第3話:和紙、国一番の大商人に絶賛される

「ここが野営地か……。思ったよりたくさん人がいるね」

「ほんとそれ~」


 村から数時間ほど歩き、フロランスとキアラさん、そして僕は行商人の野営地に着いた。

 数十個のテントが立ち並び、あちこちから焚き火の煙が立ち上る。

 護衛と思われる冒険者風の人たちもおり、小さな街のような活気があふれる場所だった。

 売られているアイテムも多種多様な品々ばかり。

 持つだけで魔物避けになる<守り木の葉>、月の魔力が宿った鉱石<月光石>、古代龍の背中にしか生えない秘薬の材料〈龍華〉……。

 フロランスと一緒に「はぁ~」と圧倒されていたら、キアラさんが説明してくれた。


「“キウハダル”は各国の国境が近い立地なので、辺境ではありますが行商人の方々は活発に行き来されているんですよ」

「……なるほど。こんなに人がいたら物資もたくさん手に入りそうですね。さっそく和紙を売りたいですが……どうしようかな」


 活気がある分、行商人も大勢いる。

 和紙は大量生産できたものの、全部で500枚くらいだ。

 子どもの身体なのと“とろろ”の代わりに魔力を使うため、前世ほどのハイペースはまだ難しい。

 交渉の前にサンプルとして何枚か使うことも考えると、良い品を厳選するため交渉術が求められそうだ。

 どうやって営業しようか悩んでいたら、フロランスが明るい声で言った。


「ウチに良い作戦があるよ、リシャールさま。このやり方でやれば売れること間違いなし」

「ほんと!? ありがとう、フロランス。ぜひ、頼むよ」

「じゃあこっち来て」

「はい」


 フロランスに続いて野営地の一角に移動する。

 というわけで、彼女の言う良い作戦が始まったわけだが……。


「は~い、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 可愛いショタのリシャールさまが、一生懸命作った紙ですよ~! 買わなきゃ損、損! みなさんの嫌いな損ですよ~!」

「「なんだなんだ? ショタ? 紙? 損?」」


 フロランスはパンパンパンッ! と手を叩いて、行商人の注目を集める。

 たしかに、こうすれば一度に和紙のプレゼンができる。

 良い作戦だ。

 まぁ、客寄せパンダになった気分だが、まずは注目されないと話にならない。

 和紙という異世界の人にとっては、馴染みが薄い物を売ろうとするのだからなおさらだ。

 どこからかフロランスが持ってきた台に乗り(誰かから貸してもらったらしい)、声を張り上げていると、やがて数十人の人だかりができた。

 そろそろ良い頃合いだろう。

 こほんっ、と咳払いして話す。


「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。僕は“キウハダル”の領主、リシャールと申します。今日は行商人のみなさんに見せたい物があって来ました」

