第90話  へー、涼也君的には私以外はあり得ないんだ

 憂鬱な気分のままクラスを出て里緒奈と合流した俺達は帰り始める。


「涼也とお姉ちゃんのクラスは演劇決まった?」


「うん、私達は白雪姫になったよ。ちなみに白雪姫役は涼也君だから」


「涼也が白雪姫なんだ」


「……ああ、主に玲緒奈の策略が原因でそうなった」


「策略だなんて人聞きが悪いな、普段は主役になれない涼也君の見せ場を作ってあげるために推薦してあげたんだよ?」


「やっぱりお姉ちゃんは優しい」


 もっともらしい事を言っているがどう考えても玲緒奈の私利私欲としか思えない。寝落ちしてしまった事を激しく後悔する俺だったがよくよく考えれば起きていても止められなかったはずだ。悲しいがクラスの中で存在感が皆無な俺と人気者な玲緒奈とでは影響力が圧倒的に違い過ぎる。


「あーあ、台風でも直撃して学園祭が中止になったりしないかな……」


「そうなっても大丈夫なようにちゃんと学園祭の予備日が用意されてる」


「うん、だから涼也君は何も心配しなくていいよ」


「冗談でつぶやいた事に対してマジレスされると普通に辛いんだけど」


 やはりどうあがいても俺は演劇からは逃げられないようだ。大勢の前で女装姿を晒すっていうのは中々の拷問だろ。

 そのせいでお婿に行けなくなったら一体どう責任を取ってくれるんだ。あっ、でも俺を夫として迎えくれてくれる女の子なんてどこにもいないから無用な心配か。


「そうそう、明日のホームルームも結構重要な事を決めるから今度は寝ないようにね」


「えっと……何を決めるんだっけ?」


「あれっ、確かホームルームの途中でさんざん話してたと思うけど?」


「ごめん、記憶にないから多分その時は寝てた」


「涼也君って本当涼也君だよね」


「やっぱり涼也は涼也」


 俺の言葉を聞いた玲緒奈と里緒奈は呆れ顔だった。てか、俺の名前を悪口みたいに使うのは辞めろ。


「明日は体育の部の種目決めだよ」


「ああ、あれか……」


「涼也が浮かない顔をしてるのはどうして?」


「去年色々あったんだよ」


 去年の種目決めの際に不人気で誰も選ばなかった千五百メートル走に出場させられる事になった悪夢が蘇ってきて凄まじく憂鬱な気分にさせられてしまった。

 ぼっちの俺に押し付けるとか悪魔の所業としか思えない。だから去年の学園祭は割とマジで仮病を使って休もうか本気で悩んだ事はいまだに覚えている。


「涼也君には二人三脚に出て貰うからそのつもりでお願いするね」


「えっ、二人三脚って男女混合のあれだよな? どう考えても陽キャ向けの種目じゃん」


 こういうのは青春を満喫している恋人がいるような一部の特権階級層だけが楽しむ種目だ。そのため俺のような陰キャが参加して良い種目では無い。そもそも俺と組んでくれそうな女子がいるとは思えないためその時点で無理だ。


「ちなみに涼也君のペアは私だからよろしく」


「一応聞くけど本当にそれで良いのか? 他の選択肢もあるとは思うんだけど」


「……ねえ、それってどういう意味?」


「まさか涼也は他の女子とペアを組むつもり?」


「一体どこの誰なのかを私と里緒奈に詳しく教えて欲しいな」


 玲緒奈と里緒奈は無表情になって俺に詰め寄ってきた。二人の目は完全に据わっており俺の発言次第では殺されるかもしれないという迫力がある。

 俺の言葉の意図としては二人三脚以外の種目にはならないのかというものだったが、どうやら二人は玲緒奈以外の女子と組みたがっているという意味で捉えてしまったらしい。


「いやいや、今のは二人三脚以外の選択肢はないのかって意味で、二人三脚に出るなら玲緒奈以外は絶対にあり得ないから」


 玲緒奈以外の女子とは交流がない上に夏休み前の財布事件の一件で避けられている節があるため他の選択肢なんて無いのだ。


「へー、涼也君的には私以外はあり得ないんだ」


「今の言葉は一言一句しっかり覚えておく」


 さっきまで体からドス黒いオーラを撒き散らしていた玲緒奈と里緒奈だったが、さっきまでとは打って変わって上機嫌になったため何とか窮地を脱する事が出来た。

 もうこれ以上余計な事を言うのは辞めておこう。精神的に負荷のかかるやり取りをしたせいでかなり疲れてしまった俺だが、すぐに家には返してもらえず玲緒奈と里緒奈にしばらく付き合わされた。

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