ドラゴンの可能性は無限大

 穴から這い上がった時、師匠を始めとして多くの人がそこに居た。

 その様子からも心配を多大に掛けてしまったことは想像に難くないが、そんな奴が生還不可能と言われた奈落から出てきただけでなく、神話の生物であるドラゴンが嫁になりましただなんて言い出したらそりゃたまげてしまう……というか、俺も自分のことなのにあり得ねえだろって思っちゃってるし。


「あぁ……ミナト……ミナト!」

「ちょ、ちょっと苦しい……背中がミシミシ言ってるって師匠!」


 俺を抱きしめて泣いてくれるのは嬉しいし申し訳ないのだが、ちょっと手加減をしてもらえると……このままだと俺、背骨が大変なことになっちまう!


「ミナト君……これは一体?」

「ドラゴンの嫁とはどういうことだ……?」

「そ、そうです! あなたが無事だったことは嬉しいですが! 他のことはどうでも良いくらいですが! それは一体どういうことですか!?」

「マスター……ミナト君のこと以外も気にしてくださいよ……」


 ここまで師匠が取り乱している姿は見たことなかったな……でもそれだけ心配させてしまったということだ。

 師匠の後ろに控える受付嬢のサリアさんと、ギルド最強の一角である意味兄貴分でもあるジャックさんにも心配を掛けちまったなぁ……まあでも今は詳しい事情を説明しよう。


「えっと……」


 奈落の底で何があったのか、それを包み隠さず伝えた。

 俺の背後でミラは一言も発しなかったのだが、神話のドラゴンはただそこに居るだけで周りへ畏怖をバラまく……ただ、師匠に関しては一切怖気付いた様子はなく、ミラに見つめられても表情を一切変えないのは流石師匠だ。


「なるほど……そんなことがあったのですね。半ば強引にミナトは番となることを受け入れたと」

「あの……師匠?」


 師匠がキッと、俺の背後を睨みつけた。

 それに釣られて俺もミラへと視線を向けたが、ミラは逆に師匠を挑発するような目を向けている。

 バチバチと火花が散るような視線の交差に震える俺だけど、ミラはまだ話が出来ることを伝えていない……というか、ドラゴンという強大な存在のインパクトが大きすぎて、それならばどうやって喋らないドラゴンと結婚したんだと疑問を口にする人すら居ない。

 この膠着状態……やはり俺がもっと詳しく説明せねばと、口を開こうとしたその時だった。


「師匠?」


 師匠が前に出て、ゆっくりと頭を下げた。

 そんな師匠の姿に周りの者が一斉に息を呑む中、顔を上げた師匠はミラに対して口を開く。


「まだ、完全に事態を把握出来たわけではありません。ですが、先ほど睨んでしまったことに関しては申し訳ありません。ずっと傍に居た息子同然の弟子を取られてしまった……その嫉妬が少しばかり出てしまいました」

「師匠……」

「奈落に落ちたミナトを無事に届けてくださったこと、感謝します」


 そしてまた、師匠は頭を下げた。


『ふふっ、その感謝は受け取らせてもらおう。我らほどではないが、流石は永き時を生きるエルフだな』

「……やはり喋れたのですね」

『もちろんだ。ドラゴンだぞ私は』


 あ、またドラゴンだぞって胸を張りやがった。


「しゃ、喋ったああああ!?」

「す、凄いです……っ!!」


 ちょ、ちょっとジャックさんにサリアさん?

 あなたたち普段のキャラが崩れてるんだけど……っと、それは置いておくとして、俺も続かなければ。


「師匠……正直、突然のことで色々と混乱はあります。でも俺は奈落の底でミラに出会いました。ミラが居なければ、俺は成す術なく朽ち果てていたと思います」

「ミナト……」

『……………』

「ミラに助けてもらい、半ば強引に番になったのは確かです。でもまあ、これも運命って奴だと思っていますよ。それにミラはこれから時間を掛けて仲を深めて行こうと言ってくれました。男としては、そこまで言ってくれた女性の言葉を無下には出来ないですよ」


 決して義務感のようなものではなく、この運命的な出会いを俺は大事にしたいと思った……まあ、こういうのも悪くはないんじゃないか?

 そう思える時点で、俺はミラと過ごすことに文句はない……むしろ、ドラゴンでありながら人間である俺を選んでくれたことを後悔もさせたくはないってね。


『ミナト』

「ミラ?」


 大きな腕が俺を掴み、そのままミラの体へと抱き寄せられた。


『ミナト……人間の体はあまりに小さいが、私からすればお前の背中はとても大きく見えるぞ。私には人間の感覚は分からん……だから不安にも思っていたんだ。だがお前がそう言ってくれた……それが何より嬉しいぞ』

「……ははっ、まあ嫁さんだからな」

『ミナトぉ♪』


 猫が甘えるような声に聞こえたな……というか、ミラの大きな手の動きが妙に艶めかしくてドキドキする……もしかして俺ってケモナーの気があったのか……?

