第21話 ほらね、私の言った通りだったでしょ

 万事休すかと思ったタイミングで今まで姿が見えなかった玲緒奈が教室に戻ってくる。


「あれっ、何か皆んな暗い雰囲気だけど何かあった?」


「ちょっと玲緒奈聞いてよ、八神が私の財布を盗んだんだ」


「えっ、涼也君が? 私はそんな事をするとはとても思えないんだけど」


 白銀さんの言葉を聞いた玲緒奈はそう言葉を口にした。すると白銀さんは相変わらず興奮気味に喋り始める。


「でも状況証拠的に八神が犯人としか思えないのよ」


「……疑問なんだけどさ、美鈴は本当に財布を盗まれたの? いつもと違うところに入れたりしてる可能性もあると思うんだけど」


「そんな事あるはず……!?」


 納得できないという表情を浮かべながら自分の荷物を触り始めていた白銀さんはハンドポーチを開けた瞬間固まってしまう。


「……あった」


「ほらね、私の言った通りだったでしょ」


 途端に白銀さんは罰が悪そうな表情を浮かべる。ひとまず玲緒奈のおかげで俺の誤解は解けて身の潔白が証明されたようだ。これで一件落着かと思いきや玲緒奈がそのまま話し始める。


「そもそも何で皆んな涼也君を一方的に犯人って決めつけて話を進めようとしたわけ?」


 玲緒奈は教室全体を激しく威圧しておりクラスメイト達は誰一人として声をあげられない。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。


「誰も答えないなら私が代わりに答えてあげる、私と里緒奈と仲良くする涼也君の事が気に食わなかったからでしょ」


 そんな玲緒奈の言葉を聞いて一部のクラスメイト達が激しく顔を歪めた。間違いなく図星だったに違いない。


「せっかくだからこの場を借りて言っておくけど私と里緒奈が涼也君と仲良くするようになったのは通り魔に殺されそうになったところを命懸けで助けられたからだよ」


「えっ、そうなの!?」


 誰かがあげた声をきっかけにざわざわし始めたクラスメイト達を無視して玲緒奈はそのまま話し続ける。


「だから私と里緒奈はめちゃくちゃ涼也君に感謝してるんだ、もし今後涼也君を今回みたいに吊し上げようとしたら……その時は地獄を見て貰う事になるから」


 そう口にした玲緒奈は体から凄まじいプレッシャーを放っておりまるで修羅のようだった。その後帰りのホームルームもお通夜のような空気になっており状況を知らない担任が激しく困惑していた事は言うまでもない。



 あっという間に週末は終わりいよいよ期末テストの本番がやってきた。この土日は玲緒奈と里緒奈からみっちり勉強を教えて貰ったがそれでも不安は残っている。そのせいもあってかいつもより早く目覚めてしまった。


「……まだ五時か、もう少し寝よう」


 ベッドの脇に置いてあったデジタル時計で時間を確認した俺はそのまま二度寝を始める。しばらくの間眠っていた俺だが寝苦しくなって目が覚めた。


「なんかベッドが狭くなった気がするんだけど……」


 まだかなり眠いこともあってあまり頭が働かない俺だったが布団の中に大きな膨らみが二つある事に気付く。


「……まさか」


 恐る恐る布団をはがすとそこには予想していた通り玲緒奈と里緒奈が寝ていた。二人とも当たり前のように俺の部屋に侵入しているがこれが男女逆なら通報されても文句を言えないレベルだ。


「おい、起きろ」


「涼也君おはよう」


「……もう朝?」


 玲緒奈と里緒奈に声を掛けると二人は上半身を少しだけ起こす。二人ともめちゃくちゃマイペースだがここ俺のベッドの上だからな。


「それで二人は何で俺の布団で寝てるんだよ」


「ああ、涼也君を起こすために部屋まで迎えに来たら気持ち良さそうに寝てる姿を見てたら眠くなってさ」


「だから私とお姉ちゃんも一緒に寝る事にした」


「いやいや、無茶苦茶過ぎるだろ」


 呑気な表情の玲緒奈と相変わらず眠そうな顔をしている里緒奈を見て俺はそうつぶやいた。ゆっくりとベッドから起き上がる二人だったが俺はすぐに慌てふためく事になる。


「おい、ちょっと待て。何で二人とも下着姿なんだよ!?」


「だって制服のまま寝転んだらシワになっちゃうじゃん」


「そうなったらみっともなかったから脱いだ」


「とりあえず早く服を着てくれ」


 驚き過ぎて一気に眠気が吹き飛んだ。てか、よく男子の前で平然と下着姿なんかになれるよな。そう思う俺だったがそう言えばこの間のお泊まりの時は平然と全裸で風呂に乱入してきてた事を考えると今更か。

 それからしばらくして俺達は学校へと向かい始める。期末テストの本番という事もありいつもより少し早く家を出発したため多分余裕を持って到着するはずだ。


「これが終わったら楽しい夏休みはすぐだから頑張らないとね」


「ああ、間違っても赤点だけは取らないようにしないとな」


「私が教えたから涼也は赤点なんて取らない」


「だね、きっと大丈夫だよ」


 そんな会話をしているうちに学校へと到着した。ひとまず俺は朝のホームルーム前の時間を利用して最後の見直しを始める。

 ちなみに教室の中はテスト前で多少ピリピリはしていたがそれ以外はいつも通りだった。ただし大きく変わった事が一つある。


「誰も俺と目すら合わせようとしないのはどう考えてもやっぱり先週の金曜日にあったあれが原因だよな」


 とにかくクラスメイト達は俺の事を徹底的に避けようとしていた。今の俺はまさに完全に触らぬ神に祟りなしという状態だ。


「まあ、元々ぼっちたがら別に良いけどさ」


 そうつぶやきながら黙々と自習を続けているうちに朝のホームルームの時間となり担任が教室の中へと入ってくる。


「みんな、おはよう。皆んなも知っての通り今日は期末テスト初日だ、最後まで諦めずに精一杯頑張ってくれ。じゃあ連絡だが……」


 ホームルームが始まると担任伝達事項を話し始めた。その後出席番号順に席を移動して、テストの開始時間が来るのを待つ。

 そしてテストの開始のチャイムを聞くと同時に俺は集中して問題を解き始める。それからあっという間に試験時間の五十分が経過した。次のテストが始まる前に一旦トイレへ行こうとしていると玲緒奈から話しかけられる。


「涼也君、物理はどうだった?」


「里緒奈から教えてもらったのと似た問題が結構出てたから割と手応えを感じてる」


 物理に関しては特に問題なく赤点を回避できるはずだ。そんな事を考えていると玲緒奈が嬉しそうな表情で口を開く。


「そっか、良かった、この調子で全教科頑張ってね」


 そう言い残すと玲緒奈はグループメンバーのもとへと戻っていった。結局今回の期末テストは無事に赤点を回避できるわけだがそれを俺が知る事になるのはまだ先の話だ。

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