「「領主? こんな子どもが……?」」


 自己紹介すると、行商人たちはざわざわとどよめく。

 子どもの領主という珍しい背景のおかげか、十分に注意を引くことができた。

 鞄から和紙を取り出す。

 直前に見せた方がインパクトが強いと思ったからだ。


「これがお見せしたい物……“和紙”です。丈夫で美しく、耐久性は保証します。サンプルをお渡ししますので、どうぞ使ってみてください」


 フロランスとキアラさんにも協力してもらい、行商人たちに和紙と羽ペンにインク、小さな木の板を配る。

 実際に使ってもらった方が利点が伝わると思ったからだ。

 和紙を手に取り羽ペンを走らすと、彼らは一瞬で真剣な表情に変わった。


「こんなに純白の紙、見たことないな。恐ろしく文字が見やすい」

「手触りもすごいぞ。すべすべでいつまでも触っていたくなる」

「見てくれ。引っぱっても破けない。なんて強度だ」


 渡しただけで、伝えたいことが伝わった。

 商売人の嗅覚の鋭さを感じる。

 さて……ここからが本番だ。

 少しでも多く物資を入手したい。

 深呼吸して本題を切り出す。


「そこでみなさんにご提案なのですが、この和紙と食料などを……」

「おい、そこをどけ」


 人だかりの後方から、ハスキーで鋭い女性の声が聞こえた。

 180cmもあるような背の高い女の人が歩いてきて、人だかりがザザザっと脇にどいて道が開く。

 女性の後ろには、頭にガーベラの花飾りをつけた双子の付き人がおり、行商人たちは恐れた様子でざわざわと話した。


「み、見ろよ……」

「ああ、とんだ大物まで来ちまったな……」

「ちくしょう……強敵だ」


 行商人たちの会話など聞こえないかのように、女性はスタスタと近づく。

 長くて赤い髪のポニーテールに、豹を思わせる鋭く赤い瞳。

 年齢は三十代半ばくらいかな。

 仕立てのいい服と高身長も相まってすごい威圧感だ。

 女性は僕の前に立つと、怖い目と声で遥か上から言った。


「私はナタリー。“月虹げっこう商会”の総会長だ。自分の目で商品を探すことを信条としている」

「「げ、“月虹商会”!?」」


 その商会の名前を聞き、僕たち(僕とキアラさん)は驚きの声を上げる。


 ――“月虹商会”。


 ザロイス王国で一番大きな商会で、扱う品々は庶民向けの一般的な品から王国御用達の貴重な品まで大変に幅広い。

 王族にも負けないほどの莫大な資産を持つとも聞く。

 こんな辺境で総会長なんて偉い人物と会うなんて、露程も思わなかった……。

 ナタリーさんは厳しい表情を崩さず、僕の手にある和紙を指す。


「その紙を渡せ」

「は、はい」


 緊張で汗ばんだ手で、和紙とその他の道具を渡す。

 僕は小柄なので、台に乗っても巨人に睨まれた気分だ。

 ナタリーさんはしばし羽ペンを走らせた後、相変わらず僕をギロリと睨みながら話す。


「先ほど、そこの派手な女はお前がこの紙を作った、と言っていたな。……本当か?」

「はい、本当です」


 こんな子どもが作ったなんて信じてくれるかな……と少し思ったけど、ナタリーさんが怒ったりするようなことはなかった。


「この紙はどれくらい耐久性がある」

「千年は軽くもつと思います」

「……千年? そんなに丈夫な紙などあり得ない。紙なんてせいぜい一か月もてばいい方だ。お前は私を馬鹿にしているのか?」

「いえ、馬鹿になどしてません。本当にそれくらい長い間もつんです。僕は自分の仕事に嘘を吐くことは絶対にしません」


 ナタリーさんの目を正面から見て話す。

 前世からずっと、僕は自分の仕事に嘘をついたり、誤魔化したりすることは一度もなかった。

 紙漉きには真摯な気持ちで取り組んできたつもりだ。

 子どもの体ではあるけど、その思いだけは大人にも負けない自信がある。

 ナタリーさんはしばらく黙った後、お付きの片方を見て言った。


「……おい、シシリア」

「承知しております」


 双子のうち、ガーベラの花飾りを頭の右側につけた女性が前に進み出る。

 ナタリーさんから和紙を受け取ると、魔力で包んで空中に浮かべた。


「《劣化ディテリオレーション》」


 魔力の球体がどす黒く変化する。

 その光景を見て心臓がドキリと脈打った。


 ――こ、これは劣化魔法だ。


 文字通り、物を劣化させる魔法。

 扱うのはかなり難しいと聞くけど、シシリアさんは涼しい顔だ。

 “月虹商会”ともなれば、相当優秀な人材が揃っているのだろう。

 数分経った後、シシリアさんは魔法を解除した。

 ナタリーさんが険しい顔のまま尋ねる。


「……どうだ、シシリア」

「紙の一部を千年分劣化させました。結果は……見ての通りです。他の部位と大差がありません」


 和紙を受け取ると、ナタリーさんは注意深く確かめる。

 右端の一角を劣化させたようだけど、他との区別はつかなかった。

 ナタリーさんは僕の方を向き直ると、やや温和になった表情で話す。


「お前の言う話は真実のようだ。疑って悪かったな」

「い、いえ、信じがたい話だったと思いますので」

「商人を長くやっていると、嘘や虚言を吐く人間と腐るほど接してきた。だから、自然と疑う癖がついてしまった。だが、お前は違った。……そこでだ。この和紙を私たちに売ってくれ」

「ええ、もちろんです! ありがとうございます!」


 やった!

