第2章

第22話 涼也は私達を裏切らないって信じてる

「もう朝か……」


 カーテンの隙間から入ってくる光を顔に浴びて目を覚ました俺はゆっくりとベッドから起き上がる。まだアラームが鳴る前のため思ったよりも早く目覚めたらしい。そんな事を思っていると部屋の扉が開かれる。


「あれっ、もう起きてたんだ」


「涼也おはよう」


「……相変わらず玲緒奈と里緒奈は当たり前のような顔で俺の部屋に入ってくるな」


 二人が朝から部屋に押しかけてくるのも既に両手で数えきれなくなっているため流石に慣れてきた。ちなみに俺が寝ていた場合は何の躊躇いもなくベッドに潜り込んでくるため注意が必要だ。


「じゃあ涼也君の準備が終わったら出発しようか」


「うん、もう待ちきれない」


「あれっ、今日って朝から出発するような予定なんてあったっけ?」


 昨日あった期末テストの打ち上げをした時には特にそんな話なんてしてなかったためてっきり今日は何も無いと思っていたのだが。


「さっき里緒奈が何か夏休みっぽい事をしたいって言い始めたからプールへ行く事にしたんだよ」


「って訳だからよろしく」


「めちゃくちゃ急じゃん」


 どうやら完全なる思いつきでプールに行く事を決めたらしい。夏休み初日の今日は家でゴロゴロして適当に過ごすつもりだったのだがそれは叶わないようだ。


「ちなみに昨日の打ち上げで具体的な予定を決めなかった日も今回みたいに何かしらが入るからちゃんと空けておいてよね」


「涼也は私達を裏切らないって信じてる」


「マジかよ……」


 夏休みは毎日俺と遊ぶという東京インクルージョンスクエアのカフェで二人が口にした言葉は流石に冗談に違いないと思っていたがもしかすると本気かもしれない。


「ところで今日はどこのプール行くつもりだ?」


「東京アクアランドに行く予定だよ」


「広くて一日遊べるって聞いたからそこに決めた」


 東京アクアランドは数年前に出来たガラス張りのドーム型温水プールだ。ウォータースライダーはもちろん、ジャグジーやリラクゼーションプール、サウナ、レストラン等があるため、一日中楽しめる場所となっている。

 まさか陰キャ代表みたいなこの俺がまるでリア充のような夏休みを過ごす日が来るなんて少し前までは夢にも思っていなかった。


「とりあえずパジャマから着替えるから外に出てもらってもいいか?」


「ああ、私も里緒奈も気にしないからそのまま着替えてくれて大丈夫」


「俺が気になるんだけど……」


「別に私とお姉ちゃんに見られても減りはしない」


「まあ、そうかもしれないけどさ」


 てか、今の里緒奈のセリフは普通男女逆な気がする。何とかして二人を部屋から追い出そうと試みたが無理だった。だから玲緒奈と里緒奈から着替えの様子をガン見されるはめになり恥ずかしかった事は言うまでもない。

 その後俺達はダイニングテーブルに用意していた朝食を三人でとる。玲緒奈と里緒奈が俺の家に入り浸るようになってから母さんが二人の分もいつの間にか用意するようになっていた。


「馴染み過ぎて二人ともすっかりうちの家の子って感じだよな」


「それなら私と里緒奈がお姉ちゃんで涼也君と澪ちゃんが弟と妹な気がする」


「確かに涼也がお兄ちゃんってイメージはない」


「玲緒奈と里緒奈がお姉ちゃんだったら絶対大変そうだな」


 多分ラブレターを二人に渡してくれという依頼が絶えないと思う。三人で朝食とりながらそんな妄想をして盛り上がった後俺達は家を出発した。しばらくして駅前までやってきたが玲緒奈と里緒奈は駅の入り口を素通りする。


「あれっ、駅に行くんじゃないのか?」


「その前にあそこのショッピングセンターで水着を買おうと思ってさ」


「二年前の水着はもうキツくなった」


 なるほど、それで一旦入り口を通り過ぎたのか。そのまま駅前のショッピングモールの中へと俺達は足を踏み入れた。


「じゃあ俺は適当にその辺りで時間を潰してるから気が済むまで水着を選んでくれ」


「えー、涼也君にも私と里緒奈の水着の意見を貰いたいんだけど」


「だから涼也がいないのは困る」


「いやいや、それは不味いだろ!?」


 さらっと凄まじい要求をしてくる二人に俺はそうツッコミを入れた。すると玲緒奈は意地の悪そうな表情を浮かべる。


「もし涼也君が水着選びに協力してくれないならオナホールとローションを隠し持ってた事をうっかり皆んなに喋っちゃうかもな」


「……なんか急な二人の水着を選びを手伝いたくなってきた」


「涼也よろしく」


 脅迫されて退路を塞がれた俺は残念ながら首を縦に振る事しか出来なかった。それから俺は女性用の水着売り場へと連行される。案の定女性客しかいないため俺はめちゃくちゃ目立っていた。

 ただでさえ周りの女性客や店員からジロジロ見られて居心地が悪いというのに、そんな中で水着選びに付き合わされるというのはちょっとした拷問だ。


「涼也君的には何色の水着が私と里緒奈に似合うと思う?」


「うーん……玲緒奈が赤で里緒奈が青かな」


「涼也のその心は?」


「いつも元気で明るい玲緒奈には赤が、いつも冷静でクールな里緒奈には青がよく似合うと思ったんだよ」


 俺が直感でそう答えると玲緒奈と里緒奈は意外そうな表情を浮かべる。


「てっきり何でも似合うみたいな事を言うと思ってたから正直意外だったよ」


「うん、理由もちゃんと考えてた」


「考えて答えないと二人が納得してくれない事くらい流石に分かるからな」


「へー、私達姉妹の事をそろそろ分かってきたみたいだね」


「もし適当に答えてたら涼也には罰を与えてた」


 玲緒奈と里緒奈は感心したような顔になっていた。てか、俺が真面目に考えなかったら罰を与える気だったのかよ。


「……ちなみに罰の内容は?」


「涼也にそれを教えたら面白くない」


「だから次の機会が来るまで楽しみにしておいて」


「機会が訪れない事を願っとくわ」


 どんな罰かは想像出来ないがどう考えても面倒な内容に決まっている。ひとまず水着の色がすんなり決まったため案外早く終わると思っていた俺だったがその考えが甘過ぎた事にすぐ気付く。

 玲緒奈も里緒奈も色以上に水着の種類やデザインにこだわりを持っていたのだ。だから長時間付き合うはめになり水着を選び終わって東京アクアランドに着く頃には昼前になっていた。

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