第39話 それは人生の十分の九くらい損してるよ

 四人で遊んだ日から数日が経過し、世間ではお盆と呼ばれる時期に突入していた。いよいよ今年の夏休みも終盤であり終わりが近い。

 例年であればちょうど今くらいの時期から慌てて宿題を始めて地獄を見る俺だったが今年は里緒奈のおかげでもう全部終わっている。

 だから毎年のように感じていた夏休み後半のプレッシャーはほとんど無かった。今日はこれから玲緒奈と里緒奈と一緒に千葉県である木更津の花火大会へ参加する予定で現在はバスで東京湾アクアラインを移動中だ。

 ちなみになぜ千葉なのかと言うと都内で開催される有名な花火大会に玲緒奈と里緒奈はここ数年で全部参加したため他が良かったからという理由だったりする。

 やはり夏休みは基本的にずっと家にこもっている俺のような陰キャぼっちとは住む世界が違うらしい。まあ、今年は俺が常々爆発して欲しいと願っているリア充のような過ごし方をしているが。


「今日の花火大会は一万三千発上がるんだって」


「今年はまだ花火を見てなかったから楽しみ」


「俺なんて三年ぶりくらいな気がするんだけど」


 去年は澪に誘われて近所の夏祭りに参加したが花火はなかったため本当に久々だ。すると俺の言葉を聞いた玲緒奈と里緒奈が声をあげる。


「えー、そうなの? それは人生の十分の九くらい損してるよ」


「花火大会に参加しない夏なんて夏じゃない」


「十分の九ってほぼ損じゃん、いくらなんでも花火大会のウェイトがでか過ぎるだろ」


 俺とは価値観が違い過ぎて全く理解出来ない。これがメインキャラクターである二人とモブキャラBでしかない俺の違いだろう。そんな事を考えていると窓の外が明るくなる。


「あっ、アクアトンネルを抜けたみたいだよ」


「やっぱり太陽の光があった方が落ち着くな」


「アクアブリッジからの景色が楽しみ」


「じゃあ約束通り海ほたるに寄ろうか」


「そうだな、そのためにわざわざ昼過ぎに出発したわけだし」


 一階から五階まである海ほたるには様々な施設があるためここだけでも普通に楽しめそうだ。それからバスを降りた俺達はその足で五階にある展望デッキへと足を運ぶ。

 三百六十度見渡す事が出来る展望デッキからの景色はとにかく絶景だった。快晴という事もあって富士山も見えており玲緒奈と里緒奈は楽しそうにスマホで写真を撮っている。


「せっかくだし三人で写真を撮ろうよ」


「俺は遠慮しとくから二人で撮ってくれ」


「駄目、涼也も一緒」


 逃げようとするが玲緒奈と里緒奈から腕を掴まれてしまう。結局玲緒奈と里緒奈から両脇を挟まれて撮影をするはめになった。今までもこんな感じで誘われる事が何度かあったが一度たりとも逃げられた試しがない。


「てか、いつも思ってるんだけど撮った写真はどうしてるんだ?」


「ああ、涼也君と一緒に撮った写真は全部私のSNSにアップしてるよ」


「えっ、マジで!?」


 玲緒奈はスマホの画面を俺に見せてきたわけだがそこには東京インクルージョンスクエアや美観地区の写真など今まで撮ったであろう写真がずらりと表示されていた。

 陽キャな玲緒奈のSNSはどう考えてもフォロワーが多そうなので間違いなく多くの人から見られているはずだ。いやいや、完全に晒し者になってる気しかしないんだけど。


「一応このアカウントは鍵垢になってるからそこは安心して」


「お姉ちゃんの友達しかいない」


「いやいや、安心できる要素が全くと言っていいほど無いんだけど……」


 玲緒奈の友達は基本的にトップカーストの陽キャばかりなのでそいつらから見られているのは中々にきつい。


「あっ、涼也君良かったね。澪ちゃんからいいねが送られてきたよ」


「澪もフォロワーなのかよ」


「私もしっかりいいねした」


 俺はそんな陽キャ御用達なSNSなんてやっていないし、やるつもりはなかったが玲緒奈の投稿を放置するのもまずい気がする。監視のためだけにアカウントを作るか本気で悩み始めた事は言うまでもない。

 それから展望デッキを堪能した俺達は四階降りてお土産物を見始める。海ほたるをモチーフにしたゆるキャラのグッズなどが置かれていたため澪へのお土産としてキーホルダーを買う事にした。その後も海ほたるをしばらく散策する俺達だったが乗る予定のバスの時間が近付いている事に気付く。


「そろそろバス乗り場に戻るか?」


「その前に一つ行きたいところがある」


「うん、実は海ほたるに来たのはそれも大きな目的だったりするし」


 玲緒奈と里緒奈の案内でその場所へと向かい始める。少ししてたどり着いた見晴らしの良い場所には大きな鐘があった。


「なるほど、これが目的か」


「そうそう、この幸せの鐘を鳴らしたくてさ」


「大切な人へ想いを込めて鳴らすと想いが深まって心に届く」


「だから三人で一緒に願いを込めて鳴らそうよ」


 さっきから鐘を鳴らしているのはカップルばかりのため多分そういうスポットなのだろうがせっかくここまで来たのだから付き合う事にしよう。

 俺達は三人でロープを掴むと鐘を揺らす。綺麗な音が鳴り響いたためちょっと心地よかった。玲緒奈と里緒奈は真剣な表情を浮かべていたが一体何を願ったのだろうか。

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