第4話:フロランスの記録①
【リシャール歴_1年1日】
リシャールさまとともにヴェルガンディ家を後にし、“キウハダル”に到着した。
本日から、領政の記録を残そうと思う。
尊敬すべき可愛いリシャールさまの新しい日々の始まりだ。
よって、“リシャール歴”と命名する。
記録者は専属メイドを務めるフロランスだ。
もちろん、書き記すのはリシャールさまが漉いた紙、“和紙”である。
滑らかな手触りを裏切ることなく、羽ペンは滑るように走る。
インクの吸い込みも迅速で、明瞭な文字が記録でき、記録中に破れる気配はまったく感じない。
ヴェルガンディ家の生産する紙など、まるで勝負にならない。
話が逸れた。
“キウハダル”は想像以上の荒れ地であり、村人も元気がない。
今までは旅のエルフ――キアラさんが村長代理を務めていたそうだ。
リシャールさまは劣悪な環境にもめげることなく、ジョブを発動した。
和紙という紙を作って村の生活を良くすると……。
材料には“楮”と水、木の繊維を繋げる糊として作用する“とろろ”が必要らしい。
運よく木と水は確保できたものの、“とろろ”はまだ見つかっていない(根からどろりとした粘液を出す花や木があるそうだ)。
対策を思案した結果、リシャールさまは自分の魔力で代用することを決めた。
魔力の質を粘着性が出るように変質させるのだ。
間近で見学したら、たしかに繊維同士が繋がっていた。
さらりとやっているように見えるけど、それは極めて高度な技術だ。
ヴェルガンディ家での努力がうかがえる場面だった。
紙を漉く(紙漉きを見て、そのような表現を初めて知った)リシャールさまは元気いっぱいで可愛い。
記録の端に図を残すので、参照されたし。
完成した和紙は、目も覚めるような至極美しい純白の紙だった。
上述した実用性も相まって、村人たちの顔も明るくなる。
リシャールさまの和紙が村にどのような変化をもたらすのか、今から楽しみでならない。
【リシャール歴_1年2日~24日】
和紙の生産は順調に進み、計512枚の和紙が完成した。
野営地に赴き交渉を始める。
いくら和紙が素晴らしくても、相手は商売のプロ集団。
そこで、私は一つの作戦を考えた。
オークション形式なら高値がつくはずだ。
ついでに、リシャールさまの可愛さもアピールできるので、二重のメリットがある。
交渉の結果、“月虹商会”の総会長――ナタリーさんが全て購入することでまとまった。
国内最大手の商会と契約するなんて、さすがはリシャールさまだ。
水や食料の他にも、家々の修繕に使える材料も手に入り、村の生活は改善の兆しが見え始めた。
宴の最中、村人に話を聞いた。
「和紙は本当にすごい。質の高さもそうだが、あの“月虹商会”を虜にしちまうんだから」
「リシャール様には失礼ですが、あんな幼い子どもが私たちのために頑張ってくれているのです。大人の私たちが頑張らないでどうしましょうか」
「人生は最後まで諦めちゃいけないんだな、って感じました。一生懸命生きようと思います」
みな、リシャールさまが領主に赴任して、暗い人生が変わりつつあると話す。
村の食生活は豊かになり、家々の修理も進み、ランプが村の軒先や周囲を囲う壁に吊るされ煌々と輝いたとき、暗い人生に明かりが指したとも言っていた。
私もまた、辺境での生活は思ったより楽しい。
すぐ傍でリシャールさまの健やかな毎日を見守りたい。
ただ一点。
ナタリーさんのリシャールさまに対する視線が気になる。
要注意人物として警戒すべし。
改善の兆しが見えたとはいえ、村はまだまだ劣悪な環境にある。
だが、リシャールさまならどんな難題も改善してくれるだろう。
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