第5話 前向きに検討しておくよ

「じゃあ俺は職員室に行くから」


「うん、また後で」


「涼也行ってらっしゃい」


 靴箱で玲緒奈と里緒奈と別れた俺は職員室へと向かい始める。久々の学校ではあったが特に何も変わったような様子はなかった。


「数年ぶりに来るならまだしも、たった二週間ちょっとくらいじゃそんなに変わらないか」


 そんな事を考えているうちに職員室に到着した俺は担任から色々と連絡事項を伝えられる。数ヶ月休んでいた場合は出席日数に支障が出たようだが二週間程度であればあまり問題は無いらしい。

 まあ、インフルエンザなどにかかれば二週間近く休む必要があるためそのたびに留年の危機を迎えていればたまったものではないだろう。

 一通り連絡事項を聞き終わった俺は職員室を出て教室に向かう。そして中に入るとクラスメイト達の視線が一瞬こちらに向いた。だが残念な事に俺に対して声をかけてこようとする人物は誰もいない。


「……やっぱそうなるよな」


 友達がいないぼっちな時点でこうなる予感はしていたが、実際に身を持って味わってみると非常に悲しい気分にさせられた。

 とりあえず席に着いた俺は机に伏せる。入院生活で生活リズムが完全に狂ってしまったためとにかく眠かった。机に伏せてうとうとし始めていると入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「でさ、里緒奈ったらどうしてもお姉ちゃんと一緒が良いって言い出してさ」


「はいはい、玲緒奈が妹ラブな事は良く分かったから」


 その声の主はクラスメイトである玲緒奈だった。一応この学校には里緒奈という声が全く同じ女子もいるため完全に断定はできないが、話の内容やテンションの高さ的に玲緒奈のはずだ。

 声が全く同じこともあって玲緒奈と里緒奈から同時に話されると最初は激しく混乱していた俺だったが、最近では少しずつ聞き分けられるようになってきている。

 さっき俺が教室に着いた時に玲緒奈はいなかったため用事か何かで外にいたのだろう。ちなみに玲緒奈はクラスの中でも特にイケイケな男女で構成されたいわゆるスクールカーストの最上位グループに所属している。    

 玲緒奈がクォーターで俺と変わらないくらい身長も高い美人な上にコミュニケーション能力抜群という時点でクラス内のカーストトップなのは言うまでもないだろう。

 そのため陰キャでぼっちなカースト最底辺のモブキャラBな俺なんかとは本来関わる事なんて絶対に無かったはずだ。

 そんな悲しい事を考えながらそのままうとうとしていると俺の席の方へスタスタという足音が近付いてくる。そして俺の席の前でピタリと立ち止まると足音の主は何を思ったのか突然耳に思いっきり息を吹きかけてきた。


「うわっ!?」


 驚いた俺が大声をあげて飛び起きると、そこにはまるで悪戯が成功した子供のような表情をした玲緒奈が立っていたのだ。


「あっ、涼也君やっぱり起きてたんだ」


「い、いきなり何するんだよ」


「ごめんごめん、無防備な姿を見てたらつい涼也君にいたずらをしたくなっちゃったんだよね」


 玲緒奈は全く悪びれた様子もなくそんな事を言い放った。そんな玲緒奈に抗議しようとする俺だったが、周りから無数の視線を向けられている事に気づいて思いとどまる。

 辺りを見渡すとクラス中の視線が俺と玲緒奈に集まっており、完全に悪目立ちしていた。多分さっき間抜けな大声をあげてしまったせいだ。クラスメイト達は俺の事を好奇の目で見ている。

 中には嫉妬のような視線も混じっており、俺は凄まじい居心地の悪さを感じていた。クラスのアイドル的な存在である玲緒奈とぼっちの俺がこうやってやり取りしている事が気に食わないと思うクラスメイトがいるのも当然だろう。


「……めちゃくちゃ目立っててマジで恥ずかしいからさ、これくらいで勘弁してくれないか?」


「もう、しょうがないな。一旦はこれで許してあげる」


「一旦じゃなくてもうしないでくれたら嬉しいんだけど」


「前向きに検討しておくよ」


「初めから検討する気がないやつのセリフだからなそれ」


 俺が玲緒奈だけに聞こえるような声で話しかけると空気を読んでくれたのか同じように小声で返事をしてきた。その後玲緒奈は何事も無かったのかのように自分の席へと戻っていく。

 すぐに同じグループのメンバー達から先程の事について尋ねられる玲緒奈だったがどうやら適当にはぐらかしているらしかった。

 俺はというと相変わらず凄まじい居心地の悪さを感じながら一時間目の授業が始まるまでイヤホンをつけて全てをシャットアウトして机に伏せていた事は言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る