第18話 他言無用の秘密主義
週明けの月曜日。六月十七日。
そう、知花音花さんの誕生日だ。先日、小樽で質問をしたときに聞いたから間違いない。しかし俺は気が利かないので、プレゼントとかは用意しなかった。そんな金は祭りで使い果たしてしまった。別に何を買ったわけでもないはずなのにな。学生の小遣いは少なすぎるぜ。
その日の放課後もミルクコーヒーを買って、部室へ向かった。足取りはいつだって重たいが、しかし、習慣化すると義務感がついてくるから不思議だ。今日もお悩みを相談されて考えてみますかね。
「ちわーっす」
いつものメンバーのうち、約半分がいなかった。化神は野球部の練習、バカは本日から返却が始まった各教科の中間テストで見事に赤点を取ったので、さっそく補習らしい。ちなみに俺は赤点をギリギリで回避していた。セーフ。まあ、これから返される教科で危ないの残ってるんだけどね。数学とか。
したがって、ここにいるのは知花さんと風川、そして俺と沓沢だけだった。沓沢以外は祭りに行ったメンバーである。別に何も意識はしていないけど、しかし気になることがないわけじゃない。やっぱり、言うべきかな。
「知花さん、その、誕生日おめでとうございます」
「千木野くん! 覚えてくれていたんですね。ありがとうございます! 十六歳になりました。ようやく高校生になれた感じがしますね」
「そうか? それなら、俺は誕生日八月だからまだ先だな」
「八月の何日ですか?」
「一日だ。八月一日。たぶん、夏休みに入ってると思うよ。……そういや、夏休みってこの部活の活動あるのか?」
「いえ、お休みの予定よ。夏休みは登校期間ではないから、生徒のお悩み相談も受付をお休みにすることにするわ。桜崎先生と最初に決めたの。言わなかったかしら」
「聞いてないね」
「そう。今度グループLAINE! にでも書いておくわね」
「看板に貼る休止用の札も作っておくわ。念のために」
なんの告知もないからといちゃもんをつけられて夏休み期間に呼び出されたらたまったものじゃないからな。
コンコン、コン。
「はーい! どうぞー!」
ノックが鳴り、知花さんが応える。どうやら今日も変わらず、懲りることなく相談があるらしい。みんなもみんな、暇というか、この部活も知名度が上がってきたのだろうか。それはそれで、暇でなくなるので良くない。朗報の反対、悲報だ。
さて、少しケアでもしておくか。ややこしくなって嫌だからな。
「沓沢。聞いているだけでいいからな。特に話さなくても、全然構わないから。俺と風川、知花さんはいつも大活躍するからさ。話したかったら話せばいい。ここにいるだけでも、十分なんだ。無理することはないということを、覚えておいてくれ。いいな」
沓沢は頷いた。同時に扉が開く。
「失礼しまーす! 桜崎先生に聞いてやってきたんですけどー、ここがお悩み相談室ですかー?」
なんとも間抜けな声を出すやつが来たな、と最初にそう思った。二人だ。女子が二人。俺は沓沢の方をちらりと見る。大丈夫そうだ。過保護なのもよくないよな、と俺は少し思った。
「どうぞ、お掛けください。芹沢さんと白縫さんね」
「なんだ、知り合いか?」
「いえ、クラスが同じなの。同じ一年生のAクラスよ」
「ふーん」
「先生に聞いて遊び半分できたけどー、風川さんの部活だったんだねー」
「ねー」
「……コホン。それで、本日はどのようなお話でしょうか」
「えー? おはなしー、っていうかー、ええとー、なんていうかー、あっやっぱりやめるー? イマドキ流行らないしー?」
「ねー?」
腹立つな、コイツら。何がしたいんだ。冷やかしか? 冗談はそのメイクだけにしておけよ。
「お話がないならお帰り頂いて……」
「ちょ、ちょっとまってよー? 言う、言うからさ。すこし、覚悟みたいなのが、ね、ほら、ね?」
「そうだねー?」
なんだ、何をそんな言い淀んでるんだ。生徒お悩み相談同好会に足を運んでいる時点で、ある程度話すことは決めているだろうに、話はするつもりでいるだろうに。そんなに大事なことなんだろうか。いや、大事なことなんだろう。他人からみるとどうでもいいようなことが、一見すると本人にとっては死活問題の大問題であることなんて、よくあることじゃないか。だからこんな同好会に話をするなんてことをしているんじゃないか。わざわざ先生に質問して、ここを紹介されて、それでその足でここに来たのだ。無理はない。無理もない。待って聞く姿勢を持つのも、この部活動の大事な活動内容である。相手の意見と考えを尊重し、相談質問に真摯に答える。それが本来あるべきこの部活の仕様であろう。
「ひ、秘密にしてくれますかー?」
「お願いしますー!」
「ええ、もちろん。ここでの話は全て他言無用よ。秘密主義がモットーなの。この部活、そうじゃないと成り立たないから。ボランティアみたいなことをやってはいるけど、おふざけでやっているわけでは決してないわ。やるからにはきちんとやります。そこの男に至っては話す友人も知人もいないのだから、ぺんぺん草程度に思ってくれていていいわ。話を聞くぺんぺん草よ」
ぺんぺん草って……。まあ、反論の余地もないからどうしようもないけど。
「ええと……実はー、そのー、私たち付き合っていてー」
付き合う?
