第93話 駄目、涼也が参加するのはもう既に決定事項

「……ってわけで俺は玲緒奈に何もやってないからな」


「ふーん、涼也は何もしなかったんだ」


「私に手を出せそうなチャンスなんて中々無いのに勿体無い事をしちゃったね」


 体育倉庫から脱出した帰り道、俺はなぜか不機嫌になってしまった玲緒奈と里緒奈から冷たい視線をこれでもかというほど向けられていた。

 どう考えても正解の選択肢を選んだはずなのにこの扱いは理不尽過ぎやしないだろうか。二人とは何だかんだ付き合いが長くなってきたが相変わらずこういう場面の最適解は全く分からない。


「そうそう、涼也君には後夜祭まで付き合って貰う事にしたからよろしくね」


「えー、後夜祭って確か陽キャ向けのイベントだろ? 会場のノリについていける気がしないんだけど」


「駄目、涼也が参加するのはもう既に決定事項」


 最近はそもそも存在しない学校も多いらしいがなぜかうちは未だに後夜祭が実施されている。言うまでもなく参加しているのは学校でも陽キャと呼ばれる層がほとんどであり俺のようなモブは基本的に参加しない。だがこうなった玲緒奈と里緒奈は止められないため諦めるしかなさそうだ。


「そもそも後夜祭って具体的にはどんな事をしてるんだ? 去年はさっさと帰ってダンジョン周回をしてたから全然内容を知らないんだよな」


「第一部と第二部があって、去年の第一部は体育館のステージを使ったバンドとかカラオケ大会みたいなイベントをやってたよ」


「第二部はグラウンドでキャンプファイヤーを囲んでダンスをする」


「……なんて言うかザ青春って感じだな」


 第二部のキャンプファイヤーを囲んだダンスなんてどう考えてもカップルがイチャイチャするためのイベントとしか思えない。そしてこのご時世でよくキャンプファイヤーなんて出来るよな。

 アニメや漫画などで描写される学園祭の夜にキャンプファイヤーをやるのは定番だが、現実は安全上の理由などで絶滅危惧種だって聞いたことがあるし。まあ、その辺りは生徒会や学校側が上手く交渉や調整をしてやっているのだろう。


「ちなみに第一部で告白大会ってイベントもある」


「多分公開告白するんだとは思うけどよくそんな胃が痛くなりそうなイベントに参加する気になるよな。勇気を出して告白した結果、相手にこっ酷く振られたら絶対に最悪だろ」


「でもそこでカップルが何組も生まれてるみたいだから毎年人気のイベントなんだって」


 玲緒奈や里緒奈は好きそうだが俺のような捻くれたぼっちの俺としては目の前でカップルが誕生しても全く楽しくない。そんな事を考えながら俺達は帰り道を歩み続ける。


「そう言えば明日は演劇の練習だよな、玲緒奈は大丈夫そうか?」


「うん、私はもうセリフとか動きとかもほぼ覚えられたから特に問題ないと思う」


「流石だな、俺はセリフがまだそんなに覚えられていないから必死に頑張ってる」


「涼也の白雪姫、楽しみにしてるから」


 白雪姫の声に関しては裏から女子に喋らせて俺は動きだけを担当するという案も出てはいたが、色々と議論をした末に結局俺の地声で行く事になったのだ。

 見た目と声のギャップがあった方がインパクトがあるという玲緒奈の意見が採用されてそうなってしまった。主役でセリフもめちゃくちゃ多いため覚えるだけでも大変であり、演技指導が入る事まで考えると形になるまではかなり時間がかかりそうだ。


「あっ、でも一つだけ不安な場面があってさ」


「どこなんだ?」


「白雪姫をキスで起こすシーンがしっくりこないんだよね、だからこれから涼也君の部屋に行ってキスの練習をしてもいいよね?」


「いやいや、どう考えてもいいわけないだろ!?」


 一体何を言い出すのかと思えばあまりにもぶっ飛んだ事を言い始めたため俺は思わずそうツッコミを入れた。そもそもキスはあくまでするふりなのだから練習をする必要すらない。


「えー、前はキスしてくれたじゃん」


「あれは不慮の事故だからな」


 あれは観覧車の揺れによって偶発的に起こった事故であって俺の意思ではないのだ。すると黙っていた里緒奈が口を開く。


「なら代わりに私とする?」


「それもおかしいからな」


 あんまり童貞を揶揄わないで欲しい。万が一俺が本気にして本当にキスをしようとしたらどうする気なんだよ。

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