第2話 里緒奈を置いて逃げる事なんて出来るわけないでしょ

 それからしばらくしてショッピングモールを出た俺は家に帰り始める。思ったよりも長居していたようで外はすっかり夕方だ。

 ショッピングモールが駅前に立地していた事もあって人通りはかなり多い。辺りには部活終わりや会社帰りと思わしき人々で溢れかえっていた。とりあえず家に帰ったらベッドに寝転びながらさっき買ったラノベを読もう。

 週末課題なんてものは日曜日でも全然間に合うはずだから後回しだ。そんな事を思いながら信号待ちで横断歩道に並んでいると突然近くから大きな悲鳴がする。


「きゃあぁぁぁぁ!」


 声のした方向を向くと全身黒ずくめで頭にパーカーを被った俺より少し歳上くらいに見える男がナイフで女性の腕を切り付けている様子が目に飛び込んでくる。

 男は酒に酔っているのか、それとも危ない薬をキメているのかは分からないがとにかく普通の様子では無かった。女性のあげた悲鳴が引き鉄となって一気に騒然とし始める。

 場は完全にパニック状態になっており俺もいつ襲われるか分からない。早くここから逃げなければ最悪殺される可能性だってある。


「こ、来ないで!?」


 だが近くから聞き覚えのある声が聞こえてきたため、自分の命が危険な状況だというのに思わず足を止めてしまう。

 声がした方向を見ると、なんとそこには数刻前に俺が筆箱を拾った剣城里緒奈とその姉である剣城玲緒奈の姿があった。運が悪い事に二人もこの騒動に巻き込まれてしまったようだ。


「り、里緒奈。早く立って!?」


「……ごめん腰が抜けて立てそうにない。私の事はいいからお姉ちゃんだけでも逃げて」


「里緒奈を置いて逃げる事なんて出来るわけないでしょ」


 どうやら妹の方が動けなくなってしまったらしい。更に運が悪い事に男はそれを見逃さなかった。相変わらずどこか様子のおかしい男は二人を次のターゲットとしてロックオンしてしまう。

 二人が狙われている間に俺は逃げられる。こんな状況なのだから彼女達を見捨てたとしても恐らく誰も俺の事を非難なんてしないだろう。


「誰か、里緒奈を助けて……」


 だが俺はそんな今にも消えそうな声を近くで聞いていながら二人を見捨てるという選択肢なんてとても選べそうになかった。

 下手すると今日が俺の命日になってしまう可能性だって十分考えられたがここで見捨てたら絶対に一生後悔する事になる。   

 万が一死ぬ事になったとしても美少女二人を守って死ぬんだから最高にカッコいいに違いない。そう思った俺はナイフを振り下ろそうとしていた男に横から全体重をかけてタックルした。


「……良かった、何とか間に合った」


 突然現れた俺に彼女達はまるで救世主を見るような視線を向けてくるが安心するのはまだ早い。一言も言葉を喋らない男だが突き飛ばされて明らかに苛立っている様子であり、体勢を立て直すと今度は俺に襲いかかってきた。

 ナイフを振り回してくる男の猛攻を何とか避けたりカバンを盾にしてガードしながら持ち堪えていたが長い時間は耐えられそうにない。だが時間稼ぎにはなったようで通報で駆けつけてきた警察官が現場に到着した。


「警察だ、無駄な抵抗は辞めて今すぐ武器を地面に捨てろ」


 これで流石に大人しくなると誰しも思ったはずだが、残念な事にそうはならなかった。自分の不利を悟ったらしい男はなんと相変わらず腰が抜けたまま座り込んでいた剣城姉妹の妹に突然ターゲットを変えて攻撃しようとしたのだ。

 このままではまずいと思った俺は咄嗟に二人と男の間に体を割り込ませた。その瞬間、背中に燃えるような激痛が走る。


「っががあああぁ!?」


 ナイフで背中を刺される痛みは想像の遥か上を行っていた。あっ、これはガチで死ぬかもしれない。でも俺の命と引き換えに二人を助けられたんだからそれはそれでいいか。

 もし次の人生があるなら転生した剣と魔法の異世界で思う存分チートを行使して今度はモテモテの人生を送りたい。俺はだんだん薄れていく意識の中でそんな馬鹿な事を考えていた。

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