第2話:大辺境に着いた。さっそく和紙を作ろう

「ここが“キウハダル”……すごい辺境だ」

「迷子になんないように気をつけてね、リシャールさま」

「言われなくても」


 十日ほど馬車に揺られ、僕たちは大辺境“キウハダル”についた。

 今は小さな丘の上に立って全体を眺めている。

 見渡す限りの荒れ地……というのが正直な感想だ。

 周囲に森はあるものの、元は草原だったであろう地面は所々ひび割れている。

 ちらほらと魔物がいるのも見えたりして、王都とほど近いヴェルガンディ領とは雲泥の差だ。

 フロランスが眼下を指して言う。


「リシャールさま、村あるよ」

「ほんとだねぇ」


 200mほど先に、ちらほらと家々が立ち並ぶ。

 あそこがキウハダル村で間違いないだろう。

 向かおうとしたら、フロランスが手を差しだした。


「迷子にならないよう、お手て握ってあげましょうか?」

「大丈夫だからっ」


 屋敷を出てから、よりショタ扱いされているような気がする。

 僕はこれでも立派な12歳なんだぞ。

 馬車の中だって色々と手ほどきを……こほん。

 思い出すのはまた今度にしておこう。

 歩くと十分も経たずに村の入り口に着いた。

 木でできた貧相な門が、辛うじて荒れ地との境界を主張していた。

 門の外から村に向かって呼びかける。


「すみませーん、誰かいますかー?」

「可愛いショタが来ましたよー」

「フロランスっ!」


 呼びかけるも、村から応答はない。

 フロランスと顔を見合わせたとき、数人の村人と一緒にフードを被った女性が現れた。

 ゆらりと覗いた輝く金髪が、村の雰囲気にそぐわない美しさだ。

 女性は僕たちの前に立つと、鈴が鳴るような可愛い声で話す。


「旅のお方でしょうか? あいにくと良いおもてなしはできないと思いますが、それでも良かったら……」

「いえ、僕たちは旅人じゃないんです。このたび領主を拝命したリシャール・ヴェルガンディと申します。こっちにいるのはメイドのフロランスです」

「よろ~」


 自己紹介すると、女性の澄んだ青い目が大きく見開いた。

 お付きの村人も同じように目が丸くなる。

 きっと、いきなり領主が来て驚いているのだろう。

 事前の連絡も送れなかったし。

 女性は興奮した様子で話す。


「領主様でしたか! 気づかず申し訳ありません。私はキアラと申します、どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ突然訪れてすみません。よろしくお願いします」


 僕たちはキアラさんと握手を交わす。

 彼女の方が背が高いので、お姉さんがもう一人増えた気分だ。

 ……いや、フロランスをそういう目で見たことはないのだが。

 キアラさんは村に振り返ると、口に手を当てて呼びかけた。


「みなさ~ん、領主様がいらっしゃいましたよ~」

「「……領主様ですって?」」


 キアラさんが村に声をかけると、家々からトボトボと村民が出てきた。

 老若男女合わせて、ざっと50人くらい。

 みな、衣服はボロボロで顔には疲労が滲み、どんよりとした雰囲気に包まれる。

 荒れ地からある程度予想はついたものの、実際の辛い生活が想像され心が痛んだ。

 身なりを整え直して自己紹介する。


「みなさん、初めまして。領主を拝命したリシャール・ヴェルガンディです」

「「こんな小さなお子様が領主様……」」


 村人たちは不思議そうに俺を見る。

 まぁ、子どもの領主なんて滅多にいないよね。

 キアラさんが嬉しそうにみんなに話す。


「今日はリシャール様の就任式を開かなければなりませんね。めでたいことです」


 それにしても、キアラさんはリーダーのような存在感だ。

 さっきからまとめ役みたいなオーラが醸し出されている。


「あの、キアラさんは村長みたいな役割をされていたんですか?」

「実は……私はエルフなのです」

「ええ!? エルフ!?」


 衝撃のセリフ。

 キアラさん、エルフなの?

 人間界とあまり接触しないので、滅多に会わない種族だ。

 自分の話を証明するかのように、キアラさんはフードを外す。


「見てください」

「た、たしかに、お耳が尖られてらっしゃいますね」


 キアラさんの耳は横に尖っており、伝承や文献、ついでに言うとアニメや漫画見るエルフそのものだった。

 フロランスはまったく動揺していないので、さすがは【剣聖】ジョブということか。

 驚き冷めやらぬ中、キアラさんは話を続ける。


「私は旅のエルフなのですが、数か月前魔物に襲われ倒れていたところをキウハダル村の方々に助けていただいたのです。以降、恩返しのため村に滞在しておりました」

「そうだったのですか……それは大変でしたね」

「恩返ししたい、と思うものの、実際のところまだ大したことは何もできていません。ポーションや栄養価の高い食事を作りたくも、ここで採れる素材の質が想像以上に悪く……」