 和紙の買い手が見つかった。

 僕の隣に立つフロランスとキアラさんと笑顔を交わす中、ナタリーさんは商人にとって紙がどれだけ大事か話してくれた。


「今までの紙は、すぐ破れる、インクが消える、書きにくい……まるで使い物にならなかった。保存性が悪すぎて、記録に問題がないか定期的に確認しては書き直す始末だ。あらゆる記録は商会の宝だから、紙の質には本当にこだわりたい。これほどの耐久性があり、使い心地のいい紙は始めてだ。まさしく、“神の紙”と言えよう」

「“神の紙”……」


 なんかギャグになってるけど、そこまで称賛してくれるなんてありがたい。


「では、さっそく商談といこう。まずは……」

「ちょっと待ってくれ!」


 ナタリーさんと詳しい話を進めようとしたら、人だかりから男性の声が張り上げられた。

 数人の行商人グループが出てくる。


「俺たちにもその紙……和紙と言ったか? 和紙を買わせてくれ」

「ええ、もちろん、構いませ……」

「ダメだ。今ここにある和紙は、全て“月虹商会”が買い占める。貴様らに渡す和紙はない」


 構いません、と言おうとしたら、ナタリーさんが遮った。

 男性たちは怖じ気づく様子もなく、彼女の前に立つ。


「俺たちは和紙1枚につき1万ルクス払うぞ」


 ざわっと、野営地がどよめく。

 だいたい1ルクス1円なので、およそ1万円。

 ものすごい金額だ。


「“月虹商会”は3万ルクス払う」


 間髪入れないナタリーさんの返答に、野営地はさらにどよめく。

 男性たちは動揺した様子で話し合い、さらなる金額を言った。


「そ、それなら、うちは4万だ」

「10万」


 ナタリーさんはまったく顔色を変えずに告げる。

 野営地はもはや、水を打ったように静まり返った。

 誰も何も話さない中、フロランスがこそっと俺の耳元で話す。


「良い品を巡る商人の戦いだね。リシャールさまの和紙、大人気じゃん」

「そ、そうだね。僕も嬉しいよ」


 商人としての熱い戦いが繰り広げられ、こっちまでドキドキする。

 男性たちが話さないのを見ると、ナタリーさんは僕の方に戻ってきた。


「決まりだな。和紙は1枚10万ルクスで“月虹商会”が全て買う」

「ありがとうございます。そんな高い値で買っていただき嬉しい限りです。……あの、ナタリーさん。一つお願いしてもよろしいでしょうか」

「なんだ」

「できれば、食料などの物資として払ってくださいませんか? 村には食べ物や飲み物があまりなく、すぐにでも物が欲しいのです」


 僕がそう伝えると、ナタリーさんは顎に手を当て考える。

 やがて、納得した様子で言ってくれた。


「了解した。支払い分の金額から購入したということで、食料と水、酒、その他諸々の生活必需品を渡す。一度に全て渡すのは難しいので、定期的に届けよう。必要量以上集まったら教えてくれ。別の品か現金として払う」

「ありがとうございます! すごく助かります!」

「ただし……」


 そこで言葉を切り、ナタリーさんは僕をビシッ! と指差した。

 何を言われるのかと思い、緊張でごくりと唾を飲んだ。


「我が商会に優先的に卸す契約を結べ。この紙は大量に欲しい」

「わかりました。結びましょう」


 ナタリーさんは和紙を使ってサラサラと契約書を書き、僕と一緒にサインする。

 “月虹商会”と契約は結んだものの、他の行商人たちにも卸すことを約束した。

 行商人のみなさんが喜んでくれて嬉しかったな。

 取引が完了したので、ナタリーさん一行とともに村へ戻ると、村人のみんなが出迎えてくれた。


「「領主様、お帰りなさいませ。……おや? そちらの方々は?」」

「“月虹商会”の方々です。和紙を高値で買ってくれました」

「「ええ!? “月虹商会”!?」」


 ナタリーさんたちを紹介すると、とても驚かれた。

 やはり、衝撃的な取引だったようだ。

 大量の物資はヘレナさん(シシリアさんの妹)が収納魔法でしまっているそうで、村に着くとポンポンと出してくれ、あっという間に三ヶ月分の食料や水が手に入った。

 ナタリーさんたちとはバイバイと手を振って別れる。

 その夜は、入手した物資を使って大変豪華な宴が開かれた。

 こりこりした食感が最高な〈十本足蛸〉のアヒージョ、入手難易度Sランクの〈紅ロブスター〉の丸焼きに、一口食べただけで舌がとろけるという〈ベヒモス牛〉のステーキ……。

