第91話 それはその時になってのお楽しみって事で

 数日間に分けて行われた学園祭に関するホームルームで決めなければならない事が全て決まったため今日から本格的な学園祭の準備期間に突入した。

 俺達の学校の学園祭は文化祭に相当する文化の部を二日間、体育祭に相当する体育の部を一日行うため準備したり練習しなければならない事が非常に多い。そのため準備期間は結構長めに取っているのだ。

 授業まで短縮して学園祭準備の時間にあてるため勉強が嫌いな生徒にとっては天国に違いない。そんな事を考えながら俺は現在グラウンドで準備運動をしている。


「準備運動もそのくらいで終わりにしてそろそろ練習を始めようよ」


「そうだな、俺が足を引っ張って玲緒奈に恥はかかせられないし全力で頑張るわ」


 結局二人三脚への出場が決定してしまったが、やる事になった以上本気で取り組むつもりだ。これが個人種目ならそんなに頑張るつもりなんてなかった。

 だが玲緒奈とタッグを組んで一緒に走る以上絶対に手は抜けない。俺のせいでボロ負けして玲緒奈まで馬鹿にされるような事はあってはならないのだ。俺の言葉を聞いた玲緒奈は一気に上機嫌になった。


「じゃあ私を満足させられるように頑張ってね」


「ああ、俺が珍しく本気を出すんだから期待しててくれ」


「涼也君の本気を楽しみにしてるよ」


 そんな話をしながら俺達は体を密着させて足首に紐を結ぶ。修学旅行の時も玲緒奈と密着する場面はあったが相変わらず柔らかかった。

 めちゃくちゃドキドキさせられる俺だったが何とか煩悩を退散させる。先程本気を出す宣言をしたばかりなのだからいきなり失敗なんて出来ない。


「最初は私から見て左足、涼也君から見て右足からスタートしようか」


「オッケー、分かった」


 どちらの足から踏み出すかを決めた俺達はせーのという掛け声でスタートする。最初という事もあってあまり上手くは走れなかったが今のところ転ばずに済んでいるため滑り出しはまずまずだ。


「周りは結構苦戦してるみたいだね」


「だな、スタートからいきなり転ぶのは流石に打ち合わせ不足だろうけどその辺りをしっかり話してそうな奴らも中々上手くいっていないみたいだな」


「やっぱり私達って相性抜群じゃない?」


 玲緒奈はニヤニヤしながらそんな事を俺に聞いてきた。それに対して俺は特に何も考えずに思った事をそのまま口にする。


「周りより上手くいってるのは俺と玲緒奈の身長がほぼ同じだからだろ」


 身長差があると歩幅も変わってくるためその辺りが苦戦の原因に違いない。現に俺達と同じように身長差がそんなにないペアは比較的上手くいってるっぽいし。そこまで考えたところで俺は自分がやらかしてしまった事にようやく気付く。

 玲緒奈や里緒奈が俺に対してこういう質問をしてくる時はロマンチックな答えを望んでいる。それに対して俺はロマンチックさのかけらもない返答をしてしまった。今まで同じような失敗を散々してきたというのに俺は全く学習能力がなかったらしい。


「……さっきはカッコいい事を言ってたと思ったのに一気に残念になって悲しいんだけど」


「ごめんって」


「やっぱり涼也君には教育が必要かもね」


「教育って一体何をするつもりだよ……?」


「それはその時になってのお楽しみって事で」


 玲緒奈は悪い笑みを浮かべながらそう口にした。どう考えてもろくな内容とは思えない。もう既に手遅れな気もするが発言には注意しよう。

 それから水分補給などを挟みながら俺達はしばらく練習を続けだいぶ様になってきた。一日経てば感覚を忘れそうだがこの感じならすぐに思い出せるはずだ。


「……もうこんな時間か」


「楽しい事は時間が早く感じるって言うけど本当みたいだね」


「ああ、そうだな」


 先程のやらかしから学んだ俺はそう答えた。今回の回答が正解かまでは分からないが少なくとも失敗ではないはずだ。


「って事は涼也君も私と二人三脚して楽しいって思ってくれてるんだ」


「まあ、一応そうなるかもしれないな」


「涼也君って相変わらず捻くれてるね」


「これが俺って人間だ」


「うん、知ってる」


 玲緒奈や里緒奈とは何だかんだ非常に密度濃い時間を過ごしているため俺がこういう人間である事は知り尽くしているに違いない。そんなやり取りをしながら俺達は使った道具を他の同級生達と一緒に体育倉庫の中に片付ける。


「よし、これで最後かな」


「ああ、これを片付けたらさっさと戻ろうぜ」


「だね、まだ暑いから汗もかいたし早く着替えたいよ」


 俺達が今運んでいるカラーコーン体育倉庫に片付ければ今日の練習は終わりだ。体育倉庫の手前がいっぱいだったため奥の方に運んでいると、入り口の方からバタンという重い扉の閉まる音とガチャっという鍵がかかるような音が聞こえてきた。


「……なあ、鍵が閉まるような音が聞こえてきたのは俺の気のせいか?」


「ううん、私にも聞こえた」


「ひょっとしてまさかとは思うけど閉じ込められたりしてないよな?」


「とりあえず確認しよう」


 俺と玲緒奈は大急ぎで入り口に戻ると扉を開けようとするがびくともしない。あっ、これマジで閉じ込められたパターンじゃん。

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