 キアラさんがしょんぼりすると、村人たちが彼女を囲んだ。


「「何をおっしゃいますか。キアラ殿は回復魔法で私らの怪我や病気を治してくださるではありませんか」」


 元気がないみんなや貧相な土地の様子を見て、僕の心は申し訳なさでいっぱいになった。

 キアラさんと村人たちに向かって、丁寧に頭を下げる。


「村に来るのが遅くなり……申し訳ありません」

「「りょ、領主様!?」」

「知らなかったとはいえ、領民が苦しんでいる状況を放置してしまいました。辛い生活を強いてしまったことが悔しいし申し訳ないです」

「「頭を上げてください、領主様! 来てくださっただけでありがたいのですから!」」


 村人たちの優しさが伝わる。

 領主として導いていかなければと、より強く思った。


「何か僕にできることはありませんか?」

「「いやっ、領主様に働いていただくわけにはいきませんっ」」


 キアラさんや村人たちは慌てて拒否するも、そういうわけにはいかない。

 僕は彼らを導く責任があるんだ。


「いえ、だからこそです。領主として……皆さんの生活を良くしたいんです」


 真剣な気持ちで伝えると、村人たちは顔を見合わせる。

 しばらく互いに相談した後、キアラさんが言いにくそうに話し出した。


「……村から歩いて数時間のところに、行商人の野営地があります。いつもそこで物資を入手するのですが、この辺りで採れる素材はどれも値打ちがつかず、生活必需品の調達に難儀しています。物資と交換できるような素材や物品の確保に力を貸していただけませんか?」


 行商人は各国から集まっており、扱う通貨も異なるため物々交換が主流……という話も合わせて聞いた。

 物々交換ならむしろ都合がいい。


「ええ、もちろんです。僕のジョブは生産系のジョブなんですよ。みなさんの力になれるはずです」

「そうなのですか!? 心強い限りです! ありがとうございます、領主様!」


 キアラさん始め、村人たちの顔にほのかな笑みが浮かぶ。


 ――今こそ自分のジョブを、前世の知識と経験を活かすときだ。


 和紙を好きなだけ存分に作りたいけど、やっぱり人のためになってこそ。

 そう思いながら全身に魔力を巡らす。


「では、僕のジョブをお見せしますね……【紙すき職人】発動!」


 教会で使ったときと同じように、紙すき道具一式が現れた。

 今はもうこれがどんな道具かわかる。

 小さなお風呂みたいな桶は“漉き舟”。

 この中で和紙の材料となる木などの繊維を解して水と混ぜるのだ。

 “漉き舟”の上面にはコの字型の板がくっついており、その中央からは“馬鍬”と呼ばれる櫛状の板が中に向かって伸びる。

 この櫛で材料の繊維を解すのだ。

 開閉ギミックのある板は“簾桁すけた”。

 水中に浮かんだ繊維を拾い上げて紙にする。


 ……という旨を簡単に説明するも、案の定キアラさんや村人は要領を得ない顔だった。

 ただ一人、フロランスだけは嬉しそうに拍手する。


「リシャールさまのジョブ初めて見た。すごいカッコいいじゃん。発動できて偉いっ」

「だ、だから、人前で頭を撫でるんじゃありませんっ……こほん。僕のジョブは今お話しした通り、紙を作るジョブなんです。少し手間がかかるので、一週間から十日ほどはかかってしまいますが」

「紙でございますか。そんな貴重な品が生産できるなんて、さすがは領主様ですね。……しかし、原材料の確保はどういたしましょう」


 キアラさんは心配そうに話すも、材料の確保についてはアテがあった。

 今後ファンタジーな素材を混ぜるにしても、まずは基本的な和紙を作っておくべきだ。

 前世の経験を復習するきっかけにもなるし。


「大丈夫です。周囲に生えている木は“こうぞ”なので、紙の原料に使えるんですよ」

「楮……初めて聞きました」


 運が良いことに、“キウハダル”の周辺に生える木は楮だった。

 これだけあれば和紙の生産には困らない。

 楮が生えていなかったら別の木でどうにか代用するつもりだったけど助かった。


「では、さっそく始めますね」

「あの……私たちも見学してよいでしょうか」

「ええ、もちろんです」


 みんなも見学したいとのことで、キアラさんと何人かの村人と一緒に森へ向かう。

 葉っぱや幹を触ったりして、なるべく柔らかいものを選んだ。

 できれば、育って一年以内のものを使いたいけど、贅沢は言ってられない。

 フロランスがジョブで出してくれた剣を使い(剣もギャルっぽい)、枝を切り落とす。

 とりあえず楮はゲットできたものの、もう一つ重要な素材が必要だ。

 繊維を結びつける糊として働く、とろろ。

 トロロアオイが欲しいところだけど……そうだ。


 ――魔力で代用できないかな。


 家では嫌われていた身だけど、貴族教育はちゃんと受けさせてもらった。

 魔力は訓練すると、その性質を変化させられる。

 家庭教師の先生の指導を受ける中、糊みたいな粘着性を付与できたこともあった。

 うまく使えば、とろろみたいになるはずだ。

 一度村に戻って作業を始めると、村人がたくさん集まってきた。

 僕のことをわかってもらう良い機会にもなりそうだ。

 お鍋を借りて、楮の枝を数時間ほど蒸して柔らかくする。

 表面の皮を剥いで中身の白皮を取り出したところで、フロランスが笑いながら言った。


「そのうち、リシャールさまの皮も剥いてあげないとねぇ。局部の」

「「?」」

「フロランス!」


 いきなり何を言い出すの!

