05 神宮例大祭の相談編

第16話 神宮例大祭そのいち

 その週の土曜日。つまり学校がお休みでお祭りの日。



 知花さんと、風川と待ち合わせた公園の入口、駅の出入り口付近で俺は待っていた。お小遣いも少しもらったし、何か合わせて食べるくらいのことはできるだろう。



 二人が来るまで俺は考えていた。これまでのことを考えていた。入学してすぐのクラス振り分けテストで最底辺の点数を取り、叱られて命令された『生徒お悩み相談同好会』への入部と活動。そこにいたのは風川と知花さんの二人。すぐに依頼人として羽場が現れ、その次が化神だった。二人がメンバーに加わって五人となったところで、神野の宿木との恋愛相談があった。四月の末に宿泊研修があり、五月頭に山田さんの相談。黄金週間の野球観戦を挟んでその友人の山ノ内さんの母親の宗教問題。それから演劇部の顧問不在問題があって、中間定期テスト。これは散々だった。その後日、顧問の桜崎先生から紹介される形で知り合った不登校の女の子、沓沢。俺の提案を受け入れてくれて、彼女が新しい六人目の部活のメンバーとなった。そして今日、神宮例大祭の週末に繋がるわけだ。約二ヶ月の時間だったけども、なかなかにいろんなことがあった時間だったと思う。このペースだと年間相談件数が約五十近くなる計算に……。いや、そんなに受けてられるか! ボランティアか! ……いや、これはもうボランティア活動なのか……。そうなるといよいよ、休みの日くらいは自分の時間を作らないといけないぞ。もっとのんびりした、平和でゆったりとした学校生活を送りたいな……。面倒事や相談事はもうたくさんだよ……。



 俺が辟易していると、視界の片隅で何かが揺れた。ひらひらとした布である。



「おまたせしました、千木野くん。待ってしまいましたか?」


「おまたせ、千木野くん」


「ああ、知花さんと風川。……そうか、浴衣か」



 ピンクで華やかな知花さんと青でお淑やかな風川。対照的でありながらどこか二人は似ている。艶やかできれいだと、俺は二人感想を述べて、さっそくお祭りを回ってみることにした。



 お祭りは空気で回るドームのスピードくじ、紐の先に景品が繋がれている千本引きくじ、箱の中から取り出した紙をめくり、その数字の景品を手にできるくじ……って、くじ引きばかりじゃないか! なんだよ、夢も希望もないな! 子供に希望を抱かせてそんなに楽しいのか! 当たらないってわかってるのに引いちゃうんだよね、わからなくないさ、その気持ち……。



 あとは食べ物の店がほとんどだった。食べ物以外ではお面とか? なんか七色に光って回転するキラキラしたやつとか? よくわからなかったが、そんなものを買うくらいだったら美味しいものでも食べていればそれでいいんじゃないかと思ったので、俺は適当に買った。たこ焼き、焼きそば、綿あめ。なんとも祭りの買い物らしい、買い物だぜ。楽しんでいる感が溢れて、アホみたいだ。実に間抜けに見えることだろう。三人で写真なんかとったからなおさらである。俺は何をしているんだろうなと、そんなことを思っちまったよ。

 


「なあ、お祭り楽しいか?」


「え? もちろん、楽しいですよ。お友達と来たの初めてなんです。いつもお母さんとばかりだったから」


「ふーん」


「私も友達と来たのは初めてよ。これまでまともに友達がいなかったから」



 ……さらりと悲しい言葉が聞こえた気がしたのは気のせいですか気がしませんでしたか、そうですか。



 俺はたこ焼きと焼きそばを食べ終えた。すると風川はお手洗いだという。並んでいて時間が掛かりそうだった。彼女の持っていたりんご飴を預かり、ひらひらと見送った。



 知花さんと二人きりになった。



 このお祭りに誘ってくれたのは知花さんだ。どうして誘ってくれたのだろうと、今では素直に疑問に思うのだが、そこに友達だから以上の理由があるのかと言われれば、俺は「そうかよ」と首を軽く振る以外の術を持たない。俺は知花さんの友人になれるような人間ではないと思っているし、対等だとはどうしても考えられない。友人だと言われるのならば、それは嬉しいことだけど、誇らしいことだけど、俺はそんなにできた人間じゃない。悪いけど、ひどい考えを平気で口にするような奴だ。いざとなれば、きっとその言動で失望させてしまうだろう。しかしそれを気にして発言を控える俺ではない。だから、避けては通れない道なのだ。俺と親しくしようとなんてする限りはな。



