ベッドに座って語り合い

 ドラゴンとは、どれだけ神秘の存在なのだろうか。

 あまりにも強力であり強大な存在……そして神話の伝説とされているのは当然として、それでもいくらドラゴンとはいえまさか人間に変身することが出来るなんて思わないだろう。


「まさか暇を持て余す過程で開発した人化の魔法、それがこうして役に立つ日が来るとは思わなかった。やはり愛する者と同じ目線で世界を見ると言うのは幸せだな」


 そう言うのはミラだ。


「暇を持て余したことでそのような常識外れの魔法を開発など、日々魔法の深淵を探求する者たちからすれば嫉妬ものでしょうね」

「……ミラは凄いんだな」

「ふふっ、もっと褒めてくれてもよいぞ?」


 誇らしげに笑うミラは本当に綺麗だ。

 俺は改めて、人間になったミラを見つめた――師匠と同じくらいに長い白銀の髪と、ドラゴン状態と同じ鮮血のような真っ赤な瞳……顔立ちはとても整っており、俺はこれほどに綺麗な女性を身近だと師匠以外には見たことがないほどだ。

 しかも整っているのは顔立ちだけではなく、そのスタイルもあまりに人間離れしている……背は俺と同じ170センチくらいで、師匠以上の大きな膨らみだったりと……とにかく凄い。


「私をそんなにジッと見てどうした? 見惚れたのか?」

「っ……」


 照れたように視線を逸らせば、心底機嫌が良さそうにミラは抱き着く腕の力を強くする。

 前世を合わせたとしても、ミラからすれば俺は赤ん坊同然だろう。

 何となくだけど自分より遥かに小さな者へ向ける愛情というか、そんなものさえも感じさせてくるのだ。


(しっかし……流石はミラって感じかな。それに傍に師匠が居るのも大きいかもしれない)


 ギルドに向かっている最中、とにかく視線が集まっている。

 ミラと師匠……特にミラに関して見惚れたような視線と、好奇心や欲望を混ぜた物など様々だ。

 そんな視線を搔い潜るように、やっとギルドのホームへと辿り着いた。


「ミラさんのおかげで大事なかったとはいえ疲れたでしょう? ミナトはもう今日は休みなさい」

「あ、はい!」


 ということで、師匠から直々に休業命令が出た。

 師匠はあの死んだ五人に関して、サリアさんと共に役所の方へ説明しに行くとのことだ。

 奈落が関わる事情故に説明はかなり大変だろうけど、そこは申し訳ないが任せなさいと言ってくれた師匠たちに頼るしかない。


「エリシア」

「なんです?」


 ミラの声に師匠が視線を向けた。


「お前は良いエルフだな……まあ、もはや私の基準はミナトにとって良い影響を齎すか悪い影響を齎すかでしかないのだが、それを抜きにしてもお前は良い奴だと言える」

「ドラゴンからそのように言われるのは光栄ですね」

「悔しいことだが、お前のような者の下に居たからこそミナトは素晴らしい人間に成長したのだろうな」

「そうなんですよ! ミナトはとても良い子で、素晴らしい子なんですからね!」

「そこで俺のことぉ!?」


 いきなり矛先をこちらに向けないでもらえるかな!?

 別に言われていることは嫌じゃなくてむしろ嬉しいけど、人の往来が激しい場所でそんな言い合いをしないでくれぇ!?


「はいはい、マスター落ち着いてくださいねぇ? 早く書類とか用意して今回の件を説明しないとなんですから~」

「あ、あ~れ~! まだ言い足りないですからぁ! ミナトぉ!」

「……頑張ってね師匠」


 そんなこんなで、ようやく落ち着いた。

 俺たちのやり取りを終始楽しそうに眺めていたジャックさんにも一声掛けた後、俺はミラを連れて部屋へと戻った。


「ここが俺の部屋だ」

「ほう……凄く良い所じゃないか」


 ミラが言ったように、俺が普段使っているこの部屋は広いし家具も揃ってるしでとても良い場所だ。

 家を飛び出した俺が師匠に拾われ、その時から使わせてもらっている。

 昔に師匠がいつでも一緒に寝れるからと買ってくれた大きめのベッドに腰を下ろしたミラは、隣をポンポンと叩く。


「夫婦とは寄り添うものだろう? 本当なら今すぐにでもミナトとまぐわいたいところだが、しばらくは色々と教えてもらいたいからな」

「……………」


 まぐわう……?

