていない。

 その諸々を知っているのはあの場に居た人たちだけだが、その誰もが秘密を守ってくれているというわけだ。


(……ほんと、ありがたいな)


 師匠にサリアさん、ジャックさん……その他にもどれだけお礼を言っても足りないくらいだ。

 ただ逆を言えば、それ以外の大半のギルドメンバーたちはミラがドラゴンだと知らないし、俺とミラが夫婦になった経緯も当然知らない……それもあってお嫁さんが出来たと発表した時の騒ぎと言ったら凄まじかった。


「おはようございますミナト、それからミラさんも」

「あ、おはようございます師匠!」

「おはようエリシア」


 師匠がお盆に朝食を乗せてやってきた。

 俺たちは既に半分ほど食べてしまっているけど、師匠が食べ終わるまで待つのも悪くない。


「ミラさんが来てから一週間ですが、どうですか?」

「人の中で生きるのも悪くないな。あれから一度もドラゴンの姿に戻ってはいないが、ミナトと過ごす以上はこの体が普段のモノだと頭に叩き込む必要があるからちょうどいい」


 ミラが言ったように、彼女はあれからドラゴンの姿になっていない。

 気を抜けば人化が解けるなんて不安はないらしく、怒りの感情が理性を越えるかしない限りは大丈夫らしい。

 それでもずっとドラゴン体として生きてきたのもあるので、若干の違和感はあるようだが。


「それなら良かったです。いくら人になれるとはいえ、ドラゴンが馴染めるか不安ではあったのですが……ふふっ、まさかここまで心配が要らないとは流石ですね。時にそろそろ私もミナトと一緒のベッドで就寝したいのですが」

「エリシアの気遣いにはとても感謝している。もちろん他の者たちにも同様にな――そしてそれは無理な話……と言いたいところだが、母親代わりのお前の提案を断るというのも残酷だとは思う」

「でしたら!」

「だがそれはそれ、これはこれだ」

「……ミナトぉ」


 そ、そこで俺を見ないでくれって師匠……。

 というか俺と師匠が一緒に寝てたのって本当に大分昔……それこそ一目見てガキだと分かる年齢の頃だ。

 ま、まあ新しい記憶でも師匠が酒に酔った時とかはあったけどさ。

 その後、師匠が飯を食い終わるまで待ってから俺たちはギルドを出た。

 ここ一週間は特に依頼を熟したりすることはなく、王都をミラに案内することに時間を割いていた。


「あの親馬鹿にも困ったものだが……どこか疲れていたな?」

「あ~……」


 やっぱミラなら気付くよなと、俺は苦笑した。


「あれは肉体的な疲れというよりは、外野の煩わしさに嫌気がさしてるって感じかな」

「外野の煩わしさ?」

「一週間前のあの日、師匠が事情の説明に城に行ったんだけど……そこで久しぶりに第二王子に会ったらしいんだ」

「ほう?」

「まあなんだ……師匠に一目惚れしたとかで、ずっと会う度に俺のモノになれって言ってくるんだとさ」


 前世で読んでいた小説に良くある話だ。

 師匠の類い稀なる美しさは多くの者を惹き付ける……それはこの国の第二王子も例外ではなかった。

 それで久しぶりに会ったのを機にまた言い寄られたらしく、城で行われるパーティにも招待されたりで疲れてるんだ。


「自分の育った国の王子にこんなことは言いたくないけど……俺のモノになれって、人を物扱いするような奴は嫌いかな」

「それは正しい感性だと思うがな」

「だよねぇ……。第一王子とかはクッソ人格者だってのに」


 オマケに超イケメンだし……まあ第二王子もワイルド風イケメンだが。

 パーティについては王家からの招待を簡単に断ることは出来ないので、とにかく面倒で師匠は疲れているというわけだ。


「いっそのこと師匠が誰か良い人を見つけたら……まあ簡単に諦めるとは思えないけど、少なくとも今よりは全然楽になると思う」


 それに、師匠には味方が沢山居る……王家としても、国の力になるギルドと問題を起こしたくはないだろうからな。


(まあそれならそれで第二王子にしっかり教育してくれよって思わないでもないけど)


 少し嫌な話になってしまったなと、そう笑った俺はこう続ける。


「なんにせよ、今の俺としてはミラがこの環境を過ごしやすいって思ってくれることが一番だよ」

「ミナト……」

「あ~勘違いしないでほしいのは、ミラのことを気に掛けまくってるからとかそういうことじゃないんだ。ただ単純に、この場所に対してそう思ってくれればいいなって――」

「ミナト!」

「ごほっ!?」


 は、腹に直撃……だと!?

 腹に頭突きをするかのように抱き着くミラを受け止めたが、もしも力加減を間違われたら確実に穴が開いてると思う……俺、いつかこれで死んじゃったりしないよな……?


「おっと、流石に外でのスキンシップは慎まないとか……私も大分人間社会の常識が身に付いてきたぞ」

「もう遅いけどな……」


 もう既に視線が集まりまくってるし……。

 小さく息を吐いた俺は、心底機嫌を良くしたミラを連れてようやく歩みを再開させる。


「二日後には師匠の誕生日だし、そっちの方もどうにかしないとな」


 直近では師匠の誕生日も控えている……さて、今年はどんなプレゼントを師匠に渡そうかな。


「ちなみにエリシアは何歳くらいなんだ?」

「ミラ、年齢については禁句だ」

「了解した。……なるほど、そういうタイプか」


 不安になるからそんな揶揄うネタを見つけたみたいな顔しないでくれ。


(サリアさんも言ってたけど第二王子は大分痺れを切らしてるとか……何もないと良いんだけど無理だろうなぁ)


 自慢じゃないがこういう時の悪い予感は良く当たる。

 とはいえ相手が王子であっても、師匠に対して良くないことを仕出かそうとするなら……ま、俺も黙っちゃいられないわな。


「悪い顔をしているぞ?」

「あぁごめん。第二王子のこと考えてた」


 あっけらかんと告げれば、ミラは吹き出す。


「あなたは私が暴れ出さないか不安だと言うが、あなたも大概だな?」

「師匠は俺にとってそれくらいの存在ってことだ」

「そうやって言えることこそ尊く、同時に変化に興味がないエルフを惹き付けたのか……あぁいや、それは私もか」


 ま、まあちゃんとルールには則るつもりだし……とにかく!

 そういうことが起きないのが一番なんだけど、確実に何か起こるだろうなって思えるのが本当に嫌だ。


「本当にどうしようもない時は助けてミラ」

「任せろ」


 あぁうん……このお嫁さん頼りになりすぎて眩しいや。

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