「千木野くん、少し私のお願いを聞いてくれますか?」


「お願い?」


「いえ、相談……に近いのかもしれません」


「構わないよ。風川のりんご飴を保持しながら綿あめを食べつつだけど」



 相談ごとね。そんな状況になることにも、もうだいぶ慣れてしまったものだな。



「はい、大丈夫です。召し上がってください。……ええと、ですね、その、お話というのが、その、実は、気になる人というか、なんていうか、そういう人が……」


「ああ、恋の相談? おれはあまりというか、経験皆無だからな……チカラになれるかどうか」



 知花さんといえばクラスの人気者で、クラスの中心で、みんなに話しかけられていて、いつも優しくて、誰にも優しくて、そのプロポーションは男を虜にして勘違いさせるし、だからたくさんの人からアプローチがあっても何も不思議なことはないだろう。他クラスからもきっと引く手あまたに違いない。羨ましいかどうかは別として、俺では到底たどり着けないポジションであることは間違いない。同じ部活の俺にも優しく接してくれるし、恋愛相談とはいえ話だけでも聞いてあげないとな。



「どんな人なんだ? その、気になる人って」


「え! そうですね……とても勇気のある方で、私にも勇気をくれる人なんです」


「ふーん……そうか。それは、なんていうかアイドルみたいなのかな。ほら、頑張ってる姿をみて勇気をもらえるとか、そういうことだろ?」


「うーん、アイドルではないんですけど。でも歌は上手ですよ。とても心の底に響く、歌です」


「仲はいいのか?」


「悪くはないです。私は仲いいと思っていますけど、相手の方がどうかは、分からないです。あまり本音を語らないような、いえ、本音はよく話してくれるんですけど、自分! そう、自分のことはあまり話さないので、私も知らないことが多いです」


「そっか、それは難儀だな。そうだな、遊びに誘って、話を聞くとか、そういうことから始めてもいいんじゃないかな」


「……………は、はい。ですから、今日は遊びに誘って、お祭りでお話を…………」



 よく聞こえなかったな。小さな声になってしまった。まあ、恋愛相談なんて恥ずかしいもんな。仕方ない。相手が俺みたいな凡人ならなおさら。言葉にすることすら憚れるだろうよ。


「わ、わたし、お手洗いに! すみません! 私のりんご飴もお願いします!」


 

 知花さんは照れるように、去っていった。どうしたんだ?



「知花さん、急いでお手洗いに行ったけど、あなた、知花さんに何か失礼なことでも言ったの?」



 風川が戻ってきた。



「いや、まさか。今日の浴衣がきれいで可愛いね、って話をしたら照れてしまったんだよ。きっとそうさ。ほら、りんご飴」


「ありがとう。……舐めたりしてないでしょうね?」


「しねえよ!! 誰がそんなことを! そんな、そんなことをしたら風川に殺されてしまう。しねえよ」


「冗談よ。案外うろたえるのね」


「やめてくれ、その冗談はいろいろと冗談じゃない……」



 それから俺は綿あめを食べて、彼女はりんご飴を食べた。公園の気温は少し暑いくらいで、木の陰にあるこのベンチはなかなか過ごしやすかった。気分が良かったのかもしれない。だからこんなことを口にしてしまったのだ。そうに違いない。普段の俺ならば、絶対に口にしない言葉だ。



「なあ、俺と一緒にいて楽しいか?」


「あら、どうしたの急に。不安になったのかしら」


「いつも、自信過剰みたいなお前には敵わないよ……まあ、そうじゃない。俺と風川が友達同士かどうかはまだわからないけど、だからこそ、楽しいのかなって。せっかくの休みだから、だからさ」


「ええ、子供みたいにはしゃいでいるあなたを見るととても愉快な気持ちになれるわ。楽しんでるわよ、とても」



 ……俺はやっぱり、子供みたいにはしゃいでいるように見えたんだな……。



 知花さんが戻ってきた。同時にりんご飴を食べ終えた風川は立ち上がり、そして言った。



「だから、もっと楽しみたいわ千木野くん。今度はアレに行きましょう」



 あ、アレって……。



 振り返って、たなびくように、翻るように振り返って、その絶対的美少女は俺に向かって言ったのだ。



「しらなかった? わたし、お化け屋敷大好きなのよ」

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