 聞き逃してはいけない単語が聞こえたような気がしたが、俺はミラの隣に腰を下ろした。


「簡単にミナトがどんな風に今まで生きてきたのか聞かせてくれ」

「お安い御用だ」


 嫁さんがそれを望むなら、俺はそれに応えるだけだ。

 でも……やっぱりまだ嫁さんってのは慣れないし、こんなにも美人な女性がというのも夢みたいだ……実際はドラゴンなんだけど。


「元々、俺は――」


 そうして、俺はミラに軽く過去を話すのだった。



 ▼▽



 ミナトの話を聞く中、ミラはずっと笑顔だった。

 それは決して貼り付けられた笑みでもなければ、ミナトがあまりに好きすぎて意識しない笑みでも……それは大いにあるかもだが、とにかくミラは番となった男の話を聞けるだけでも幸せだった。


「俺は元々男爵家の人間だったんだけど、家の在り方というか……まあそういうのが肌に合わなかったのと、お前みたいなゴミは要らないって言われてさ……それで居場所がねえや逃げてやろひゃっはーって感じで飛び出して……それで師匠に会ったんだ」

(ゴミだと……? )


 ミナトは笑顔だったが、それでも語られる彼の体験談は中々にミラの地雷を刺激していく……それでもミナトがこうして明るく笑顔なのは、ひとえにエリシアのおかげだということもミラは分かった。


(やはりエリシアは良い奴だな……本来ならば、寿命の長いエルフは親しさから生じる情には無縁だろうに)


 寿命が長いからこそ、普通は抱く親愛のような情に疎くなる。

 実際にそれを体験しているミラだからこそ分かる……まあ見ての通り、ミナトが番となったことで大いに愛を感じまくっているが、ミラもエリシアにこのような変化を齎す力がミナトにはあったのだろう。


「その……思い切って家を飛び出したけど不安ばっかで、それで声を掛けてここに連れてきてくれた師匠の前で泣いてさ……抱きしめられて、これが家族の温もりなんだって思ったらもっと泣いて……つい母さんって呼んじゃったこともあったなぁ……思い出すと恥ずかしいや」

「エリシアがああなったのは確実にそれだろう」


 目の前の愛する男の小さな姿はそれももう可愛いだろうし、それで甘えられたら一瞬で昇天するとミラは確信する。

 故にエリシアがミナトに堕ちた理由もすぐに分かったのだ。

 それからミナトがギルドに来てからの日々であったり、このエルド王国についてなど……頭がパンクしそうになったが、ミラは多くのことをミナトから教わった。


「とまあ軽くはこのくらいかな? 軽くにしては大分話したけど」

「そうだな……今日はこれくらいにしておきたい」


 パンクしそうとは言ったが正にその通りだ。

 いくらドラゴンと言えど、頭に積め込める量には限界があるし新しい環境はそれだけでも疲れを誘発させるのだから。


「その……」

「どうした?」

「……俺たち、夫婦になったんだよな。まだ実感ないけど……これからよろしくミラ」

「……………」

「ミラ?」


 正直、可愛すぎかとミラは小躍りしそうなほどにミナトを抱きしめたくてたまらなかった……というか抱きしめた。


「ミナト、私は今猛烈にワクワクしているぞ。これから先、あなたと共に生きていく未来が楽しみで仕方ない」

「俺もだけど……少し不安があるかな?」

「不安?」


 なんだそれは、私が全て消し飛ばしてやるとミラは言う。

 ミナトはその言葉に対し、こんな言葉を返すのだった。


「いや……ミラが暴れ出したりしないかなって?」

「……そんなことは……せんぞ」


 全くもって自信のないミラだった。

 ある程度はミラとのやり取りにここ数時間で慣れだろうミナトは、ニヤニヤしながらミラに質問する。


「今度はミラについて聞こうかな。ミラが妹って言ってたけど、どんなドラゴンなんだ?」

「ほう? 浮気するつもりか?」

「しないよ」

「分かっておる」


 ちなみに、ミラの声は思いっきり圧があった。

 ミラはコホンと咳払いをして間を置き、自身の妹について話し始めた。


「一言で言うなら生意気なクソガキ共だ。見た目は大人のくせして、本能のままに動くことが多い」

「へ、へぇ……」

「それでも人間の歴史に妹たちが語られていないのは、人の世界を崩してはならないという常識はしっかりと持ち合わせているからだな。というか私が教育して身に付かせた」

「そうなんだ……」

「後はそうだな……私ほどではないが妹たちも強い」


 そう、妹たちも恐ろしいほどに強い。

 ドラゴンという種はどのようなものであってもとにかく強い……それだけは絶対の存在だ。


「ってちょっと待て。妹たち……?」

「……私が言うのもなんだがこれ以上は止めておけ。私としては、夫にこれ以上の心労を掛けたくはないのだからな」


 結局、ミラの妹についてそれ以上話すことはなかった。

 ミナトとしてもこれ以上聞けば疲れると判断したかだろうか……だがしかし、そんな疲れる会話さえも相手がミナトなら楽しかった。

 ミラにとって、それは変わることのない新しい感覚だったのだ。

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