第61話 大丈夫、里緒奈は多分嫌がらないから

 その後は特に何事も起きず卵だけを買って家へとまっすぐ戻った俺達だったが玲緒奈が何か思いついたようで澪に話しかける。


「ねえ、今日のオムライスは私が作ってもいいかな?」


「えっ、玲緒奈さんが作ってくれるんですか?」


「うん、涼也君が私の実力を疑ってるみたいだから見せつけようかなと思ってさ」


「それなら玲緒奈さんにお任せします、キッチンにある道具は自由に使ってくれて大丈夫なので」


「俺は部屋に戻ってるから頑張ってくれ」


 そう言い残して部屋に戻ろうとする俺だったが玲緒奈から制服の袖を掴まれて阻止されてしまう。


「あっ、涼也君にも手伝って貰うから逃がさないよ。いつもは里緒奈と一緒だから一人だとやりづらいし」


「俺料理はめちゃくちゃ苦手だから里緒奈の代わりをするのは多分無理だぞ」


 実際に小学生や中学生の時の調理実習の時は数々の失敗を繰り返して最終的には洗い物担当に回される事が多かったし。だから家事の分担も料理担当は澪になっている。


「そこは大丈夫、里緒奈も料理はかなり壊滅的だからさ」


「そうなのか? ちょっと信じられないんだけど」


「あの子に包丁を持たせたり火を使わせたりするのはちょっと無理なんだよね……」


 玲緒奈は諦めたような表情で遠い目をしながらそう語った。あっ、これマジなやつだわ。里緒奈はその辺をそつなくこなしそうなイメージがあったため正直かなり意外だ。


「って訳で基本的な料理は私がするから涼也君はサポートしてくれるだけでいいよ」


「了解、指示してくれ」


「じゃあ、とりあえずお米の準備をしてもらっても良い? 私はコンソメスープから作り始めるから」


「オッケー」


 俺はキッチンに置かれていた米袋を開き計量カップで測りながら米を取り出す。そしてボウルとザルを使って研いで炊飯器に入れてボタンを押す。

 いくら料理が苦手な俺でも流石にこのくらいであれば出来る。その隣ではエプロン姿の玲緒奈が慣れた手つきで手際よくジャガイモや玉ねぎ、キャベツを切り鍋で煮始めていた。


「めちゃくちゃ様になってるな」


「本当?」


「ああ、マジでいい奥さんになりそう」


 俺が思った言葉をストレートにそのまま伝えるとそれを聞いていた玲緒奈はニヤニヤし始める。


「それって私に奥さんになって欲しいって意味?」


「いやいや、そんな事は一言も言ってないだろ。いくら何でも曲解し過ぎだって」


「まさか涼也君が私を口説いてくる日が来るなんてな」


 めちゃくちゃな事を言い始めたため誤解を解こうとしたが玲緒奈は聞く耳を持ってくれなかった。さっきの言葉をどう捉えたらそういう解釈になるのかさっぱり分からない。

 まあ、そもそもとして玲緒奈や里緒奈のぶっ飛んだ思考を理解する事自体が不可能な話なわけだが。それから二人で協力しながら料理を作り続けついに完成した。


「私と涼也君との共同作業で作ったと思うとなんか嬉しいね」


「共同作業って言えるほど俺は役には立ってないと思うけど確かに達成感はあるな」


 俺達の目の前には綺麗に盛り付けられたオムライスとコンソメスープ、付け合わせのサラダが広がっており一仕事終えた感がある。


「里緒奈と澪ちゃんを呼んできてくれない?」


「分かった、行ってくる」


「ありがとう、その間に私はテーブルに並べておくね」


 ひとまず俺は澪の部屋に向かう。扉をノックして中に入ると澪は勉強机に向かって課題に取り組んでいた。


「晩御飯出来たぞ」


「あっ、もうそんなに時間経ってたんだ」


「俺は里緒奈を起こしに行くから先に行っててくれ」


「うん、ありがとう」


 澪の部屋を出た俺は自分の部屋に入る。ノックをしても反応が無かったためまだ眠っているようだ。


「里緒奈起きろ」


 とりあえず俺のベッドでぐっすりと眠っている里緒奈に対してそう声をかけてはみたが残念ながら微動だにしない。

 今度は軽く体を揺さぶってみるがそれでも起きそうな気配はなかった。これが父さんであれば引っ叩いて起こすのだが流石に里緒奈にはそんな手荒な真似をするわけにもいかない。

 困った俺は優しく女の子を起こす方法をスマホで調べ始める。すると検索結果の一番上に表示されたページにはキスをすれば目覚めるなどとふざけた事が書かれていた。言うまでもなくそんな大それた事は出来るはずがない。


「……てか本当に無防備だよな、ここ一応男子の部屋なんだけど」


 俺がその気になれば無抵抗のまま口に出せないあんな事やこんな事をされる可能性がある事は分かっているのだろうか。

 まあ、そんな社会的に死ぬような行為は絶対にしないが。その後もしばらく呼びかけたり軽く揺さぶったがやはり里緒奈は起きそうにない。


「マジで起きないな、こうなったらキスしたら起きるでも試してみるか……?」


「うん、良いと思う」


「それは駄目だろ……って何でここにいるんだよ!?」


 いつの間にか後ろにいた玲緒奈の姿を見て驚いた俺は思わずそう声をあげた。


「涼也君と里緒奈が中々来ないから様子を見にきたんだよ」


「めちゃくちゃびっくりしたぞ、てか来てくれたんなら玲緒奈も里緒奈を起こすのを手伝ってくれないか?」


「やっぱりここは王子様のキスで目を覚まさせるのがいいんじゃない?」


「だからそれは不味いだろ」


「大丈夫、里緒奈は多分嫌がらないから」


 そう言って玲緒奈は俺の腰に手を回してそのままベッドに押し付けようとしてくる。もちろん抵抗する俺だったが玲緒奈が耳に息を吹きかけてきたせいで体の力が一気に抜けてしまう。

 当然玲緒奈がそんな隙を見逃してくれるはずもなく俺は里緒奈に覆い被さるような体勢でベッドに倒される。その瞬間里緒奈のまぶたがぱっちりと開いた。


「……涼也、もしかして寝込みの私を襲おうとしてた?」


「ち、違うから」


 やっと目覚めてくれたがタイミングがあまりにも最悪過ぎだ。てか、何で里緒奈はちょっと残念そうな顔をしてるんだよ。

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