 キアラさんたち一同はよくわかっていなさそうなのが、不幸中の幸いだった。

 何はともあれ、白皮を干して今日は一旦終了だ。

 乾燥させないとカビてしまうからね。


 陽が沈んで、夜。

 みんなが用意してくれたお家で、フロランスと一緒に暮らすことになったわけだが……。


「リシャールさまを抱き枕にして寝るのが夢だったんだよね」

「は、離しなさいっ」


 ギュッと抱きしめられる(正面から)。

【剣聖】ジョブ持ちだからか、力が強くて離れることができない。

 結局、良い匂いをかぎながら寝ることになってしまった。


 数日後、朝食や諸々の準備を終えた後、さっそく和紙作りを再開した。

 白皮を水に漬けて戻し、灰汁を加えて不純物を取り除く。

 塵やゴミを丁寧に除去したら、木の棒で叩いて皮全体を柔らかくする。

 ここまで来たら下準備は完了だ。

 “漉き舟”に水と解れた白皮を入れ、精神を整える。


 ――家庭教師の先生に教えてもらったことを思い出すんだ。


 実家での勉強や修行を振り返る。

 “漉き舟”の中に手を入れ、魔力を溶かし込むようなイメージでじわじわと放出した。


 ――……よし、頑張れ、リシャール。


 水を掬うように簾桁をバシャバシャと動かし、紙の繊維を集める……のだが、人間国宝を目指してた前世を思い出しテンションが上がってしまった。


「最初にやるのは、かけかけかけ“掛け流し”ぃ! 薄くて均等! 繊維を表面全体に行き渡わせるよぉ! これをすると塵やゴミがつかなくなるのー!」

「「りょ、領主様!?」」

「あははっ、リシャールさまは好きなことに熱中するタイプなんだねぇ」


 村人たちの驚く声とフロランスの笑い声が聞こえる気がするけど、一度上がったテンションは紙漉き終わるまで下がらないぃぃい!


「次にやるのは、ちょちょちょちょ“調子”ぃ! 簾桁をすこ~し深く差し込んでぇ!? 繊維を仲良く絡めるのぉ! お手てを繋いで良いねぇ、良いねぇ! 良い調子ぃ!」

「「す、すごい、勢いだ」」

「ハイテンションはリシャール様も可愛いよ。食べたいちゃいくらい」


 聞き捨てならないセリフを言われたような気がするも、そんなことを考える余裕もない。

 紙漉きが……紙漉きが…………紙漉きが楽しすぎるのぉ~!


「最後は“捨て水”だよぉ! 要らないお水はバイバイねぇ! ……はい、できた!」


 ……紙漉き終わり。

 テンションが急激に下がり、恥ずかしさがあふれる。

 反省しなきゃと思うけど、前世からいつもこう。

 和紙の元を丁寧に剥がし、木の板に重い石を乗せて水分を抜く。

 しばらくしたら板に張って完了。

 真っ白な紙が青空に映え、なかなかに美しい光景だった。

 キアラさんも村人もフロランスも、嬉しそうに眺める。


「「いやぁ、美しい白さですねぇ。パワーあふれる領主様を見たら、なんだか元気が出ました」」

「ウチもリシャールさまの新しい一面が見えて良かったよ」

「うん……忘れて」


 後は乾燥させて完成となる。

 基本的に和紙の近くで過ごし、雨が降りそうなときは回収する生活を送った。



 □□□



 “キウハダル”に来てから十日ほど。

 とうとう、和紙が完成した。

 太陽に輝く純白の紙……。

 大好きな相棒と世界を超えて再会できた気分だ。


「みなさん、できましたよ! これが和紙です!」

「「おおお~、これが! すごい手触りだ! 引っぱっても破れる気配がしないぞ!」」


 和紙をみんなに配ると、村人たちから歓声が上がる。

 キアラさんとフロランスもまた、和紙を触っては喜ぶ。


「これほど上質な紙は、長い人生でも初めて見ました。……素晴らしい紙です」

「なんだか、文字を書きたくなっちゃうね。こんなすごい紙が作れてリシャール様、偉いっ」

「だ、だから、僕の頭を撫で撫でして胸に押し付けるのはやめさないっ」


 触ってみたり、日光に透かしたり、村人たちも楽しそうに和紙を楽しむ。

 日本の和紙は異世界でも通用する。

 そんな思いが僕の心には強くあった。


 ――絶対に良い物資を手に入れてみせる。村の暮らしを少しでも良くするために……。


 和紙の在庫を生産するうち、あっという間にさらに十日ほどが過ぎてしまった。

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