 さて、空気はあまりにも和やかだが……それはここまでだった。

 ふと俺は、師匠たちの後ろで縮こまっている連中を見た……奴らは俺を奈落へと落とす原因になった者たちだ。


『ところでエルフ、名前は?』

「エリシアと申します」

『私はミラだ――ところでエリシアよ、お前も……いやお前たちはある程度気付いているようだが、ミナトは奈落へ落された」


 ミラがそう言った瞬間、辺りの温度が急激に低下していく。

 これは氷属性の魔力によって発生する気温の低下……これは氷魔法を得意とする師匠によるものであり、師匠の怒りを表す魔力の漏れだ。


「ミナト、詳しく教えてください。今この場に、あなたが奈落へ落ちる原因を作った者が居ますね?」

「あ、はい!」


 それ、もう既に確定しちゃってるよね……なんて俺が言うまでもなく、師匠は奴らへと視線を向けた。

 この場に居る全ての視線が集まった奴らの先頭に立つ男は、盛大に漏らしながら言い訳染みたことを口走った。


「そ、そいつがいけないんだよ! 生まれも大したことない! 実力も大したことのない奴がマスターの寵愛を受けるなんて――」


 そいつだけでなく、他の四人も似たようなことを言いたげな視線だ。

 だがその言葉は途中で消えた……何故なら、師匠の発する冷気すらも焦がすほどの凄まじい熱が彼らに襲い掛かったせいだ。

 その熱は一瞬……気付けば彼らは跡形もなく消失していた。


『面倒だから消した……というよりも、夫のことをあんな風に言われて我慢出来るほど私は温厚ではない――エリシアよ、そして他の者は心配ないだろうが一応言っておこう。これが、ドラゴンの伴侶に対し罪を働いた者の末路である』


 ドラゴンとは、時に破壊を……時に希望を齎す。

 神話の生物とはいえ、この世界の頂点に立つのは間違いなく彼女たち最強のドラゴンだろうことは容易に想像出来る。

 だからこそ、俺も含めて師匠たちもミラの行動を咎められなかった。

 けれども師匠は軽くため息を吐いただけだった……その理由も俺には分かっていた。


「どんな理由があったにせよ、奈落へ誰かを落そうとした者には一切の弁明をする機会なく極刑が与えられますので、彼らにとってそうなるのが遅いか早いかだけの話でしょう……自分自身を冷酷だとは思いますが」


 師匠が言ったように、もしもそれをした場合問答無用で極刑となる。

 だから彼らが先ほど消えたことに関しては、何も思わないわけじゃないけどそれが報いなんだ……。


「しかし……これから少々大変なことになりそうですね」

「ですが出来るだけ誤魔化してみせますよ。奈落に落ちて生還したなど、類を見ない経験をしたミナト君をお偉いさん方は放ってはおかないでしょうから」

「あ……そっか」


 あぁそうだった……確かにそれもあるのか。


「奈落から生還したこと、そして神話のドラゴンが居ること……決して漏らすわけにはいきませんね」


 その後、師匠によって今回の件に関して箝口令が敷かれた。

 それでも師匠からすれば五人の冒険者を失ったこと、それに対する説明も国にしなければならない……本当に申し訳ない気持ちだ。


「では一旦、ギルドに戻りましょうか」


 帰るのは良いんだけど……ミラはどうしようか。


「ミラ……どうする?」

『むっ? あぁそうか……確かにこの姿だと街に向かうわけにもいかんか。であれば人になるとしよう』

「……え?」


 ミラの体がピカッと眩しく光ったかと思えば、巨体がみるみる内に縮んでいき一つの人影を生み出す。


「久しぶりの人化だが上手く行ったようだな」

「ミラ……なのか?」

「あぁ、言っただろう? 私はドラゴンだ、これくらい余裕だぞ」


 ふふんと、師匠を凌駕するほどの膨らみを揺らすように人となったミラは胸を張った。


「……師匠、ドラゴンってすげえんですね」

「これは驚きです……ですが、生きてる間にこれを知れたのもミナトのおかげですか……おのれ、人になれないのならこちらとしても取り返す算段があったというのに!」

「師匠?」

「ふんっ、夫は誰にも渡さんぞ」


 グッと腕を抱いてきたミラ。

 こうして、俺は人間になったミラを連れてギルドへと戻るのだった。

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