 ヴェルガンディ家でもなかなか食べられないような、恐ろしく豪華な料理が所狭しとテーブルに並ぶ。

 食事の準備が整ったところで、キアラさんがスッと立ち上がった。


「これもリシャール様のおかげです! 尊敬の意を込めて、無限麒麟児リシャール様とお呼びしましょう!」

「え!?」

「「おおお~! 無限麒麟児リシャール様~!」」


 盛り上がる村人たち。

 止める間もなく、すごい大仰な名前をつけられてしまった。

 僕も簡単な挨拶を求められ、さっそく宴が始まる。


「なんておいしい蛸にロブスターでしょう! 一口食べるだけでパワーがみなぎります!」

「お水もお酒もジュースも節約して飲まなくていいんですね!」

「こんなうまい肉食べたのいつぶりだ!? 無限麒麟児リシャール様のおかげだな!」


 村人たちがワイワイと食事を楽しむ中、隣に座るフロランスが言う。


「みんな嬉しそうだね。最初に来たときのどんよりした空気は、どこかに消し飛んじゃったみたい」

「うん、頑張ってよかったよ。これからも良い和紙を作ろう」


 食料や生活必需品は確保できたものの、まだまだ改善すべきことは山ほどある。

 大好きな和紙を作りながら、領主としての務めも果たしたいな。


「リシャールさまを労ってあげないといけないね。はい、お口開けて。あ~ん」

「一人で食べられるから!」


 おいしいご飯や飲み物もそうだけど、何よりみんなの楽しそうな笑顔。

 それが一番のご褒美だった。



 ◆◆◆



 リシャールが村でフロランスに頭を撫でられながら、宴を楽しんでいるとき。

 野営地のひと際豪華なテントの中で、ナタリーがシシリアとヘレナに問うた。


「……おい、和紙の書き心地はどうだ?」

「「最高です。今や、帳簿が楽しい作業に変わってしまいました」」


 ナタリーの問いに、二人の優秀な部下は嬉々として答える。

 これまで使用していた紙は粗悪過ぎて、帳簿や記録は時間もかかる苦痛な作業だった。

 だが、今はもう違う。

 羽ペンは滑るように走り、インクは少しも滲むことなく、文字は極めてはっきりと読める。

 あまりの素晴らしさに感動し、紙に記録する作業は楽しく最高の仕事になった。

 本部に戻ったときの、従業員たちの喜ぶ顔が目に浮かぶ。

 今度はシシリアが問う。


「ナタリー様、ヴェルガンディ家との契約はどういたしましょうか」


 彼女に改めて言われずとも、ナタリーの頭はすでに結論を出していた。


「切れ。紙の生産拠点は少ないから仕方なく発注していたが、この和紙と比べたらゴミ同然だ。もう二度と買わないと手紙を出せ。この和紙を使ってな」

「「かしこまりました」」


 二人に告げると、ナタリーは数枚の和紙を持って自室に戻る。

 ベッドに横たわるも、今日の取引を思うとすぐには寝付けそうになかった。

 和紙を触り、その手触りを楽しむ。

 明かりに透かすと、繊維の密集具合が手に取るようにわかる。

 商売を始めて長いが、未だかつてこれほど丈夫で上質な紙は見たことがない。


 ――ここ数年で最高峰の品が手に入った。


 商会の事務処理は大変に捗るだろう。

 そして、さらに、収穫はそれだけじゃない。


「……リシャールきゅん、かわいっ!」


 柔らかな黒髪に丸いお目目。

 撫で撫でしたいけど頑張って我慢した。

 ナタリーは優秀な商人であり、同時にショタコンでもあった。

 定期的にリシャールの村に顔を出すことを誓い、穏やかな眠りに就く。

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