第80話 へー、涼也君って意外とその辺りの事をちゃんと気にしてるんだ

 安井金比羅宮を後にした俺達はバスに乗って移動を開始する。次の目的地は玲緒奈が希望した下京区にある府立水族館だ。


「やっぱりバスの中も周りは皆んな関西弁だね」


「だな、関西だと俺達みたいな標準語の方が周りから浮くしここではマイノリティだ」


「それなら涼也も関西弁を喋ってみたらどう?」


「いやいや、どう頑張ってもエセ関西弁にしかならないから」


 関西人はイントネーションなどの違いですぐエセかどうか分かるらしいので一瞬でバレるに違いない。そしてエセ関西弁はめちゃくちゃ嫌われると聞いたので下手したら袋叩きにされそうだ。


「ちなみに京都と大阪は同じ関西弁でもちょっと違うらしいよ」


「京都弁の方が少しだけ柔らかい印象」


「やっぱり地域で違いは出るよな、多分聞いても分からないだろうけど」


「だよね、私も絶対分からない気がする」


 岡山県生まれの母さんは良く似た広島弁や鳥取弁も聞くだけで岡山弁ではないとすぐに分かるらしいが俺は聞いても全く分からなかった。

 やはり実際に使ってないと見分けられないのだろう。そんな雑談をしながらバスに揺られているうちに目的地である府立水族館に到着した。

 ここは日本で初の人工海水利用型の水族館で人気を博しているようで府外からも多くの人が来るらしい。現に平日だというのに館内は多くの人々で溢れかえっている。


「あっ、二人とも見て。あそこにオオサンショウウオがいるよ」


「へー、あれがオオサンショウウオなのか。写真では見た事あったけど実際に見るのは初めてだ」


「国の特別天然記念物に指定されてて中々見れないからこのチャンスにしっかり見ておいた方がいい」


 里緒奈はいつも通りのクールな表情を浮かべながらスマホで写真を撮りまくっていた。オオサンショウウオは気持ち悪いという意見と可愛いという意見に分かれているらしいが間違いなく里緒奈は後者だろう。


「やっぱり色々な種類の魚がいるんだな」


「どれもカラフルで可愛いよね」


 オオサンショウウオにべったりな里緒奈を横目で見ながら周りを見渡すと色々な海の生物が入った複数の水槽が俺達の目に飛び込んでくる。


「この水槽は多種多様な京都の海を再現してる」


「もうオオサンショウウオには満足したのか?」


「もう十分過ぎるくらいは堪能した」


 いつの間にか俺達の隣に戻っていた里緒奈に問いかけるとそう答えてくれた。そして府立水族館に関してもしっかりと予習済みのようだ。

 それから俺達は三人で館内を回り始める。俺や玲緒奈とは違い博識な里緒奈は海の生物にも精通していたため分かりやすく解説してくれた。

 里緒奈はこういう雑学系の知識からアニメやゲームなどのエンタメも意外と知っているため本当に何でも知っているのではないかと思ったりする事がたまにある。リオぺディアというあだ名がついてもおかしくないレベルだ。


「あれってドクターフィッシュじゃない?」


「みたいだな、確かドクターフィッシュって確か角質を食べる魚だったっけ?」


「そう、美容や健康にも効果があるから人間にとっては有難い存在」


 そう言い終わった里緒奈は何の躊躇いもなく水の中に右手を入れる。するとドクターフィッシュ達がどんどん集まってきた。


「……角質って食べられても痛くはないの?」


「全く痛く無いから心配はいらない」


 玲緒奈は少し抵抗があったようだが里緒奈の言葉を聞いて恐る恐る水槽の中に右手を浸ける。すると玲緒奈の顔に笑みが浮かぶ。


「痛くないけどちょっとくすぐったいね、涼也君もやってみたら?」


「俺は辞めとくわ、両指にはめてるペアリングが心配だし」


 そう言って俺は玲緒奈と里緒奈の誕生日会以降半ば強制的に毎日付けさせられているペアリングを二人に見せつける。大丈夫とは思うが万が一水槽に手を突っ込んで傷付くと後が怖い。


「へー、涼也君って意外とその辺りの事をちゃんと気にしてるんだ」


「まあ、一応はな」


「涼也偉い」


 言うまでもなく玲緒奈と里緒奈も毎日左手の薬指にペアリングをしっかりとはめており夏休み明けすぐは話題になっていたりもした。二人が左手薬指に指輪をはめていたら話題にならない方が無理だ。

 今では当たり前の光景過ぎてもはや誰も突っ込まなくなったが陰では同じタイミングで両指にペアリングをはめ始めた俺が二人の弱みを握って強要しているという噂もあったりしたしマジで面倒だった。

 どちらかというと俺が玲緒奈と里緒奈に色々な弱みを握られてつけさせられている側な気もするが、それを説明したとしても多分誰一人信じてくれないだろう。少なくとも俺が周りの人間という立場なら間違いなく信じない。

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