第17話 神宮例大祭そのに

 お化け屋敷は最悪だった。怖いというよりビックリハウスである。俺はホラー系は何ともないが、どっきりとか、ビックリとか、そういうのは苦手なんだよ。驚かすなよな、まったく。やめてほしいよ、まったく。そんな俺を見て二人は笑って楽しんでいたみたいだったけど。



 夕方になり徐々に夜へと向かう時間帯になった。花火の時間までまだ時間があったので、もう一回り出店を見て回ることにした。どこまでも行っても人がいて、人に流されるように、流れて行き、離れないように気をつけながらと思ったら、知花さんが手を……え? 何をして、離れないように? いや、子供じゃないんだから、別に……あれ、風川も? なんで? 離れないように? いや、だからさ子供じゃないんだから……



 繋ぐと言うよりは、少し触れるだけの、指先だけを添えるだけのようなそれだけなのに、異様に、異常にドキドキしてしまったのはなぜだろうか。体もなんだかやけにくっついてきて離れないようにするとか言ってくるし、あれ、どうしたんだ。お化け屋敷のあとからふたりともおかしいぞ。それとも俺がおかしいのか? え? 違う? どういうこと? 



 人混みを抜けると、三人は適度な距離感を保った。これでいい、これでいい。ふぅーっ、なんか疲れたな。なんで疲れたんだ? 



 その時だった。



 ドンっ。



 花火だった。



 夜空に一つ、大きな大きな、それは大きな花火が一つあがった。思わず誰もが振り返るような、思わず誰もが足を止めてしまうような、そんな全てを奪い、全てから奪い、魅了して奪い去る花火だ。



 幸運にも近くに座るところがあったので、俺たちはそこで花火を見た。もっと近くに、たとえば橋の方とか、そういう見晴らしの良くて人混みでヒトばかりのところで見れば、きっと見切れないで全てを見ることができたんだろうけど、今の俺たちにはこれで十分だった。いや、動けないでいたのだと思う。それこそ奪われて。花火に奪われてしまって、動けなくなったのだ。



「花火って、こんなに大きかったんですね」


「そうだな」


「とてもきれいね」


「そうだな」



 俺たちは圧倒されていたのだ。花火なんてこれまでの人生でいくらでも見てきたはずなのに、どういうものなのかもうすでに知っているはずなのに、いまさらながらに、圧倒されてしまったのだ。この三人で、このメンバーで見たからかもしれない。今この時間を共有しているからなのかもしれない。理由は定かではないが、しかし、感動を覚えてしまっているこの事実を否定することはできない。情けなく、どうしようもなく、照れくさくて、恥ずかしいが、笑っちまうくらいに青春を否定して、友達とかいらないとかうそぶいて、全てを拒絶してきたそのことを拒絶されるような、そんな花火だと俺は、俺は。



 あっという間だった。最後の大連発が放たれて、終わりの合図が鳴ると、どこからともなく口笛が吹かれ、大拍手であった。俺達も手を叩いた。紛れもなくその群衆の一つに紛れて、その花火を讃えたのだった。









 ※ ※ ※











「じゃあ、帰りましょうか」



 俺たちはその場で解散した。それぞれ地下鉄、バスなど方向が違う。三者三方に散っていった。それぞれの思いを、考えを抱えて。



 俺は冷却時間が必要だと考えた。そして今この時間こそが、帰宅の地下鉄の時間こそが冷却時間なのだ。何を冷やすのか。それは分かりきったことでわざわざ明言するまでもないが、あえて言うのであればそれは俺の思考である。今日はいろんなことがあった。彼女たちの浴衣は、それこそ明言したかどうか怪しいが、どうしたって魅惑的であったことは間違いないし、とても艶やかであった。ほだされてしまっていないか、戒める必要がある。己の意志が曲がってはいないか、確かめる必要がある。情によって変わってはいないかを確かめる必要がある。それと、自惚れていないかを確認する必要もある。自惚れて、後日後悔するようなことに、自意識過剰になって何かを期待してしまって、それから裏切られるだろう結果になることを想定して、そしてそうならないように振る舞うことを忘れない。何もなかったかのように。ただちょっと遊んだだけのことのように意識して、行動にまで反映させるのだ。忘れてはいけない。自分がいかに凡庸で、凡人であるかを。特別にはなれず、特別な人にはなることはなく、誰かに影響されることも、影響を与えることも、それら全ての考えは中学生の時の妄想にすぎない。幻想だ。幻影だ。だから俺は間違えないし、間違えることはない。青春も、人間関係も、学校も、部活も、全てだ。間違いばかりを、間違った答えばかりを出してしまう俺ではあるが、結果を間違えることはない。それだけはやってはいけないのだ。俺が自分自身を保って生きていくために。自分が自分であるために。俺は間違えない。




 地下鉄はいつもどおりに、同じリズムで同じ速度で、同じ間隔の感覚で揺れていた。それが何とも心地よく、安心してしまい、眠ってしまいそうになる。降車駅に着くと、慌てて降りた。そして俺は振り返るのだ。ゆっくりと閉まっていくその地下鉄の扉の向こうに名残惜しさを見るために。

 

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