06 学校祭準備の相談編
第19話 課題
成績表が張り出された。
俺は相変わらず底辺ギリギリで、最底辺に近い。赤点も取ってしまった。補習は嫌だったので、課題をやりまくる選択肢を取った。ものすごい量をやらなくてはならない。留年回避のためである。やらねば。
六月中旬から終わりまでは特にこれといって何かあるわけでもなく、七月の頭から学校祭の準備期間に入り、その週の金曜日と土曜日に学校祭がある。週明けの月曜日に片付けの日が設けられており、火曜日が代休である。それが終われば七月の第四週目の水曜日から夏休みに入る。そういうスケジュールだった。だから今は課題、課題である。いかにも学生らしい、初夏の手前の時間を学生らしい過ごし方で過ごしていた。
その日は化神もバカもいた。バカも課題をやっていた。沓沢も課題をやっていた。E組だけれども、その中では頭の良い知花さんは課題はなく、スマホでメッセージを確認していた。化神はみんなに合わせて勉強をしていた。風川は言うまでもない。優雅に読書だ。開けた窓から入る初夏の風が似合う。俺は隣の彼女が一息ついたのを見て声を掛けた。
「沓沢、それからはなんともないか。いじめられてないか」
「だ、だ、大丈夫です。E組のみんなはやさしい、です」
「そうか、それならいいんだけどな」
俺の見ている範囲ではそのように見えていたから、おおよそその通りで間違いはなさそうだった。別に保護者になるつもりも、保護してやるつもりもないが、しかし、手を差し伸べたのは俺だ。その手を振り払うのはかわいそうすぎるだろう。せめて引っ張り上げてやるくらいのことはしないと。まだその手は離してはいけない。
「沓沢さんは、どの課題をやってるの?」
化神が質問をする。いい質問だ。
「え、英語です。なかなか覚えられなくて……」
「ああ、英語ね。単語とか、覚えるの大変だよね」
化神が仲良くしている。それはとても嬉しいことだった。受け入れてくれているのだ。それだけで良かった。しかし俺が化神と仲良くしたかった。仲良しが足らんかった! もっと仲良くしよう。そうしよう。
「課題でも、見てあげようかしら」
風川がそう言って、俺のところにやって来た。
「なんだよ、頭の良さ自慢かよ」
「連立不等式じゃない。難しいことはないわね」
「ああ、そうだよ。普通に考えれば難しくない。だけどいちいち思考を切り替えなきゃいけないのが、大変なんだよ。負担が大きい。そしてこの膨大な量だよ。やってもやっても終わらない。同じ数字を何回も、何回も見た気がするよ。いつどこでなんの問題を解いたのか、まるで覚えてやしない」
「あら、それじゃあ意味ないわね。解きなおしかしら」
「冗談じゃない。二度とやるかよ、こんなこと。一度で十分だ」
「一枚だけよ」
風川はそう言うと、紙の山の一番上から一枚だけ取って自分の席へと戻って行った。
「どういうつもりだ! 恩でも売ろうってのか?」
「あら、それもいいかもしれないわね」
「すみませんでした、お願いですから、頼むから手伝ってください何でもしますから」
「じゃあ、私も一枚だけ。千木野くんのお手伝いしますね」
「ありがとうございます! 何でもします!」
「へえ、何でもするの? なんでもね……それでも一枚だけよ。一枚だけ。暇だからよ」
「あっ、じゃあ、俺も! 俺も! 俺の分の課題も一緒に手伝って欲しいなって言っていたらそのまま腕ひしぎ十字固め! 決まった! 今日も関節技が見事に決まってるよ! 柔道選手になれるよ! ぎゃあああああい!」
ふう、今日もノルマ達成だぜ。よっこら、ふんぬ!
俺がバカたちとバカやってると、それを笑っている人がいると、今日も変わりないことを感じる。いつの間にか、いつもの時間になっていたこの時を、高校に入る前には、それこそ三ヶ月前には考えられなかった人間関係を貴重に思えるとは、思いもしなかったと言えよう。みんなとか集団とか、そういう集まりとか群れとかが死ぬほど嫌いだったのに、今になっては部活のメンバーの一員となり、そしてこのメンバーが嫌いではなかった。たぶんその他大勢の高校生のことは全員嫌いなのだろう。身内贔屓、というやつかな。プロ野球でも地元球団を贔屓して応援してしまうのと同じようなことだろうか。他の球団も、そのファンも同じプロ野球を愛していることには変わりないのにな。たまに敵視してしまうのは、良くないことなんだろう。プロ野球でも、高校生でも。
その日は依頼人は来なかった。
できれば依頼人など来ないでほしかった。このときが永遠に続けば、などということは言わないが、しかし、課題は永遠に終わらない気がする。この量はさすがにみんなでやっても終わらないよ、どうするんだよ、課題!
「そういえば、もうすぐ学祭だけど、うちの部活は何かするのかしら?」
「学祭? この同好会のことか? なにするの? 逆に」
生徒お悩み相談同好会は何かお祭りに参加するような部活ではないだろう。出店も発表も、思いつかないな。それに、何かやるとしてもこれっぽっちじゃ、きっと予算も人員も足りないぞ。
「なにかやりたいことがあるのか? ある人いるのか?」
一同ペンが止まる。考え始める。悪かった、悪かった。俺の課題を終わらせてくれ。そのほうが大事だ。
「無難なところでいくと縁日、とかかな? ドリンクは自販機あるから差別化は難しいし、食べ物系も許可とか、仕入れとか大変そうだし……発表するものも、ダンスとかバンドとか、劇とかうーん、特別できそうなのないよね……?」
「そうだな、化神。化神の意見が正しいと思うぞ。だから課題をやってくれ、やってください。一枚でも多く」
俺の願い虚しく、話の方が進む。
「でも何かやりたいですよね。せっかくの学校祭ですから」
「そうね、なにかするのも面白いと思うわ」
「ひ、ひ、人前で何かするのは、あまり得意じゃないです」
「わかってるよ、沓沢。そんな無茶苦茶なことは誰も頼まないさ。それより、本当になにかするのか? たとえ何かやってもそれはどれも即席物だぞ、きっと」
「即席でいいじゃないですか! 思い出が大事なんです」
「ふーん、そんなものかね。まあ、人に迷惑かけなければ、別にいいとは思うけど」
俺は目線がずれて、それから慌てて課題に目を向け直す。現実から目を逸らさないように。逸らして知花さんの胸とか見ないように。決して見ないように。
今の並びは右に窓から、窓、風川、知花さん、俺、沓沢、化神、バカ、教室の壁、そして廊下と一つの長机を利用して各々座っている。これが今のお悩み相談同好会の並びだ。最後の晩餐みたいだな。
「まあ、やりたいことは各々考えて、何かあれば後日発表してでいいんじゃないかな」
みんな頷いた。そして課題へと戻っていくのだった。
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