第30話 涼也は私達が幸せにする

 その後も三人で美観地区の散策を続けている気付けば夕方になっていた。現在は借りていた着物を返却している最中だ。


「いっぱい散策して疲れちゃったね」


「三人で結構色々見て回ったもんな」


「楽しかった」


「じゃあそろそろ今日の宿へ移動しよう」


「そうだね、じゃあ涼也君案内よろしく」


 俺達は美観地区を出て雑談しながら倉敷駅方面へと歩き始める。今日は俺のおばあちゃんの家に三人で泊まる予定だ。ちなみにおばあちゃんには母さんが既に話をしているらしい。

 玲緒奈と里緒奈はその辺りの事をしっかり俺の母さんと交渉していたようで本当に抜け目がなかった。美観地区を後にしてから少し経ち倉敷駅に到着した俺達は電車に乗って一駅東に移動する。

 そして電車を降りた俺達はそのまましばらく歩き続けてグレープスタジアムという名前をした野球場のすぐ側にある一軒家の前へと到着した。


「着いたぞ」


「ここが涼也のおばあちゃんの家なんだ」


「野球場の近くって試合がある日とかはめちゃくちゃ賑やかそうだね」


 二人が口々に感想を漏らすのを聞きながら俺は神木という表札の下に設置されていたインターホンを押す。すると少ししてインターホンから声が返ってくる。


「はい、神木ですが」


「あっ、おばあちゃん。俺だよ、涼也」


「涼也か、すぐ鍵を開けるけぇちいと待っとって」


 インターホンの向こう側にいるおばあちゃんは相変わらずコテコテの岡山弁でそう言い残した後、すぐに玄関の扉を開けて出てくる。


「遠いところからよう来たな、元気じゃったか?」


「うん、おばあちゃんも元気そうで良かった」


「この間会うた時より大きくなっとらん?」


「残念ながらほとんど身長は伸びてないんだよな」


 おばあちゃんは俺に会うたびに大きくなったかと聞かれているが去年より一センチしか伸びていなかった。百七十センチ以上の夢は諦めきれないが成長期が終わりかけている事を考えるともし伸びたとしてもせいぜい一センチが関の山だろう。


「澪ちゃんはおらんのか?」


「ああ、今日はオープンキャンパスのついでに来ただけだから」


「そうか、そりゃあちいと残念じゃなぁ。ところで涼也の後ろにおる背の高えでーれーべっぴんはもしかして沙也が電話で言ってた連れかのう?」


 おばあちゃんは俺の後ろにいた玲緒奈と里緒奈の存在に気付いてそう声をあげたためすぐさま説明をする。


「そうそう、同じ高校の同級生で一緒に岡山市立大学のオープンキャンパスに来たんだよ」


「初めまして涼也君の同級生で剣城玲緒奈って言います」


「同じく剣城里緒奈」


 二人はそれぞれおばあちゃんに自己紹介をした。それを聞いていたおばあちゃんは感心したような表情で口を開く。


「礼儀正しいお嬢さんじゃなぁ、うちゃ涼也のおばあちゃんじゃ」


「涼也君のお婆様、今夜はよろしくお願いします」


「こちらつまらない物ですが」


「ありがとう、ほんまにええ子じゃな」


 里緒奈がいつの間にかリュックサックから取り出したであろう菓子折りをおばあちゃんに手渡すと嬉しそうな表情を浮かべていた。流石のコミュニケーション能力だと思っていると玲緒奈と里緒奈が予想外の言葉を口にする。


「お婆様とは末長いお付き合いになると思いますのでしっかり良いものを選びました」


「涼也は私達が幸せにする」


「それってどういう意味じゃ!? ま、まさか……」


「はい、きっとお婆様が想像している通りです」


「おい、何さらっととんでもない事を言ってるんだよ!?」


 凄まじい誤解を招きかねない発言を聞いた俺は思わずそう突っ込みをいれた。絶対おばあちゃん勘違いしちゃってるって。

 着いて早々誤解を解かなければならなくなって本当に困るんだけど。その後の夕食の際などにも必死になって説明したが結局誤解は解けなかったため面倒になって諦めた。もうどうにでもなれ。

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