あー、なるほど、なるほど。そういう話か。なるほどね、大丈夫だ教養はある。
「やっぱり同性愛って、偏見で見られちゃうんですよねー」
「それねー」
「そうか、そうか。それは苦労するな。いや、大丈夫だ。少なくとも今この場に、この場にいる俺たちにそんな偏見とか差別を持つやつはいない。一人一人確認しようか? 風川」
「ないわ」
「知花さん」
「ありません」
「沓沢」
「な、ないです。応援します」
「以上だ。俺もそういったことには一定の理解はあるから大丈夫だ、安心しろ。まあ、理解なんて一方的にされたくないだろうけど。誰がお前なんかにわかってもらえるかよって思われてるだろうけど。いや、それでいい。他人の認識など、理解なんて当てにするな。期待もするな。不鮮明なものなど、不明瞭なものなど信じるな。微塵もだめだ。人間なんて、所詮人間なんだから、だからどうしたって人間的思考に辿り着いてしまう。繰り返してしまう。だから、そんなのは駄目なんだ。いいか、自分だけが自分を信じてやれるんだ。同性愛だとしても、それはなにもおかしなことじゃない。たまたま好きな相手が女の子だったという、それだけの話だ。外部の人間には関係のない話なんだよ。相手との問題のほうが大事だ。受けてくれるのか、受け入れてくれるのか、どう付き合ってくれるのか、その不安のほうが大きいはずなんだ。それがなくなって交際が順調であるならば、それはおめでとうと、素直に賛辞を贈るべきだろうよ。それだけだ」
「あ、ありがとうございますー」
「ございますー!」
「話し方、見かけ、そしてその境遇による偏見から色んなことを類推してしまいそうになるが、しかしそこに他者からの他意はまったく持って不要であると言いたい。クラスはAクラスなんだろ? 頭脳明晰、最高に良いじゃないか。この学校の学年では少なくとも一番だ。風川には劣るかもしれないけどな。何もへこむことはない。言い淀むことはない。それでも世間の目は厳しいかもしれないから、うまくやり過ごすかなくちゃいけない。まあ、たぶん問題になる問題といえば、その理解なき連中をやり過ごす方法とか、そんなところか、相談内容は」
「そ、そうですー! この方、ぺんぺん草のこの方、理解が早くて嬉しいです」
「ありがとうございますー!」
ぺんぺん草って。まあ、いいけど。
「誰もがみんな理解してくれたら、それがいいですけどね……」
「知花さんの言う通りだ。それが世界平和につながる。しかし、世の中は違う。人間は差別と偏見と決めつけた思い込みで全てを決めてしまう生き物だ。どいつもこいつも勘違いしてやがるんだ。自意識が肥大化して勘違いしている」
だから諍いは絶えないし、戦争だって無くならない。エスエヌエスで自分を見せつけるやつも減りはせずに、増えていく一方である。どれもこれも、本当にくだらないことだよ。くだらないことで罵りあって、言い争っている。見せつけ合っている。
ミルクコーヒーを一口飲んで落ち着こうとする。こういう話にはやはり冷静さがいちばん大切だ。それこそ言い争ってはいけない。糖分とカフェインはそれらを解決する。間違いない。甘いコーヒーは両方を同時に摂れるという点で非常に優れている。間違いない。
「たとえば、冷やかしみたいな、そういうのが一番よくあると思うんだよ。性行為するの? とか、キスするの? とか。二人の関係が知られたとして、バレたって言い方はよくないけど、そうだな、たとえば打ち明けたときとかでもいいや。それに対して、一番よくある反応が冷やかしみたいな、からかうみたいな行為だと思うんだ。なんか冷やかしてくるようなやつが一番鬱陶しくて面倒くさいと思うんだ。気にもなるしね。それに対する一言を、返しの一言を持っているだけで、気持ちのゆとりは変わるかもしれない。余裕を持てるかもしれない。いくら自分に自信があっても、やりきれない思いを抱えたんじゃ、やりきれない状況で苦虫を噛み潰したんじゃ、可愛そうだ。それはどうしたって、どうしようもないからな」
「そうですねー……そうですよねー……」
どこか元気がなさそうだ。俺は三人の女子を見る。誰か、何かないかなと。俺ばかりが話していたんじゃ、それは独り語りになってしまう。騙った、偏った言葉でしかなくなる。それで解決するのだと言うならば、それはそれでいいのかもしれないけど、しかし、部活としてはそれでいいのか分からなくなる。きっと、ここにいる全員が、違う言葉と感情と思いを感じたことだろうと思う。それを臆することなく、忌憚なく話してこそではないかと、そう思った。だから、こう言ったのだ。
「みんなも話せよ。自由にさ。俺のことを否定するように」
「そう、ならーー」
風川が口を開いた。
「ーー否定はしないけど、私の話もしてもいいかしら」
「お願いしますー! 風川さん!」
「私は恋愛感情とか、ちゃんと人を好きになったことがないからそういう感情が自分事として捉えられなくて、有り体にいえば、正直良く分からないのだけれども、でも、二人が素直に自分たちのことを、自分が好きな人がいるということを告白できない環境にいるというのは、悲しいことだと思うわ。私も好きな人かどうかはわからないけど、なかなか立派に見える人をひとり知っているの。歌が上手くて、偏屈で、いつも不器用に生きている。でも考えがしっかりとしていて、嫌いじゃないわ。私はあまり自分を誇れるタイプじゃなくて、何か一つでも秀でていることがあるとは思っていなくて、なんでもできるけど何か一つ凄いことができるわけじゃないと思っているの。私は私をそう評価している。だから、誇れる人が、誇れる誰かがいるのであれば、その人を大切にして、そしてこんなにもすごい人なんだよ、と褒めてみるのはどうかしら。紹介するように褒めるの。自分のことばかり言うと、それは反論されて否定されてしまうこともあるかもしれないけど、他人の誰かを、自分の好きな人を褒める……今で言うならば推し? というのかしら。そう言うことをして否定する人は、あまりいないんじゃないかしらと、そう思う。どうかしら。うまく伝わったかな」
「……はい! ありがとうございまーす! いいと思いまーす!」
「ああ、悪くねえよ。それは風川の言葉だ。俺とは違う。自分の言葉だ。そしてたぶん正しい。今の二人には最適解かもしれない」
自分が好きな人を推して紹介してみる。好きなところを言う。その対策方法を一つ手にして、二人の女の子は部室から帰っていった。これが良かったのかはわからない。これから二人の関係が良い方向に進み、幸せであることを祈るしかないだろう。
二人が帰ったあと、時間も時間だったので部活はお開きになった。みんなで昇降口に向かっている途中で、自販機に差し掛かった。
「知花さん、好きな飲み物ある? 誕生日だし、一本くらい。大したことできなくて申し訳ないけども」
「ええ! いいんですか? じゃあ、紅茶を……無糖で……」
ガゴン。
取り出し口から取り、手渡しする。
「はい。ハッピーバースデー」
「えへへ。ありがとうございます、千木野くん」
その姿をあとの二人が遠くから見ていたので、俺は恥ずかしくなってすぐに知花さんに声を掛けて、その場を去った。知花さんも追いかけてきた。四人、下校する。そんな日があっても、だれも咎められはしないだろうと、そう感傷に浸るようならしくないことを思いながら。
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